02-17 防衛戦 2
「あ、あのっ!」
壊れた拡神柱の前。
焦げて鉄屑と化したギアを見ながら呆けていると、女性から声をかけられた。
「あ、ああ……怪我は、ない?」
そんな声を返したものの、慌てて今の状況も思い出す。
人が救えたのはよかった。
ただ、今の状況ではそれさえも後回しにしないと取り返しがつかないことになりそうだ。
「君、これ、持てる?」
ギアに突き刺した槍を拾い上げ、いまだに唖然としている助けた男性に声をかける。
「あ、あのっ、ありがとうございます!」
「いや、そんなことより。持てるか聞いてるんだけど」
やっと硬直から立ち直った男性から返ってきた言葉はお礼の言葉。
今はそんな物いらない。
とにかく情報だ。
「え、いや、これを……?」
「だって、その子守るにも武器必要で……あ~。いきなりで悪いけど地で話していいか?」
平行に横に持った槍を男性の胸に叩きつけるように突き付けて渡す。
男性は恐る恐るその槍を受け取りながら困惑しているようだった。
とろい。
俺が状況に焦ってせっかちなのかもしれないが、動作がとにかく遅い。
男性も、まだ状況把握できてないのかもしれないが、今はそんなこと言っていられないのに、こんな様子だとすぐに情報もでなさそうだ。
今すぐ町へと向かいたいが、ギアが何体いるのかさえわからない。
情報も必要だった。
柱の天辺を見上げると、そこには先程倒したばかりのギアと同じように、人形のような炭化した黒い人型が突き刺さっていた。
拡神柱を壊すために突撃し、焼けながら自身の破壊と共に柱を壊すことに成功したようだ。
よく見ると、柱には何度も殴ったような、引っ掻いた跡のような傷がいくつもついている。
柱につく黒い塊のようなものは他にもあり、かなりの数が押し寄せ柱を壊すために特攻したのだろう。
その黒い塊はどんどんと上に上がっていくほどに少なくなっていく。
なんとなくではあるが、塊を利用しながら最後に辿り着いたギアが、中間と天辺にあるはずの大きな神鉱を引き抜き、力尽きたと考えればこの柱の状態もわかりやすい。
正しいかは分からないが、近くに来てやっと柱が壊れた状態が理解できた。
ぶすぶすといまだ焼けるような残り火が立ち上っている様をみる限りは、つい先程壊されたのだと感じる。
もし、考えが当たっているなら、まだ突入されてから時間はそんなに立っていない。
恐らくは、俺が外に出る直前くらいと考えるべきか。
ただ、かなりの数に耐えたとはいえ、こんなにも簡単に壊れるものに命を預けないといけない今の人類には、やはり対抗手段である人具が必要だ。
そして、何体のギアが侵入したのかは不明だが、今から戦場と化しているであろう町中に突っ込むには戦力がいる。
「えっと、この槍? なんか、凄い?」
この場で会ったのも何かの縁だ。
俺の人具を渡す最初の人はこの男にするしかない。
後四本。
今から向かう先でも町中でもいい。
渡して力が発揮できればそう簡単には負けないだろう。
そう思いながらいまだ困惑する男性を見てみる。
すっきりした顔立ちにイケメン臭を感じながらも、妙におどおどした表情が、守ってあげたい意欲を書き立てられそうな印象を受けるそんな男。
左目の下に泣きぼくろがあるのが特徴的な、明らかに同学年な男。
……あれ?
もう一度よく見てみる。
ここまで必死に逃げてきたのか、服は少し乱れ、その乱れかたがよりなよなよ感を与えてくれる。
その男に、やっと立ち上がることのできた同じく同年代の少女が「しっかりしなさい」と声をかけている。
叱られてその時に見せた笑顔が、妙にイケメンっぷりを発揮した。
「し……神夜?」
そう、俺はこの男を知っている。
髪型は爽やかに。おしゃれな感じが漂うスマートマッシュ。脳内でこの男の頭に、いつものトレードマークな頂点の折れたサンタ帽子を被せてみる。
あら不思議。
御月神夜。
俺の幼馴染みの完成だ。
「え? 僕は
やっと、やっと見知った人に会えた。
そう思って喜びに表情さえも緩んだ瞬間だった。
神夜じゃない、と言われたのは。
「ふ、ふざ……っ」
「夜月? 知り合い?」
そう声をかける少女が夜月の横に立った。
ウェーブのかかった髪を後ろで束ねた、ポニーテールのよく似合う少女。
整った顔の二人が揃って横に並ぶと、妙にお似合いなカップリング。
「……
「え……? はい。
二人の困惑した表情に、俺のことを知らないようだった。
そんなわけがない。
小さい頃から一緒によく遊んだ幼馴染みだ。
忘れるわけが――
いや、違う。
この二人をよく見てみると、所々俺の知っている二人と違う点がある。
そもそも、神夜は、こんなになよっとしたやつじゃない。
「あ……あの?」
巫女の声にはっと我にかえる。
そうだ。今はこんなのんびりしている場合じゃない。
この二人には後で色々聞くにしても後回しだ。
「や、弥生君。戦えそうか?」
よく知った同じ顔をした弥生に声をかける。
妙にくすぐったい。
よし、この二人はよく似た他人の空似と考えよう。
そう考えないと、辛い。
「戦うって……?」
「今から町に向かって助けにいく」
「あ、ああ……」
渡された槍をぎゅっと胸の前で握りしめる姿が妙に女性っぽい。
元々神夜も女顔だったが、この弥生という男はその行動がより女性的で、見ていると女性なんじゃないかとさえ思えてくる。
「今は情報がほしい。
……二人がここにいた理由も知りたいけど、とにかく、内部に侵入したギアが何体かわかるか?」
「四体はいたと思う。僕らは斥候で、柱から警報が鳴ったから確認しにきたんだ」
「何人来てた? その人達は?」
「三十人ほど。負傷した何人かはギアに連れていかれた。柱が壊れたから、すぐに撤退命令が出たけど。置いていかれちゃって」
柱が壊されるまでにほとんどのギアが柱に溶かされた、と、巫女が情報を追加してくれる。
逃げる時に助ける訳じゃなく、自分達が逃げるために置いていったのだろうか。
ただ、ギアがそんなに残っていなかったから辺りに隠れてやり過ごそうとしたら見つかった、と言った所のようだ。
「本当に助かったよ。ありがとう」
「お礼はこれから生き残ってから聞く。とにかく救援にいかないと」
「え。三人で向かっても……」
「何のための武器だ」
そう、明らかに戦意のなさそうな弥生に苛立ちが溢れた。
自分さえよければいいのか、とさえ思ったがそうではないらしい。
「せめて、巫女は避難させたい」
自分はどうなってもいい、という意志が俺を見つめる瞳から見てとれた。
こいつは……空似でも芯は似ているらしい。
神夜はこういうときは必ず巫女を第一に優先する。
そして、そう優先された巫女は必ずといっていいほど――
「「私のことは気にしないで暴れてきなさい」」
俺と、巫女の声がハモる。
その俺の言葉に驚く二人を失礼ながら笑ってしまった。
下を向いて笑う。
やっぱり、こいつ等は神夜と巫女だ。
俺のことを知らない、俺が知る二人だ。
地面に、ぽつっと雨が降った。
「え、えっと……泣いてるの?」
「悪い。笑いすぎて涙が出た」
ぐしぐしと鼻を吹く振りをして目に溜まった水を拭き取ると、二人を見つめる。
「弥生」
弥生の胸の前にある槍に触れると力を流し込む。
「お前の持ってるそれは、対ギア決戦兵器だ」
「え。まさか……神具!?」
「の、量産の人具だが、まあ、お前達はこれのことを神具と言ってるから合ってるけど。厳密には遥かに違う」
力の循環は、槍を満たし、淡い白い光に覆う。
「その、光があればそう簡単には死なない」
「こ、これが……人具の、力?」
溢れだす光は弥生を包み、弥生に力を分け与える。
その力は弥生に力の使い方を教えているようで、俺が手を離すと弥生から力を引き出し始めた。
よかった。
俺以外でも使えるみたいだ。
「だから、付いてこい」
「いや、だから、巫女を」
やっと会えた、誰よりも深い知り合いなのに、二人を死なせるわけがない。
例え、二人が忘れていても、俺からしてみれば二人は知人だ。
「俺が運ぶ。大丈夫。死なせはしない」
そう言うと、弥生の姿に驚いたままの巫女を引っ張り抱える。
「きゃっ」と可愛らしい声がした時にはすでに巫女は俺にお姫様だっこされていた。
むにっと、俺の胸に柔らかい感触が伝わった。
「走るぞ!」
呆気に取られる弥生を無視して走り出す。
遅れて弥生が慌ててついてくる。
たゆんたゆんと振動で触れる柔らかい感触を楽しみながら間もなく俺は戦場に到着する。
うん。やっぱり巫女は違うかもしれない。
巫女は、こんなに胸はでかくない。
そう、戦場の前の役得を噛みしめながら、怒号と激しい音が飛び交う戦場へ。
さあ、守ろう。
この、俺が信じようと思った、この町を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます