02-28 そして、誘われる


 家に帰ってきてからは何もやる気が起きなくなった。


 帰ってきて時にちらっと見えた、何かしらの準備をしてくれていた弥生と巫女には悪かったと思っている。


 あまりにも暗い顔をしていたのか、それとも、倉庫を出てから泣き続けるナオを見て状況を察したのか、二人が涙しながら抱き締めてくれた。


 暖かい。

 二人とはさほど長い付き合いでもないが、それでも、二人の暖かさに心が救われた気がした。


 でも、それでも。

 今は、一人になりたかった。


「……はぁ」


 自分の部屋のベッドに腰掛け溜め息をつくと、色んな事を考えてしまう。


 今までのこと。家族のこと。ナオのことや、改めて仲良くなった夢の中でも友達の二人。


 家族のことは、もう、諦めた方がいいんじゃないかと思えてきた。


 この調子なら、父さんだって俺の知らない父さんなのかもしれない。


 いや、そうなんだろう。


 なぜなら、俺はギアのことさえ知らないし、それに対抗する術を持つ父さんなんて知らない。聞いたこともない。


 ただ、どこぞの財閥の科学者だった。くらいしか父さんのことを知らないことに今更ながらに気づいた。

 もっと、聞いておけば違ったのだろうか。


 ……いや、きっと変わらない。


 この祐成だって、俺が作ったと言われてもピンと来ないのは本音だ。

 だが、祐成には何度も助けてもらった。

 本当に感謝しかない。


 でも、この祐成だって、俺は、知らないはずなんだ。


 碧だって、この世界では――


「お兄たん」


 かちゃっと、扉が開いて聞こえた声にナオが来たことに気づいた。


 周りを見るとすでに暗かった。帰ってきたときはまだ昼過ぎだったはずだが、どれだけ考え込んでいたのかと思う。


「ああ、ごめんな。すぐ夕飯作るから」


 ぱちっと部屋の電気をつけて明るくすると、ナオが可愛らしい猫がプリントされたパジャマを着ていた。

 抱き締めるように自分の枕も持参している。


 ……そうか。もう、そんな時間なのか。


「今日は、一緒に寝る」


 まだ泣きそうなナオがそう言ってきた。


 そうだよな。俺より辛いよな。


「いいよ。おいで」


 今日はもう寝よう。

 起きたら、弥生と巫女にも、謝ろう。


 まずはそこから。

 これからのことは、また考えよう。


 布団を捲りあげると、ナオが静かに入っていく。

 いつもの元気なナオじゃないことが、酷く悲しかった。




 ・・・

 ・・・・

 ・・・・・




「お兄たん」


 ナオの暖かさにうつらうつらとしていた俺は、ナオの声に少しだけ覚醒した。

 酷く眠い。

 こんなにも眠いのは初めてだった。


 かなり疲れていたんだな。


 そう思いながら、ナオの頭を返事代わりに撫でてやると、日向のような暖かい香りに包まれた。

 碧を抱き締めたときに感じた甘い香りを思い出して、少しだけ、懐かしく悲しくなった。


 もう、碧には会えないんだと、そう思うと余計に辛い。


 そうだ。起きたらもうあの部屋は片付けよう。

 もう、あの部屋を残しておく理由もない。


 弥生と巫女が――二人が望んでくれるなら、一緒に住んでもらえるなら、部屋を開けないと。


 やることは、まだまだたくさんありそうだ。


「ナオはね。お兄たんに隠していることがあるの」


 ナオが何か言っている気がする。

 隠し事なんて誰にでもある。

 だから、気にしなくていい。


 眠くて声がでない。

 目も開かなくて、今にも落ちそうだ。


「ナオはね。お兄たんの妹の『直』、だよ」


 そんなことは知っている。

 今更だ。

 最初は疑いはあったが、ナオじゃなかったとしても、お前はもう、俺の妹だ。


 だから、ナオ。

 お前のことは守ってみせるから。

 安心して眠るといい。


「でもね。ナオは、碧お姉たんにはなれないの。だから、お兄たんを慰めてもあげられない。だって、お兄たんは――」


 当たり前だ。

 ナオはナオだ。

 碧はもう、あの時、俺達の前からいなくなったんだ。

 例え、会えたとしても、碧は俺達の知ってる碧じゃないんだよ。ナオ。


 それに慰めてもらうなんて、そんなこと考える必要はない。

 お前が傍にいてくれてるだけで、救われているのだから。


「お兄たんには、碧お姉たんのこと、もっと知ってもらいたいの」


 何を、言っている?

 自慢じゃないが。間違いなく、お前よりは碧のことは知ってるつもりだぞ。

 好きだった女の子だ。

 気づけば目で追って探していたし、常に傍で一緒に過ごしてきたんだ。


「碧――は――お兄――のこ――だからね。お兄たん」


 急激に眠気が襲ってきた。

 もう、ナオの声さえ聞き取りにくい。


「今からナオがいつも見ている『夢』、見せてあげるね」


 その言葉だけは、しっかりと耳に届き、


 誰かが俺の頭を撫でた気がした。


 その感触を最後に。


 俺の意識は、深い闇の中へと、墜ちていく。











「好きですっ! 付き合ってくださいっ!」



 そんな声が聞こえ目を開けると、目の前には、どこかで見たことのある制服を着た、知らない女の子が、恥ずかしながら告白をしていた。

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