03-08 改築?


 学校に通う。朱の守護者になる。

 後、なぜか貴美子おばさんが執拗に「義母さん」と呼ばせようとする。


 意味がわからなすぎて、色々聞いてみた。


 要は、新設される守護者養成校という、人具を使って人を護る仕事を専行する学部をこの町に作っていて、間もなく竣工し、学生がこの町に溢れる予定らしい。


 この町に作った理由は、二つの町を繋げるため大規模都市になることもあるが、人具が手に入るから、ということもある。


 その人具を作るのは俺なんだが、もし俺がこの町からいなくなったらこの話も頓挫することになる。

 俺を引き留める役目を橋本さんが担っており、華名財閥から依頼されていた、という背景を二人から聞いた。

 ただ、二人とも、俺の意思を尊重する形であり、あくまで財閥側の話だったようだが。


 その肝心の守護者養成校――『護国学園』だが、どうやら小中高一貫校と大都市に合わせた大規模校となる予定で、この町で最も復興の遅れているビル街辺りに建設していたようだ。


 そこに『三原』が人具を納品し、『水原』が入学することで、ネームバリューもあがり、人具も確保できる。

 そんな思惑も含んでいる。


 とは言え、俺はもう十六歳だ。春からいきなり二年生というわけにも行かないし、一年生から始めるのもいい気分ではない。

 そう思って断りたかったが、


「そんなのどうにでもなるわ」


 に、繋がるらしい。


 そんな養成校だが、この町を含めて五ヶ所あると聞いた。

 残りの四ヶ所は、人具の枯渇とギアのバージョンアップによる問題で、思うように育成が出来ず、廃れ始めていた。


 そこに人具が供給されたことで、また活気を取り戻し、今年からの入学率や編入が一気に延び、溢れてしまって新設することに。

 そこで、この町に。と言うことらしい。


 で、この話を聞いて気になることと言えば。


「俺、どれだけ人具作ればいいの」


 と言うことだったが、この半年の間で俺が作った人具は、各所に納品されてはいるものの、足りていないと聞いた時は絶句した。


「凪様以外に作れる方はいらっしゃらないのですか?」


 それが出来ていたら苦労はしないし、俺がここまで有名になることもなかったと思う。


「水原君こと三原ブランドは、最早有名だからね」

「どんだけ売り込みしたんだあんた」

「そりゃあもう、全国規模で。これからも期待しているよ。三原君」


 期待されても困る。

 少し呆れながらも、出来る限りの作製を心掛けようと思った。


 肝心の朱の守護者になるという意味も分かった。


 この学園は守護者を育てる学校であるため、守護者は護るべき人を在学時点で選ぶ必要がある。

 これにより、卒業時には強い絆とネットワークが形成される仕組みだ。

 基本は男女ペアが多いため、卒業後はそのままゴールインも多く、出会いの場としても使われ、出生率にも貢献している。

 今回は普通科も併設するため、より期待が高まっているということだ。


 玉の輿も夢じゃないわけで。


 朱は財閥の一人娘なので、特に守護者候補に群がられているらしい。

 可愛いから尚更だ。


 知己となるだけでも職につける可能性もあるので、邪な考えをもつ輩も多い。


 そんなことが容易に想像でき、朱に変な虫をつけさせたくないという、母親なりの心配から来たものなのだろう、……と思っていた。


 なのに。朱たっての、守護者には俺をという要望と、俺の学歴をあげるためと聞かされ、なぜ俺なのかさっぱりだった。


 財閥として候補の選別も最終段階に至っていたらしいが、俺が現れたことで全部キャンセルとなったと言われて、より意味がわからない。


「その、変な虫に、なぜ俺がならないと?」

「あなた、朱の婚約者なんだから、学歴もしっかりしておかないと辛いわよ」

「凪様は、小さい頃に私の旦那様になって頂けると、お約束頂きましたので……」


 ……なにそれ。

 恥ずかしそうに話す朱に驚きを隠せない。


 なるほど。だから義母さんと呼べ、なのか。


 いや、確かに約束?した記憶はあった。

 だが、そんな小さい頃の約束なんぞ、子供の遊びみたいな物じゃないかと思わずにはいられない。


「ずっと。凪様に相応しい女性になるために努力しましたの」

「あー……えーっと?」


 朱が満面の笑みを浮かべて見つめてくる。

 巫女が「嫁持ち」「許嫁属性」と呟き、トリップしていく。

 そして、俺の膝でぷるぷる震えるナオが怖い。


 そう思った時。ふいに、俺の目の前に霞がかかっていく。

 どす黒い闇が目の前に漂い始め、目の前が見えなくなった。


「猫だ……黒猫だ」


 弥生の怯えた声が聞こえる。

 なんだ、何が起きているんだ。暗くて何も見えない。


「朱お姉ちゃん」


 暗闇から、声が聞こえた。

 まるで聞く者を凍えさせるような冷酷さと暗さを感じる声に、俺の体が冷えきるような錯覚を覚える。


「お姉ちゃんと呼んで頂けて嬉しいですわ。ナオちゃん」

「お姉ちゃんはお姉ちゃんのまま。そこから先は、ないの」

「そのお姉ちゃんと呼んで頂いただけで満足ですわ。凪様の妻ですので、ナオちゃんは私の妹ですの」

「寝言は寝てるときに言うの。お兄たんはナオのなの」


 やっとわかった。

 この闇は、ナオから出ているものだ。

 それが猫の形をしている。まさに、ナオを体現するオーラだ。

 今にもキシャーと威嚇しそうな程に濃厚に纏まり黒猫の形を形成するオーラ。

 なんという、存在感なんだ。


 ……いや、じゃなくて。

 そのオーラに巻き込まれた俺の身になってみろ。


 かつーんと、ナオの頭を叩くと「にぎゃあ」と声が聞こえて暗闇が消える。


「すまんな。ナオが」


 謝罪しようと隣に座る朱を見ると、白く可愛らしい犬が、今にも吠えそうにこちらを見ていた。


「ナオちゃんに『お姉ちゃん』と呼んでもらえて嬉しいですわ」


 笑顔とともに消える犬。

 おい。お前達は、背中に何を飼っているんだ。


「あの……話を戻すようですみませんが」


 トリップから戻った巫女が思い出したかのように話を切り替えてくれる。


「私達は、流石に通うことはできません」

「迷惑かけちゃうから、辞退させて頂きます」


 弥生が辛そうに話す巫女の言葉に続く。恐らくはこの話が出たときから思っていたことなのであろう。

 申し訳なさそうな二人に、貴美子おばさんがため息をつく。


「あなた達の学費は私が持ちます」


 朱と友達になってあげてね。と笑顔でいう貴美子おばさんだが、二人も引かない。


「いえ、それも申し訳ないです。住む家もないですから」

「あ? 住む家? あるだろ」


 弥生の断りに、ここぞとばかりに俺も貴美子おばさんに乗っかることにした。


 逃がさんぞ。逃がしてたまるか。


 すでに学園に通うことが確定されている俺は、大人数の前ではパニックになってしまう。知り合いがいないとやっていける自信がない。

 財閥の一人娘の守護者なんて、何が起きるか分かったもんじゃない。

 いざとなったら俺が払ってでも無理矢理入学させるつもりだ。


 それに……

 二人が、可哀想だ。


「え? 家って?」

「ここ」

「……いいの?」

「ナオと二人じゃ寂しいからな」


 巫女と弥生が驚きながら聞いてくる。

 問題は、二人が住むと部屋がないってことだが、先の話に比べればちっちゃな話だ。


「……通っても、いいの?」

「問題は部屋をどうするかくらいだ。気にしなくてもいい」

「いいの?……そう……いい、のね……」


 巫女がぽろりと涙を溢した。


 辛かったんだろう。先も見えないこれからが。

 弥生が傍にいるとはいえ、二人でやっていけるか不安だったんだろう。


 俺も、気持ちはわかるつもりだ。

 俺には人具を作る力があったが、二人には何もなかった。

 こんな世界で子供二人だけで生きるには過酷すぎる。


 だから、二人には出来る限りの協力をしてあげたい。前の世界でも今の世界でも、この二人は友人だ。俺は、そう思っている。


「決まりね」


 貴美子おばさんがぱんっと手を叩いて締めに入る。


「あ。お母様。でしたら私もここに……」

「あら、それもアリね」


 待て。

 それは全然アリじゃない。

 家主を差し置いて決めないで欲しい。


「でも、狭くなるわね。確か部屋はそんなになかったはずよ」

「お部屋をどこにするか、見させて頂きますね。凪様」

「じゃあ、私も」


 その言葉に、吹っ切れたのか、巫女を含めた三人が立ち上がってリビングから出ていこうとする。


「いっそのこと、改築はどうかしら」

「あ。だったら私、この家に人具を販売する場所があればいいなって」


 貴美子おばさんのとんでも発言に巫女が挙手して提案。

 家主の意見を無視して、俺の家を勝手に改築するような話は止めてくれ。


「販売するなら販売許可がいるね。私が許可だすよ。そうだ。私もまた前の家に住もうじゃないか」


 引っ越し前提でそれに乗っかる橋本さんも立ち上がって三人に近づいていく。


 なんだ、何が目的だ。

 ……まさか、ナオかっ。

 息子のために頑張るのか。そんな簡単に引っ越し決めていいのか。


 ぽんぽんっと、爺がほんの少しの呆れと共に、俺の肩を叩くと、「私が止めましょう」と、心から感謝できる言葉を告げて盛り上がる四人に近づいていく。


「流石に頂いてばかりなのもどうかと思うので働いて返済していきます」

「あら、気にしなくてもいいのに」

「巫女さん。これからよろしくお願いしますね」

「これからどうしようかと思ってたから、すごく助かるっ! こちらこそよろしくね。朱さんっ」

「それにしても販売、ね。……いいわねそれ。人具は消耗品だから販売先が近いと。橋本さん、すぐに手配。爺、改築、行ける?」

「余裕でございます、な、奥様。すぐに手配致します」


 ……ものの数秒で裏切りやがった。


「凪君。……止めなくて、いいのかな?」

「もう……勝手にしてくれ……」


 弥生だけが、俺の苦悩に気づいてくれる。

 俺の今の気持ちを分かってくれるのは弥生だけだと思った。


「でも、本当に助かるよ。これから迷惑かけると思うけど、よろしく」


 弥生……これからも、色んな意味で、よろしく……

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