02-26 伝手と会う



 弥生と巫女と二人が家に居候してから早一週間が経った。


 四人での生活は流石に色々トラブルもあり、中でも一番の問題は、部屋をどうするかだった。


「お姉ちゃんと一緒」

「なんか教育番組みたいだな」


 とにかく嬉しそうなナオが巫女を離さないので、必然的に弥生と二人に、となるわけだが、


「お兄たんは弥生お兄ちゃんと二人でめくるめくるといいよ」


 何かよく分からない言葉を発したので巫女が軽くトリップした。

 弥生も身の危険を感じて俺から少し離れるが、俺にもそんな気はない。


「あのなぁ……いい加減その話題から離れてくれ」


 ナオは俺をどうしたいのかと思う発言に軽く頭痛がしてきた。


 そもそも、部屋が足りないのだ。


 二階で使える部屋は、神鉱置き場兼物置と、碧の部屋。

 一階はリビング兼キッチンと奥に浴室があり、他には父さん達の部屋と客間がある。

 そのうち、俺の部屋は俺がいつも通り使うとして、神鉱置き場はまず誰も入れないし、一階の父さん達の部屋はナオが使っているから必然的に客間を使ってもらうことになる。

 ただ、巫女と弥生が二人で部屋を一つ使ってくれればそれで事足りるのだが、それはそれで、何か起きそうで悶々としそうだ。

 それに、弥生だけで客間というのも広すぎて困惑するだろうとも思う。


 とはいえ、選択肢としてはさほどないようにも思えた。

 勿論、この中に俺と弥生の組み合わせはない。


「とにかく、俺は自分の部屋を使う。そこで、巫女と弥生が一階の部屋を使うか、または――」

「ねぇ凪君。凪君の部屋の正面の部屋を使えばいいんじゃない?」


 そう、巫女が提案した。


「あの部屋は……ダメだ」


 あそこは、一年経った今も入ってはいない。

 あそこに手を付けたら、それこそもう、碧が戻ってこないと思えてしまう。


「何かあるの?」

「お姉ちゃん、あそこは触れちゃだめ」

「え、むぐっ!?」


 ナオが巫女の口を塞いで物理的に喋らせないようにする。

 むぐむぐとしばらく抵抗していたが、やがて静かになっていく。

 諦めたのか……? いや、違う。あれは窒息――


 気づかなければ、危うく殺人現場になるところだった。


「あそこはお兄たんの夢が詰まった場所」

「夢?」

「そう……女子には分からない夢の世界」

「え……それって……」


 意味の分からないナオの発言に、巫女がまたトリップしていく。

 いや、巫女。お前何を想像しているんだ。


「いや……あのな。あの部屋は、俺の大事な家族の部屋でな……」

「あ……ごめんなさい」


 その言葉にすぐにトリップから戻ってきた巫女が謝ると、妙な空気が流れてしまい、しーんとした。


「いや、気にしなくていい。で、もうこの際だから、巫女と弥生は客間を使ってくれるか? それに、みど――正面の部屋に二人だと流石に狭いぞ?」


 俺も弥生と一緒の部屋で過ごすのは少し怖い。どんどんと開いていく扉をリトル凪が閉じれるかが心配だ。

 いまだ駄々を捏ねるナオには時々一緒に寝ればいいと言って宥め、


「後な、おいたはなしだ」

「「しないよっ!」」


 流石に一階からそんな声が聞こえたら俺が困る。

 ナオの教育上よろしくないしな。



 そんなトラブルもありつつ、なぜか毎日のように俺が三食作り、デザートもなぜか作りと、何となく不公平を感じつつも、仲良く四人生活をして一週間が経った頃。


「水原君。待たせた」


 町長さんから電話がかかってきてそう告げられた。


 ……そうか、やっと義母さんと会うことができる。


 最近はこの町へ掃討部隊の出入りも多くなり少し不安になっていたところだった。


 この家は相手に見えることがない為、安全ではあったが、辺りの聞き込みで大体の位置は特定されており、常に見張りが立っている状況だ。


 こちらからは見えるので、その隙間を縫って買い物等は行えているので何も問題はないが、いつこの家が見える人がいるか、掃討部隊がそこに辿り着くのがいつか、という時間との勝負だったので、町長さんの連絡は助かる。


「待ち合わせ場所はどこになります?」

「いつもの武器屋倉庫になっている。その後は、まあ、移動して食事でも、という話にはなっているが……ちょっと、あちらの鼻息が荒くてね」

「鼻息が荒い?」


 疑問はあったが町長さんも忙しいと思い、待ち合わせ時間を確認をした後に電話を切った。


「ナオっ! お母さんに会えるぞ!」

「ふぇ? お母さん?」


 電話が終わって、すぐにナオを抱き抱えてくるくる回る。

 弥生と巫女からも祝いの言葉があったが、すぐに申し訳なくなって謝った。

 二人は、もう、家族には会えないのだから。



 そして、二日後。

 いつもの倉庫に、俺はナオと一緒に向かった。

 弥生と巫女には家で居残りしてもらい、祐成を最大起動。

 心なしか、いつもより向かう速度も早い。

「にぎゃぁあーっ」と叫ぶナオを見てもそれがわかる。

 やはり、俺自身、やっと会えることが嬉しかったんだと思う。


 だから、待ち合わせ時間よりも早くに倉庫に到着して、ついでに納品を済ませ、人具が散乱しているので片付けて小綺麗にしたり、一応お偉い方でもあるから身だしなみも整えて……。

 主役のナオも母親に会うのだから嬉しそうに辺りを走り回り、嬉しさを表現している。


「お兄たん。お母さんまだかな!?」


 何度も何度も、それこそ数分単位で聞いてくるナオ。

 やっぱり、探してもらってよかったと思った。


 思ったには思ったのだが……ちょっとは部屋の片付け手伝おうな。



 そんなことを繰り返していると、町長さんが訪れた。

 少し遅れて、何人かの屈強な黒服を連れている見知った女性が姿を現した。

 びくっと、ナオが震えて俺の背後に隠れる。

 会えるのは嬉しいが、恥ずかしい、と言ったところだろうか。

 さっきまでのおおはしゃぎが嘘のようで自然と笑いが溢れた。


「あなたが凪君ね。お久しぶり」


 そう、義母さんから言葉がでた。

 その声は夢の中とも変わらずの声で、やはり四十は越えているはずなのだが、童顔なのか二十代ほどの若々しさを備えているのも変わらない。

 そんなに時間も経っていないはずだが、酷く懐かしさが溢れて涙腺が緩む。

 やっと、やっと俺を知る人に会えた。


「ああ、やっと会え――?」


 声をかけようとした時に、ナオが俺にしがみついてきた。

 今にも泣きそうな顔で、不安そうに見つめているナオに違和感を感じる。


「どうした? ナオ。おか――」

「違う。あの人違う」

「あっ……」


 そうだ。何かおかしい。

 先程の俺を見た後の言葉でもそれがわかったはずだ。

 もし、ナオの母であるなら、俺なんかよりすぐにナオに向かうはずだ。

 それだけ、俺達家族はナオのことを想っている自信がある。


 義母さんの行動と、ナオがそう言うのであれば、やはり――


「で、あなたが無事なのは嬉しいのだけども、基大さんはどこかしら」


 その言葉に、体が震えた。


 俺に興味がないのは別に気にならない。

 少し寂しいが、元を正せば俺からしても赤の他人だ。

 だが、自分が腹を痛めて生んだはずの子に見向きしないのはおかしい。

 見た目があまりにも変わっているから分からないということもあるかもしれないが、俺達を知っているなら、義母さんなら、すぐにナオのことを聞いてくるはずだ。


 嬉しさで、少し舞い上がっていたのかもしれない。


 この人は……


 俺の、


 知らない人、だ。


「分かっているとは思うけども、あなたのお父さんがいないと話にならないの。あなたのお父さんがいれば、この世界を救える」


 なんだ。なんなんだ。

 俺達には興味ないって言うのか。今、目の前にいる俺にさえ。

 知り合いなんだろ?

 小さい頃は抱き締めてくれたはずだ。


 俺が、俺達がどんな想いであんたと会うのを、あんたに助けてもらうために色々動いたのか。

 ナオに至っては、実の母親だぞ。なのに――


「――なんなんだよ、あんた」

「……え?」


 駄目だ。

 ここで言ったら全てが駄目になる。

 だから、ここは堪えるんだ俺。


「なんなんだよ、あんたはって、言ってんだよっ!」

「な……」


 思わず、叫んでしまった。

 その叫びに、しがみついていたナオが震えたのがわかった。

 だが、もう、止まらない。


「俺達がどんな想いで、どれだけ辛かったか!」

「え……あなた、泣いて――」

「やっと、やっと俺達を知る人に会えたと思ったのに、父さん、父さん……そんなに父さんに会いたいなら自分で探せばいいだろっ!」

「わ、私達だって――」

「知るかよっ! 覚めたら父さんもいないし、何が何だかさっぱりわからない状況で、俺だって父さんに会いたいさっ! 聞きたいこともいっぱいあるし、だけど動けなくて探せないし、だから、だから――」


「だから、唯一知っているあんたを探して、やっと辿り着いたのに……」


 言いたいことはいくらでもあった。

 一年間とはいえ、一緒に過ごしていたはずなんだ。

 他人だったとはいえ、家族の愛情だって芽生えてた。これからも一緒に過ごしていく人だって思ってもいた。

 あんな別れ方をして、やっと生きていてくれたとわかった。

 なのに、この人は。


 俺の知る義母さんじゃない。


「お兄たん」


 ナオの声にはっと、我にかえった。


「ナオ、ごめんな……行こう」


 見ていられなかった。

 必死に泣くのを我慢しているナオが立派だった。

 それに比べて俺は……


「ちょ、ちょっと、待ち――」

「華名さん、ここは……」


 町長さんがを止めてくれる。

 そんな町長さんに申し訳なく思い、軽くお辞儀をして俺はその場から去った。


 ああ、もう……悔しくて、涙が止まらない。


 やっぱり、ここは。

 俺の知らない世界だ。

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