02-18 防衛戦 3


 隣町アーケード商店街。


 比較的広い、普段は住人で溢れてうるさい町の主要施設は、今は怒号や悲鳴が響き渡っている。

 広いとはいえ、左右に立ち並ぶ店や屋根が声を反響し、辺りに状況を伝えてくれる。


 壊された拡神柱から、まっすぐ向かうと辿り着く、町の主要施設。

 それがこの隣町の中心地とも言えるアーケード商店街である。


 その先を抜けると、住宅街や避難民のプレハブ小屋が立ち並び、その更に奥には大きなショッピングモールがある。戦えない住民はそのショッピングモールへと避難しているようだ。


 つまりは、このアーケードを抜けられるとそれで敗北となる。


 数が多いのであれば、すぐにアーケード脇の住宅街を破壊しながら抜かれたのかもしれないが、今回はすでに拡神柱を壊す時にほとんどのギアが破壊されている為、数も少ない。その為か人が密集しているアーケードへとギアは侵攻していたようだ。


 もしかすると、誰かがギアをそこに誘導したのかもしれない。

 弥生達と同じ斥候が命を賭して誘導させたのかもしれないが、今はわからない。


 アーケード内では、金属がぶつかる音や銃声と思われる音も聞こえる。


 まだ、戦っている。

 まだ、助けられる。


 その音に不謹慎ながらも喜び、たゆんたゆん感じながら向かう。

 弥生も後ろについて来ているがそんなことは知らん。

 今は短い時間でもたゆんたゆんが優先だ。


 それこそ不謹慎だと、思った。

 人が戦っていることが分かっただけで、余裕が生まれたのは間違いない。

 だからこんな余裕な行動もとれる。


 アーケードの入り口にはバリケードが張られ、その先には大勢の人がいた。


 そのバリケードを突破しようと三体のギアが襲いかかっている。

 たった三体に群がる、バリケード先から応戦する、ただの鉄の槍をもって戦う男や女達。


 そして、そのギア達に指示を出すかのように数歩離れたところに一際大きな巨体がいる。

 明らかに人が辿り着ける大きさではない。

 成人男性の縦横三倍はあるその真っ黒な巨体。


 バリケードから槍を掴まれ引っ張り出された男性が宙に舞い、巨体の前に放り出された。


 蒸気を身体中から発しながら、明らかにその男性よりも太い豪腕が放たれる。

 腕に吹き飛ばされた男性が、体を二つに別けて宙を飛んだ。


 辺りには人の残骸があるが、まだそこまで多いわけではない。

 ただ、亡くなっている人はいることは間違いない。

 不謹慎なことを考えていた俺は考えを改める。


 一気に加速する。


「弥生! 突っ切るぞ!」

「え、えええ!?」


 巨体が背後の俺たちに気づいて振り返る。

 鎖姫とは違い、見た目がごつごつと、人の形を型どった鉄のフレームが丸見えなそのギアが、ギア特有の赤い瞳で俺たちを捉える。


「バリケードまで走れっ!」


 弥生に指示を出しながら、走り、巨体の顔面に向かって跳躍。

 弥生が巨体の横を猛スピードで駆け抜けていくが、巨体は目の前に写った獲物おれしか見えていないようだ。

 弥生ががむしゃらにバリケードに群がるギアに特攻し、深手を与えながら先へと到着したのが見えた。

 そんな宙に浮いたは巨体と目があったまま。

 たゆんたゆんが恐怖に悲鳴をあげるが気にしない。

 すでにたゆんたゆんをお姫様抱っこすることは止めて、俺の首に腕が回されて捕まっているだけの状態だ。

 片手で腰を支えてはいるが、流石にぐっと触るのも気が引けた。

 落ちそうになったら引き寄せればいいだろう。


 巨体が俺に向かって腕を振るってくるが、その腕を難なく佑成でいなすと、腕が起こした風圧に、宙に浮いていた俺はバランスを崩す。


 すかさず、巨体の肩に佑成を突き刺し肩に飛び乗る。肩にぐっと佑成を押し込み肩に深い傷を与えてバリケードに向かって飛び込む。

 バリケード前で、弥生につけられた傷で蹲るように倒れているギア三体が、上空を飛び越えていく俺達を見つめている。


 バリケード内で驚いている町長さんが見え、近場へ着地。

 着地の寸前で再度お姫様抱っこされたたゆんたゆんが、恐怖でぎゅっと抱き締めてきて、密着感が半端ない。

 佑成への力を供給を止め、白い光の発散を止めると、町長さんが近づいてくる。


「み、水原君!? 無事だったのか!」

「はい。人具、作ってきました」


 たゆんたゆんは名残惜しいが、巫女を下ろして弥生に渡し、背中に背負ったリュックを地面に無造作に置くと、リュックが倒れて大きな金属音を立てて中身が露出した。


「とりあえず、五本。一本はすでに途中で助けた弥生に渡しましたが、後四本は使ってください。説明するのは難しいのですが、こう、人具に対して自分の意思を伝えるように力を込めてみてください。それで発動できると思います」


 使い方が、分かれば、少しは戦力になるだろう。

 だが、先ほどの一戦で、俺はわかってしまった。


「とりあえず、この場はどうにかします」


 町長にそう伝えると、バリケードの先へと歩いていく。


「ちょっちょっと! 水原君!?」


 町長が慌てて俺を止めようと声をかけてくるが、今、この状況をすぐに終わらせるには俺が戦えばいい。

 まだ人具を扱えるかもわからないのに、いきなりそれをもって相手しろというのもどうかしていた。


 それに、恐らくだが――


「大丈夫です。とりあえず、最悪のケースに備えてはいてください」


 ギアに感情があるのかは分からないが、巨体の側に二体が集合している。

 一体は先ほどの弥生の攻撃で深手を負いすぎたのか、まだバリケードの近くで巨体に合流しようとずりずりと這いつくばりながら巨体へと向かっている途中だった。


「あ、そうだ。町長さん」


 そうだ。聞き忘れてた。

 とても重要なこと。

 その為に急いでたようなもんだ。


「直は、無事?」

「あ、ああ。君が帰ってこなかったから大泣きして、苦労したよ」


 よかった。

 それだけ聞ければ十分だ。

 その苦労の報酬は人具でいいのかな?


「よかった」


 笑顔で町長に伝えると、バリケードの外へ出る。


「えっと、みずはら、君?」


 弥生が槍を震えながら持ち、バリケードを越えて俺の横にいた。


「あ? ああ。そういや、名乗ってなかったな。俺は水原凪」

「凪君でいいのかな?」

「どっちでも。俺はすでに呼び捨てだし」

「じゃあ、凪君。僕も戦いたい」


 ぐっと握りしめる槍から白い光が溢れてきた。

 すでに人具の使い方が分かっているらしい。

 こんな短期間で感触を覚え、それを実践できるとは、この男は天才なんじゃないだろうかと思った。


 バリケードの向こう側で、恐る恐る人具を触れようとしている二人の若者は、まだ力の使い方さえも分からないようだ。

 教えればすぐに使えるのかもしれないが、弥生のようにすぐに使えるようになるには外から循環の手助けがないと難しいのだろう。

 だとしても、そう簡単に扱えるのは別の話じゃないだろうか。

 後で町長さんでも試してみよう。


「あ~……じゃあ、そこで離れている一体と戦ってもらっていいか?」


 ずりずりと這いずっていたギアは、機械音を立てながら立ち上がろうとしている。

 あそこまで弱っているのであれば、弥生の力であればすぐに倒せるだろう。


「俺は、あの三体を倒すから」


 佑成を再起動させる。

 白い光が佑成から溢れ俺を包み、黒い柄から白い刀身を現す。


 その光景に、背後から、「おおっ」と声があがった。



 弥生を見ると、弥生はこくっと頷き立ち上がろうとしているギアへと慎重に槍を構えながら向かっていく。


「さて、と」


 俺はとことこと散歩するように歩き、巨体の前へと立つ。


 こいつ等は、鎖姫より圧倒的に弱い。

 それがさっきの一戦で分かったことだった。

 動きも鈍ければ、弱いし柔い。切り裂くときになんの抵抗もなかった。


 二体の黒いギアが左右から襲いかかってきた。

 そんな弱いギアが複数いようが関係ない。


 右から来たギアに佑成を突き出すと、さくっと簡単に腹部に佑成が突き刺さった。

 そのまま佑成を薙ぐと、腹部の半分が引き裂かれる。引き裂かれた反動か、ギアががくりとその場で力なく地面に膝をついた。


 左から来たギアが俺の顔目掛けて腕を振るってくる。

 その腕を左手で掴むと左手とギアの拳の接触面から火花が散った。掴んだまま振り払うと、バランスを崩したギアの顔が俺に迫ってくるが、佑成で首を刈る。

 簡単にギアの首が飛んでいく。

 力を失ったギアの体を蹴って引き離すと、反対側でいまだ膝をついたままのギアの脳天に佑成を振るう。

 佑成はいとも簡単にギアを真っ二つにした。


 鎖姫と戦った時とは大違いだ。

 佑成が触れるだけでギアが溶ける。


「ぎぎぎぎぎっ!」


 巨体が動いた。

 ずしんっと一歩進むと地面に振動が伝わり辺りを震わす。


 特にこの巨体には、何も感じない。

 ただ地面を揺らすだけが仕事なんじゃないかとも思う。

 何だったら先程倒したギア二体のほうが危険だったかもしれない。


 巨体が俺に向かって拳を叩きつけるように振り下ろしてきた。

 それをさっと半身になって躱しつつ、躱しざまにその腕に佑成を振り下ろすと、簡単に地面に轟音を立てて腕が落ちた。


 でかいだけで、攻撃を当てやすく、避けようとしないのでただの的のようなものだ。

 普段から攻撃を受けてもその強靭さで跳ね返していたのだろう。

 今まで神具と相対してこなかった証拠だ。


 動きの止まった巨体の懐に潜りこむと、俺より遥かに大きい左足が見えた。

 その足を切りつけると、内部を構成していたネジやボルト、歯車のような部品は、溶解されて赤い塊や黒い塊となりながら飛び散り大きな切り傷を作っていく。


 当たる当たる。よぉく当たる。


 何度も何度も切りつけると、その足は太い一つの神経のようなチューブだけになった。これが周りの部品を動かし、足として機能している主パーツなのだろうと感じた。


 ぐらぐらと、左足の肉であるパーツを削がれ、支えきれなくなった巨体の体が揺れている。

 ぷちっと切ると、左足が巨体から分離した。

 急に左足を失ったことで巨体がぐらつき、背後に倒れていった。

 倒れた際に、大きな音を立てる。


 いちいち動くだけで大きな音を立てるギアだなと、思った。

 ただ、それだけ。この巨体に思うことはそれだけである。


 やはり、鎖姫は特殊なギアだったんだろう、と思った。

 この巨体やギアはただ自分の体の力のみを使って戦っている。鎖姫はさらに自身の体を強化し、遠距離も可能としていた。

 恐らく、過去に神具の持ち主かそれに近しい者と戦ったことがあったのだろう。

 それに、強度も全然違っていた。

 感触が、全く違う。


 あの時、鎖姫に会って、戦えたことが本当によかったんではないかと思えた。


 ギアの強さを測ることができる。

 鎖姫より強いギアでなければ、俺は戦うことができる。


 最初の一戦で肩を貫かれて動かなくなった左腕と、先ほど斬り落とされた右腕。

 そして左足さえも切り落とされて、地面に倒れこんだまま動けない巨体の腹部の上を歩きながら、鎖姫と巨体との違いについて考えていた。


 背後をちらっと見ると、弥生がギアを真っ二つにして倒したところが見えた。


 じゃあ、こちらも終わらすか。


 しばらく歩くと、巨体の顔面に辿り着く。

 忌々しそうに赤く光る瞳が俺を見ている。


 その赤い瞳に佑成を突き刺すと、蒸気があふれ出た。

 佑成の力で焼けているようだ。巨体から断末魔のような機械音が鳴る。

 佑成を抜き取り、今度は逆の目に。

 同じように蒸気が溢れて赤い瞳が見えなくなる。

 最後は、首に向かって佑成を横一閃。


 首と胴が離れて、うるさい機械音も消え、巨体は動かなくなった。


 これで、終わり。


 佑成の力を消して、バリケードへと向かう。

 弥生が息を切らせながら近づいてきて、笑顔を向けてくれた。

 俺も笑顔を向けて、どちらともなくハイタッチ。


「やったな」

「うん。凪君のおかげだよ」


 町を守ることができた。

 バリケードの先から、巫女が泣きながら走って弥生に飛び込んでいく。


 町長さんが、続いて駆け込んできて、俺の両手を掴んで感謝を告げる。


 え、俺も女の子がいい……。


 そんな想いは無残に消えて。褒めちぎりの嵐が町長さんから発動される。


「さすがだ! さすが水原君だ!」

「いえ……もう少し到着が早ければもっと被害が少なくなっていたはずなんですが……すいません」

「いやいや、君が来なければ掃討部隊が到着するまで持つわけもなかった! この町を救ってくれてありがとう!」


 町を救った。

 救えたと、町長さんの言葉で実感した。


 俺は、守れたんだ。

 この町を守って、みんなを守ることができた。


 そうだ。そうだよ。

 最初の印象がとにかく悪かったから諦めてたけど、やっと、この町の皆と仲良くできるかもしれない。


 これでやっと、家族の行方も探せるようになるかもしれない。

 手伝ってもらえるだろうか。




 町長さんの言葉に、僅かな希望が芽生えた。

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