03-05 記憶の相違


 おかしい。


 そう思いながらも、生クリームとグラニュー糖が入ったボウルの中で、カシャカシャと音を立ててくるくる回る泡立て器は止まらない。


 頭痛は嘘だったかのように治まり、今は快調すぎて泡立て器を回す手も止まらない。


 今はこれから来るお客様のもてなしのために、ちょいと時間をもらって料理中だ。


 色々考えながら作ってはいるが、やはりどう考えても、先程見た記憶にはおかしい部分があった。

 それに、ナオが言った一言も気になる。


 「はれっ?」と言う言葉が一体なんなのかさっぱり分からない。


 分からないが、夢の世界に引き込むことができる力を持ったナオが言うのだ。

 何か、とてつもない意味があるのだろうと考えていると、チンっ!と出来上がりを知らせる電子レンジから、カスタードクリームを取り出して今度はクリームチーズを放り込んで柔らかくする。



 しかし、「はれっ?」ってなんだ?

 なんとなく麻酔針を打たれた眠りの名(迷)探偵が思い浮かぶが、それがまったく関係ないことだけはわかる。

 なぜなら俺は、名探偵でもなければ、せいぜい探偵がよくやりそうなことくらいしかできない。



 クリームチーズが柔らかくなるのはすぐではあるが、その間にカスタードクリームの表面が乾燥しないようにラップをし、氷水で急速に冷やした後に、柔らかくなったクリームチーズとカスタードクリームをホイッパーで混ぜ合わせてクリーム状にしていく。


 ペロッとつまみ食いという名の味見をして一言。


「これは……青酸カリ」


 と、名探偵がよくやる現場の何かしらを舐める動作でつまみ食いをなかったことにして、生クリームと、先程クリーム状にしたカスタードとクリームチーズ、すでに作っておいたメレンゲも投入してゴムべらで混ぜると、求めていたクリームが完成。



 それよりも、気になるのは朱だ。


 俺の小さい頃の記憶に彼女がいたのは分かった。

 で、今は別として、なんか知らないが滅茶苦茶好かれていたのは分かる。

 分かるのだが……。


 貴美子おばさんには、はずだ。


 なのに、あの頃の記憶を辿っていくと、朱は同年齢でよく遊びに来る幼馴染みとして存在していた。


 そう考えると、貴美子おばさんについては、おかしい部分が多い気がする。


 俺が知る限りは、元の世界では碧がいたが、今はいなくて朱がいる。


 この世界では父さんと貴美子おばさんが結婚していないからナオは存在しないが、ナオは碧の体をもらって今ここにいるからそこは問題ない。


 考えてみると、記憶の中では俺を見て『私も産んでたら』という発言をしていた気がする。


 そうすると、この世界には朱もいないはずだ。


 この違いは、なんだ……?



 丸い容器――要は普通に大きめのボウルだが――にどでかいスポンジを入れて形を作り、そこに作ったばかりのクリームを絞る。カットした苺を入れてはまたクリームで包み、またスポンジを入れては、時々苺以外も入れてみたり、を繰り返しながら考える。


 あの時――俺の幼少時の俺が言っていた最後の一言も気になった。


 僕にはもうこんなこともできない。


 あの子は成長前の俺なわけで、今、こうやって朱と話をする機会が出来たわけだから『こんなこともできない』というのはおかしい。

 もし、そのままの意味で捉えるなら、成長した朱と、あの記憶の中で現れる凪が会うことや話すことができない、という捉え方が出来るが、それはそれで矛盾する。


 まさか――



 蓋のように桜餡を満遍なく乗せてスポンジで隠して、底蓋で軽く圧縮した後は冷蔵庫で一時間ほど冷やしておく。


 その間にも色々やらなければならないが、今が昼過ぎで本当によかったし、巫女が来客者の相手やナオを見てくれているから助かる。

 これで昼食の時間も被っていたら、間違いなくキッチンから出れなくなっていた。

 もっとも、その場合はこれを作ろうとは思わないのだが。


 冷蔵庫から取り出したそれを、底蓋を取って裏返す。キンキンに冷えたボウルをゆっくり取り出すと、スポンジがボウルの形そのままで姿を現した。

 表面がスポンジだと面白くないので、仕上げに残しておいたクリームをパレットで綺麗に塗っていく。



 ――まさか、この記憶は、俺の記憶ではなく……


 ……いや、止めよう。


 この記憶は俺自身が忘れた記憶だと思うことにしたはずだ。


 それであれば。

 碧と会った後に戻ってきた世界が、実は更に別の並行世界でした。のほうが理解できるかもしれない。



 周りのクリームにギザキザの模様つけに使うカードで模様をつけながら、思った考えを払拭する。



「凪様」


 つい先程まで、巫女とリビングで仲良く話をしていた朱が声をかけてくる。

 カウンタータイプのキッチンではあるため、目の前を見ると身を乗り出すように俺の手元を見ていた朱がいた。

 隣には同じように……いや、カウンターにたゆんたゆんが乗った、たゆんたゆんがたゆんたゆんしていて、その更に隣に黒猫がいる。


 たゆんたゆんを挟む二人も乗り上げるように同じポーズをしているが……お察しだ。


「なんだか、凄く真剣に作られてましたけど、本当に凄い物作られて……」

「な、凪君。私の分ある?」

「巫女お姉ちゃん。食べたら更にぽよんするよ」


 そう言うと、俺の目の前でたゆんたゆんがナオの手によって形を歪ませ、たゆんたゆんがぽよんぽよんと揺れ動く。


 うん……ナオ。

 男として、凝視しちゃうから止めような。

 そうか。たゆんはぽよんでもあるのか。

 後でこっそり拝んでおこう。


 そんな三人の目の前にある出来上がった作品は丸い。それはもう、ナニかを彷彿とさせるような御立派な形だ。

 それこそ、知られたら殺されるかもしれないが、つい先程まで夢で見ていて、且つ、夢に見た碧のアレを元にしているかのような形をしている。


 その頂点に、苺をちっちゃくカットして丸くした物をアクセントとしてつけようとしていたが、思わず手を止めてしまう。


 ……この飾りは危険だな。


 出来上がったズコットの頂点に桜餡でリボンの形を作って乗せて完成とした。

 ついでに、チョコを楕円形にして瞳のようにつけてみる。

 ……これ、なんだ?


「凪様っ! 凄く可愛いですっ」

「何これ。凪君っ、プロなの!?」


 そんな女性陣の黄色い声援に、満更でもなく照れていると、「凪君お湯が沸いたよ」と、実は後ろで一緒にキッチンで手伝ってくれていた弥生が声をかけてきたので振り返る。


 ……振り返り、もう一度振り返って元の位置へ。


「? どうかしたの?」


 巫女が不思議そうな顔をして聞いてくる。

 不思議なのはこっちだ。


 なぜ、男二人がキッチンに立ってケーキなズコットを作っているのかと。

 と、思ったが、料理が壊滅的な巫女に作らせたら凄いことになりそうなので、出そうになった言葉を飲み込み再度弥生の方へ。


「凪君。何となく言いたいことはわかるよ」


 おお、分かるか。心の友よ。


 思わず弥生と硬い握手を交わしてしまう。


「さて、もうすぐ来るかな?」

「はいな。もう着くと思います」


 ズコットを冷蔵庫に入れ、後は紅茶の準備をするだけだ。


 これから、前回しっかりと話せなかった、貴美子おばさんがこちらに向かっているらしいので、待って話をする予定だ。


 今後の話と、朱についてを。


 そう考えた時、家の前に複数台の車が停まる音がした。


 二回目の邂逅が、訪れる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る