一年後

02-20 そして今に至る。


「これだけの人具じんぐを用意してくれて本当に助かる」

「次の掃討戦で死人を出したくないですからね」

「ああ、助かるよ。


 半年後の武器屋の倉庫。


「あ、凪君。こんにちわ」


 町長さんと昔話に花を咲かせていると、弥生が姿を現した。

 隣には相変わらずのたゆんたゆんこと巫女を連れている。


「相変わらず仲がいいことで」


 本当にいつも一緒にいるな。と俺が知る二人と何ら変わらない姿に、ほっとする。


 町を救った後。

 俺はもう隣町にいることができなくなった。


 人が怖い。

 ただ、それだけである。


 歩けば町の住民に見られる。

 見られると、恐怖に満ちた瞳に囲まれているような錯覚に陥る。

 そこまで大人数でなければ大丈夫なのだが、大勢の前は流石に怖くて歩けなくなってしまった。


 どうやら、俺は町を救った直後にその目に耐えられず、意識を失ったらしい。


 あまり覚えてはいないのだが、ギアを倒した後、町長さんに匿ってもらいながら時を過ごしたということはうっすらとは覚えている。


 話を聞いてみると意識を取り戻した俺は、とにかく酷い状態だったそうだ。

 まるで人形のように、力なく部屋の隅っこで座り続け、耳元のピアスをずっと弄っていたそうだ。声をかければ返事はするが、目を合わせずどこか遠い場所を見ているかのように視点は合わず。


 そんな時間がどれだけ過ぎたのかは分からないが、俺の元に直が来てくれたことは覚えている。


「ナオ、の、おに……たん」


 直と会って驚いた。

 直ははいはいから卒業し、まだ危なげではあるが歩くことができるようになっていた。


 そして、俺を見て最初に言った言葉がそれだ。

 衝撃を受けた。

 にいに、から、おにたん……に変わっている、だと……?

 まさか、それは、おにいたん……お兄たん、と言っているのか?


「ナオ、お兄たんだよ。お兄たん。お前のお兄たんだよ」


 なぜか嬉しくて何度もお兄たんと連呼するキモイ男。

 直の隣にいた巫女と弥生がちょっと引いていた。


 そこから俺は復帰したらしい。

 どれだけ妹好きなのかと思わなくもない。

 ただ、直が心の支えだったのは間違いない。


 ……正直に言うと、辛かった。

 誰も覚えてくれていない。

 俺が知らないことばかり。その情報さえもろくに得られない。

 急に戦いが始まり、大勢の人に疑われ、それでも信じようとした。


 でも、結果は空回り。


 所詮は高校生成り立て――とはいっても通ってはないが――の少年の考えだ。

 ラノベの主人公みたいにすんなり行くわけがない。

 チートもなければ、知識もない。

 そもそも裸からスタートだったし。


 そんな中、直だけは俺のことを覚えてくれている。


 いや、本当はこの直と思っている女の子も、俺のことを知らない赤の他人なのかもしれないが、心の支えとして無意識に直と思いたかっただけなのかもしれない。


 そんな心情の俺から見たら、直が天使みたいに見えるのは仕方がないと思う。


 うん。お兄たん……うん。やはり、悪くない。


 いや、直は、夢の中でも、今でも天使なのは変わらない事実なんだが。

 もう、直がはいはいじゃなくて歩いていることとかどうでもいい感じになっていた。


 お兄たん……。そうか、お兄たんか……



 ……とはいえ、辛いことは辛い。



 しばらくして、掃討部隊も到着し、町には人が溢れ、活気が戻った。

 掃討部隊の哨戒等から分かったことは、この辺りにはもうギアはほとんどいなくなっていたことが分かり、すぐさま俺の家のある町と隣町の復旧作業が始まることになった。


 二つの町を繋げ、大きな町にする。


 ここ何年かは、このような復旧作業や、町の改築工事等はまったくなく、人類的にかなりの一大イベントとして、発表されていた。

 何より、それが行えるのは人具の復活があってこそのものでもある。


 俺が作った五本のうち、棍型の人具三本は、量産が可能となった人具として大々的に発表され、持参していった男性三人は、今ではアイドルグループのように人気者と化している。


『あなたを護ります。この人具で』


 というポスターが至るところに貼られ、それぞれが棍型の人具を構えているのが様になっていたのは覚えている。

 ただし、あくまで復活した人具が主役であって、それを彼等が使えるわけではないし……


 そもそも、あれ、基が物干し竿……。


 イケメングループが物干し竿を構えてキリッとしているようにしか俺には見えなくて。あのポスターは俺にしか分からないツボなポイントだったりする。



 弥生と同じように発現できないか実験に付き合ってくれた町長さんも、今では自由に人具の力の恩恵を循環させることができるようになってはいる。

 が、それを相手に与えられるかとなると別問題だった。

 弥生も町長さんも、俺と同じように力を分け与えることができなかった。


 これが、人具を作る際の重要なポイントの一つだった。


 力の循環は、ギアと戦うにあたって必要だ。

 さらに、その「循環している力を人に分け与えることができる」ということが出来なければ、人具を作る一歩に踏み出せないことがわかった。


 そして、もう一つ。


 俺が当時五本しか人具が作れなかった理由が、力の循環をしっかり伝えられなくなったから、ということかと思ったが違っていた。

 力の循環は作れなくなった直後でも佑成で十分行えていた。

 どうやら、人具を作るにはもう一つ条件があるのではないかと、必死に考えた。


 そこで分かったのが、ある一定の力を貯めておける器が必要だということ。

 そこから力を借り受けないと、人具を作りだすことのできる莫大な力が出せないことがわかった。


 意外と簡単に作り出せているようで、とんでもない不可思議力ふしぎちゃんぱわーが働いていたことを実感した。


 その力を貯めておける器というのが、俺のピアスだ。


 力が貯まると淡い水色の光に戻るピアス。

 人具を作るときにも使え、緊急時にも祐成がなくても力を解放できる優れもの。


 そのピアスに力を貯めておけるのは、人具十本分が限界ともわかった。


 ただ、佑成も同時起動させて力の循環しあうと、ほぼ永久的に力が貯まったままになるので、どれだけ神鉱いしを粉々にしなければならないのかと、一人で愕然としてみた。


 ただ、それが分かっただけでもかなりの収穫であり、つまりは、今のところ俺にしか作れないだろうことも何となく分かった。


 ……決して、町の人達にいまだ怖がられているから、いじけて色々調べた訳じゃない。



 そう言えば、もう一つ。

 人具に対して製作者が触れながら名付を行うことで、より循環しやすくなることも発見した。

 道理で佑成はスムーズなわけだ。


 弥生と町長さんの槍にも名前をつけてある。

 弥生の両鎌槍は、猛将の名からとって『成政なりまさ』と。

 町長さんの、衛兵が持っていそうな槍は、衛兵とつけようと思ったが、ちょっと捻って『近衛このえ』とつけた。


 それ等は、一応俺が作った初期モデルとして名前を固定化させ、後は同等の量産モデルを作ってもその名前を着けない予定だ。


 あの三人の棍については……すでに手元にないし、触れる機会もなさそうなので名付はしないが、もし名前をつけるなら『物干』で十分だと思ってる。



 あの三人には、しょ~じきに言うと、思うところがある。


 あの三人は、今のこの現状を作り出した張本人達でもある。


 あの戦いの時、誰でも持っていっていいとも思っていたが、我先に拾い、お礼もなく、落ちていたから俺のもの的考えで持ち続け、本来の使い方をするわけでもなく、使い方も分からないただの棍をもって、今や人気のアイドルだ。


 で、そんなアイドルさんが何も考えずに広めた。


『人具は量産できる』と。


 誰の許可も得ず、誰が作っているのかも考えず、その人への迷惑を考えずに、だ。


 大々的に人具が量産できることが広まったがために、俺は作り続ける必要が出来てしまい。

 町長さんは、各地から製作者は誰なのかと殺到する問い合わせと、その人物を接収しようと企む軍や突き止めようとするマスコミ、自分達に人具を作ってくれという受注依頼等を対応してくれている。


 そんなことがあって、大々的に名前だけでも発表する必要がでてきた為、水原という名前が、稀代の英雄・水原基大みずはらもとひろとすぐに連想されて辿り着いてしまうという話になり、三原という偽名を人具の製作者として名乗ることとした。


 一応その三原凪は、バックグラウンドとしては水原基大の弟子であった、ということにしている。


 弟子であったのは確かのはずだ。だって、実物を目の前で見ながら作っているわけだし。佑成に至っては「いっきゅーひん」とお墨付きをもらっているわけだし。

 母親の言葉を借りれば、「すでにお父さんを超えている」だし。


 流石に隠し通せるとは思ってはいないが、いずれバレるにしても、この部分についてはバレる前に何とか辿概ね問題ない。


 今は、量産を優先してほしいと町長さんから言われて、今はずっと棍型の人具がメインとなっている。

 それも、棍型の人具を世に広めてしまったどこぞのアイドルのせいだ。


 そのうち、佑成の量産型モデルとかも作ってみたいと思っているが、まだまだ先は長そうだ。


 俺の物作りは、まだ始まったばかりだっ。


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