02-27 町長さんの想い
武器屋倉庫。
静かになった倉庫で、私、町長こと
「な……なんなのあの子は」
その言葉に、唖然としていた黒服の男達もざわめき始め、倉庫内は静寂から解き放たれる。
「橋本さん。あんな子供に会わせるために私を呼んだの?」
ふるふると震え始めた華名さんを見て、明らかに怒っていることが分かった。
だが、私としても、流石に今のは彼女が悪いと思っている。
財閥当主でなければ叩いていたかもしれない。
今はこの場からいなくなった少年と少女が、どれだけ辛かったのか、短い時間ながらも交流して、世話をして、町全体を助けてもらい……
彼の行動で、これから世界さえも救えるかもしれないと確信しているからこそ、あの発言はなかったとも思っている。
その、この疲弊した人類を救える人物にどれだけ失礼なことをしたのか、
「失礼ながら」
分からせるべきだと、思った。
「あなたからの依頼は、また人具が出回った理由と、それに関する情報提供、ならびに、その人材との橋渡し、だったと記憶しています」
「ええ、ええっ! そうよ! だから私は人具を作れる唯一の人材である基大さんとやっと会えると――」
「あなたは。報告書さえ、目を通さずに来たのですか」
「……はっ?」
「私は、報告においても、希代の英雄を見つけたとも、一言も彼について書いてはいない。誰の入れ知恵ですか」
私の言葉に、黒服が焦りだした。
華名さんも、その言葉にはっと何かに気づいたのか、黒服達を忌々しそうに睨み付ける。
薄々感じてはいたことだ。
だからこそ余計に腹が立つ。
「説明しなさい。貴方達は、私に、彼が見つかったと説明したはずです。橋本さんからの報告書は誰が持って――」
「華名さん。無駄ですよ」
「え?」
「もう、半年も前です」
彼女の周りには、害悪しかいないのではないかとも感じる。彼女自身には同情してあげたいところではあるが……
「私が、報告書を提出したのは。つまり、貴方は、半年も、放置していたのですよ」
まずはそこから。あまりにも反応の薄い華名家には怒りさえ沸いていたのは確かだ。
求めていた人が、実はまったく興味がなくて彼等に気づいてもいなかったなんて、半年前から気づいていたが言えるわけもない。
「半年も、前……?」
「ええ、半年です。そして、すでに、私は貴方に、会わせましたよ。貴方の要望通り、しっかりとね」
ここまで伝えれば、分かるであろう。
考えればすぐに分かること。
すぐにその答えに至った華名さんの顔が青ざめた。
だが、あえて言わせてもらう。
「彼が、三原凪ですよ。貴方達財閥から、希代の英雄と同じく営利目的で狙われ。それでも、必死に家族を探すために、危険を犯してまで拡神柱さえ再稼働させ――」
――これから、彼女達が交渉しなければならない相手。
人類を救う、ギアを倒せる武器を作れる唯一の決戦兵器を作り出せる、まだ幼く、自分の危険を省みずに周りを助けようとする心優しき少年。
その父親も、とある財閥からその力を狙われ、失意のあまり行方を眩ました、というのが有力な説であり、このような状況を見るとその説が正しいのだとも思えてしまう。
そして、つい先日。
人具だけでなく、拡神柱さえ再稼働させるという偉業を果たした。
その相手を、いとも簡単に、怒らせ、帰らせたのだ。
もっと青ざめるといい。
「彼は、この界隈に絶望を与えていた、あの鎖姫を倒し、この町に襲いかかってきたギアさえ倒して見せた。そして、この町の住人に心ない言葉を投げ掛けられ、人目に出れなくなるくらい打ちのめされ泣きながらも、私達のために人具を提供し、これ以上ないくらい、貢献し――」
――彼のためにも、後悔するといい。
そして、貴方達の営利目的だけの思惑から、手を引くといい。
彼が、どれだけ貴方に会いたかったのかは分からない。
彼は知らないが、ただ、あの毎日辛そうに生きる彼が、そうしてしまった私達大人が、やっと、彼に笑顔を、喜びを与えてあげられる人物に会わせられると、町全体で彼を、掃討部隊から隠し通していた。
だからね。
人を信用してあげて欲しいんだ。
もっと、大人を頼ってもいいんだよ。
だから、私だけの力と思っている水原君には、正直に伝えたいところではある。
だが、私達が弱いために彼の自由を奪ってしまい、更には勇気を出して前に踏み込んでくれた彼に酷い仕打ちをし、彼を絶望に叩き込んでしまった私達が言ったところで説得力もない。
彼にはもう伝わらないことは住民全員が分かっている。
だからこそ、返せないほどの恩を、少しでも返したいと思った私達の――
その、町の皆の協力さえも無下にする、あの態度を。
許せる、わけがない。
「あなたに会おうと、必死に人具を作ってくれていた凪君が、貴方が会おうとしていた、三原凪であり、あなたの友人の子供の……希代の英雄の息子、水原凪です」
事態の問題に気づいた黒服達が、慌てて連絡を取り始める。
今更、遅い。と、鼻で笑ってしまう。
「そんな彼に。半年もかけてやっと会えた、唯一知っている知人に。助けて欲しい貴方に、会いたがっていた彼に、貴方は、なんと言いましたか?」
「わ、私は……」
父親はどこ?
あなたに会っても意味がない。あなたの父親にしか用はない。
そう、言っていたではないか。
彼女自身、彼等の行方は、友人の家族として探していただろうことは分かる。
財閥当主として、一町長からの報告なんぞ、いちいち見ていられないだろうし、半年かけて歪んだ報告を告げられ、誤情報を伝えられたまま、すでにない報告書を読めずに焦って来たのであろう。
彼女自身、生死の分からない友人――探していた友人に会えると嬉しかったには違いない。
そう言う意味では、彼女には罪はないかもしれない。
私は、ただ待ち焦がれた、久しぶりに会った相手に、さも、興味がないと言われた、水原君が、心配で仕方がない。
こんな害悪に囲まれて周りが見えない、いや、見せてもらえていないババアなんか無視して、今すぐにでも水原君の元へ向かいたい。
小さな頃の彼も知っている。彼は覚えてないだろうけど、近くに住んでいたのだから。
あの家族はよく知っている。
彼の父親にはよくしてもらった。家族ぐるみの交友関係もあった。
そんな父親と同じく行方不明になっていた彼に、たまたま出会い、助けてもらい……助けを、求められたのだ。
助けてあげないわけがない。
私にとっては、彼は私の子供のようなものなのだから。
「普段のこの部屋はね」
もう、水原君は、彼女に会いたくはないだろう。
だが、優しい彼のことだ。
きっと、会って許してしまうのだろう。
だからこそ、あの発言に後悔して欲しい。
「こんなに、綺麗じゃないんですよ。そこら中に人具が乱雑に置かれて、見る人から見れば宝の宝庫かもしれないですが、まさに、ファンタジー上の怪物が守る宝の山のように、不規則にそれらが置かれていたんです」
表には出さなかったが、あんなに、助けを求めていた彼だ。
その彼が、せめて部屋だけでも綺麗にして、やっと、会えると思って、必死に片付けたのだろう。
「よっぽど、貴方に会いたかったのでしょうね」
いつもの倉庫を知っているからこそではあるが。
面倒そうにしながらも嬉しそうに片付けをする水原君が。
その周りをいつもの無邪気な笑顔で、幼児のように走り回るナオちゃんが。
まるでそこにまだいるかのように、片付けをしているその光景が見えるかのようだ。
ああ、何て羨ましい。
私と会ったときには、こんなことさえなかった。
会うだけでこんなにも想ってもらえることを、町のみんなが知ったら嫉妬するのではないだろうか。
それだけ、彼は、この町の英雄なのだ。
「……さて、本来ならここから、交渉があったと思いますが、当事者がいなくなったので、御足労頂き大変、恐縮ではございますが」
さあ、私も、水原君に、謝りにいかなくては。
後の交渉は任されていたが、こんなババアよりも、水原君のほうが優先だ。
「おかえりください」
その言葉と共に私も歩き出す。
出口へと、水原君の向かった唯一拠り所となってしまった、あの不思議な家へ。
「待って」
「いえ、待ちません。ああ、そこにある人具は自由にどうぞ。彼から許可は得ていますよ」
出来れば手切れ金として受け取って、もう姿を現さないで欲しいところだ。
「あの子は……凪君は今、どこに……」
今にも泣きそうな華名さんが、待たないと伝えたのにも関わらず、それでも聞いてきた。
「自分達の財力で探せばいいでしょう」
少しは、後悔したのなら、私はそれでいい。
さあ、向かおう。
彼の元へ。
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