03-06 目で話す
水原家ダイニングにて。
「あら、これ美味しいわね。どこのお店?」
ズコットを上品にフォークで一口サイズに切り落とし、一口含んで驚いた表情を浮かべる貴美子おばさんが聞いてくる。
「自作ですよ」
「……凪くん……あなた何でも出来るのね」
将来安泰ね。と、微笑みながら朱に目配せすると、カップに入ったハーブティーを飲む。
「あら、これも美味しいわね。まさかこれも?」
「ローズマリーとレモンのハーブティーですな、奥様。勿論彼の手作りですな」
「疲れてそうだったので、疲労回復効果でもあればと思って」
二人の背後に立ったままの
疲れさせたのは俺だろうけど。と思っていると、
「朱。離さないように」
「離す気などございませんわ。お母様」
と、俺の正面に座った親子のやり取りが妙に重々しい。
おかげで、俺の隣に仲良く並んで座る弥生と巫女は妙に緊張しっぱなしだ。
反対側の俺の隣に座るナオは、興味がなさそうにズコットを食べておかわりまで要求している。
太るぞ、ナオ。
だいじょぶ。太っても嫁の貰い手ある。
なに? 誰だそれ。町長さんとこじゃないだろうな。
ひみつなの。
と、ナオと目で会話しながらズコットの余りをナオに渡すとさくさく食べ始めた。
食べながら、気になるのか貴美子おばさんのことはちらちら見ている。
貴美子おばさんがこの家に到着すると、まず最初に、深々と謝られた。
今更謝られてもと想いはあったが、記憶を思い出したからか、あの絶望感も今はなく。
むしろ、あれがあったから碧とまた会えたと思えばいいと思い、こちらからも非礼を詫び、現在は皆でティータイムに突入している。
「そろそろ食べながらでもいいので話を進めないかな?」
貴美子おばさんと一緒に訪れた町長さんが、親子の会話に苦笑いをしながら皆に同意を求めてきた。
「橋本さんから貴方達の話を聞かせてもらいました。……私も、水原一家を探していたことには真剣だったということは分かって頂けてると嬉しいのだけど」
「それは、もう、水に流させてください」
「あら。いいの?」
「ええ……まあ、後でちょっと内密な相談をさせてもらえれば」
「……分かったわ」
申し訳なさそうにまた謝りそうになった貴美子おばさんにこちらの意思を伝える。
正直に言うと、二人の後ろの爺が鋭い眼光でこちらを見ているので、これ以上揉めたくないのが本音だ。
私はお嬢様へのあるまじき態度は許しませんぞ。
いや、だから。またぶり返す気かよ。
それはそれ。これはこれです、な。
なんだ。なんなんだ。
俺達はいつ目で会話ができるほど仲良くなったんだ。
「こほんっ」と町長さんが咳払いをして俺を見る。
まるで話が進まなくて責めているようではあり申し訳なかった。
「……」
無言の町長さんがじっと、見つめてくる。
……
…………
………………?
「……いや、出来ないから」
「な、何で……」
そう何人と目で会話できてたまるかっ!
何待ちかと思ったわっ。
おっさんと目で会話とか、したいとも思わない。
爺? あれは別格だ。
まさにがっかりと言った表現が似合う項垂れ方をした町長さんに、女性陣が何事かと驚き俺をみてくる。
その女性陣の中には弥生もいて、ついでに弥生とも試してみる。
目で会話とか普通出来ないよな?
うん。出来ないね。
だよな……。
ほら、橋本さんが恨めしそうにみてるよ。
凪様。お母様が不思議そうにされているのでお話を……。
凪君。この無言に耐えられないから目で会話してないで普通に会話してー。
あら。あなた達。何をしてるかと思ったら、楽しそうね。
奥様。さらりとした入り方。流石でございます。
弥生お兄ちゃん。橋本さんって誰?
橋本さんは……ほら。今参加できなくて目が血走る程にこっちを見つめてる人だよ。
凪君。早く話し切り出してよっ。目が怖いからっ
あら。橋本さん、必死ね。
奥様。流石でございます。
お母様、楽しんでらっしゃる?
「ええ。それはもう。こんなに楽しいのは久しぶりね」
そう、目を細めながら微笑み、ちらっと町長さんを見て含み笑いをする貴美子おばさんに周りがどっと笑いだす。
「話進まないからちゃんと会話してくれないかなっ!?」
いや、複数人で目でやり取りできるのも怖いわと思いながら、泣きそうな声で崩れ落ちる町長さんに疑問が出来た。
「ん? 橋本さん?」
「お? 何かな、水原君」
やっと会話が出来て嬉しいのか、喜びに溢れた町長さんがうざい。
「……橋本さん……?」
「だから、なんだい?」
「はし……? え? 町長さん、橋本さんって名字?」
「水原君。まさかと思うけど、私の名前は町長だと思ってなかったかい?」
「いや、そうですけど」
更に町長さんこと橋本さんが項垂れる。
まるで絶望へと真っ逆さまに落ちていくかのようにどんよりとした雰囲気が町長さんから立ち上る。
「待った。まだ落ちないでください町長さん」
「……なにかね?」
「前に、この辺りに住んでいました?」
その言葉に、気持ち悪いくらいに笑顔が輝き立ち上がる。
「あ、ああっ! そう、そうだよっ! 近くに住んでた橋本だよっ! やっと思い出してく――」
「じ、人類の叡知……」
俺の呟きに、
「えっ? なにその壮大な……」
と、きょとんとした顔をする。立ち上がり歓喜に溢れ、まるで人をその胸に迎え入れるかのように広がった両手が虚しい。
だがしかし、その姿がよく似合う。
「ナオっ!
「え? よう、ふ……く?」
「お兄たん、やったねっ!」
あまりの嬉しさに、事情を知るナオを引き連れリビングで抱き締めくるくる回す。
その回転している視界の端で、朱が「羨ましいです」と呟いているのが見えた。
ナオがその姿を見て、にやぁっと勝ち誇ったように笑う。
この二人が何を争ってるのか分からないので、とりあえず嬉しさに酔いしれて見なかったことにしようと思った。
「橋本さんだったのかっ! その節はお世話になりましたっ!」
「なりましたー」
二人してふらつきながら、町長さんにお辞儀。
「えーっと……なんの話、かな?」
「あなたが家に洋服を置いていってくれていたので、裸一貫から抜け出すことができました」
「ええっ!? 久しぶりに前の家に行ったら、空き巣にあったみたいに荒れてたの、水原君達のせいだったのかい!?」
「いやぁ……服ないと移動もできなかったのでつい。鎖姫と裸で戦うわけないでしょ?」
「鎖姫と戦ってたところとか見てないからっ! というか何で裸だった!?」
そんな町長さんとのやり取りに、呆れて見ている親子とカップルが目に入った。
「凪君……子供みたいにはしゃいだりクールだったり……」
「ああいうところ、両親にそっくりよ」
懐かしそうな表情を浮かべて、巫女の呆れに返す貴美子おばさんに弥生が驚いている。
「稀代の英雄にですか?」
「ええ。ほんとそっくり」
「凪様……可愛いです」
え。なんの話? 父さんと母さんの話なら聞きたいんだけど。
後、惚けたように俺をみるのをやめろ朱。
橋本さんのことを悪く言う気もなければ、橋本さんの言ったことは、正しかった。
話は、一向に進まない。
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