02-16 防衛戦 1


 遥か遠くで鳴る警報音。


 その音は、外に出てすぐに気がつくにはあまりにも小さい。

 玄関を出てすぐに佑成を起動させたからたまたま聞こえた程度の小さな音だ。

 もし佑成を起動せずにゆっくり歩こうなんて考えていたら間違いなく気づかなかった。


 まさか、と思いながら、近くのアパートの屋根に飛び乗ると、隣町の方角に目を向ける。


 まさかが、的中した。


「嘘……だろ」


 隣町の方角から火の手が上がっている。


 一瞬冗談かと思ったが間違いない。

 なぜなら、隣町に向かう時にはひしめく住宅で見えなかったが、今は高い位置から見ている為、遥か遠くの隣町がよく見える。

 その、遠くから見ても分かる程の、隣町を守る大きな柱が一本――拡神柱が煙をあげて破壊されていた。

 柱の天辺には、何かが突き刺さっているように見えるが、人ではなさそうだ。


 すぐさま走る。

 屋根から屋根へと。

 時には一軒家より高いマンションもあるが、飛べるだけ飛んで飛び越えたり、ベランダの手すりの上さえ走る。

 とにかく最短距離。

 我が家に向かうときに歩いた場所は、障害物が多すぎる。

 家から家へと飛び移りながら走り続ける。


 直が。

 直が危ない。


 町長さん達もすでに戦闘を行っているかもしれない。

 あんな武器で戦えるわけがない。

 掃討部隊が到着するまでもう少しかかると言っていた事から、まだ到着してないと考えると、絶望的な状況だ。

 あの町の皆が町長さんと同じ考えを持っているなら、必死に町を守る為に戦おうとする者が多いだろう。


 そうなると、人が、死ぬ。


 それに、掃討部隊が皆人具を持っているとは考えてもいない。

 数人持っていればいいほうなんじゃないだろうか。


 ただ、持っていたからといって、ギア一体に対して複数人でやっと倒せる程度の力の恩恵しかない。

 そう考えると、俺の背中にある武器があれば、皆もっと戦えるかもしれない。

 届けられればまだ間に合うかもしれない。


 いつから?

 いつから襲われていたのか。

 もし、俺が出てからすぐであればもう……


 無事であって欲しいと願いながら、ただただ走る。

 途中、家が途切れたために家から降りて障害物を避けながら走り出す。


 あまりの速さに風を切る音を耳が捉える。

 その風は俺の頬を打ちつけ、少し痛みを感じるほどだった。

 かなりのスピードで走っているのは分かるが、そのスピードさえも遅いと感じた。


 破壊の跡は外に出た時よりも遥かに進み、隣町へと近づくにつれて目立っていく。

 家に向かう前に通った道を走り続ける。


 我が家に向かうときには原型を留めていた立派な住宅は破壊され、門構えしか残っていない。

 ぶすぶすと真新しい火の手が上がり、焦げ臭い匂いが辺りに立ち込めている。


 何かが争った跡も見え、隣町への道の先に、見覚えのある鉄でできたであろう槍類の武器が転がり折れているようになってきた。中には道路に突き刺さったままのものもあり、そこに血のような跡もついていたように見えるがそこに人の姿はない。


 戦った跡はまだ新しいが、かなりの激戦で、劣勢であったことがすぐに分かった。

 ここまですでに破壊されていて、柱も壊されているなら、既に町の中に入られている可能性は極めて高い。


 初めて隣町へと向かった時に見えた、比較的綺麗に舗装された十字の道路が少しずつ見え始めた。

 その先にはすでに壊れて機能しない柱がある。


 その十字の道路に、人がいるように見えた。

 近づくに連れてはっきりと見えてくる。


 よかった。

 まだ生存者がいる。


 人は三人。

 一人は女性のようだ。もう一人は男性。

 女性を庇うように男性がもう一人の前に立っている。

 女性は何かに怯えるように地面に座り込んで不安げに目の前の男性を見ている。

 俺に背を向けて立つもう一人に、男性も女性も怯えているようだ。


 何をやっているんだ。

 人同士で争っている場合でもないだろう!


 苛立ちが溢れる。


 背を向けた男に苛立ちをぶつけながら遠くから睨みつける。


 真っ黒な服を着て真っ黒な髪をして、真っ黒な肌。

 どこにも人のような肌がない。ごつごつとしたその姿。

 口から溢れる蒸気の煙。

 服のような黒さではなく、機械のような黒光りするその見た目。


 違う。

 人じゃない。


 あれは、ギアだ!


「まにあぁえぇぇぇーっ!」


 走りながら背中の棒を掴む。

 掴んだ棒がどれかは分からなかったが、力が流れる感触から両鎌槍のようだった。

 槍は力を循環させようと返してくる。

 佑成と槍の相乗効果なのか白い光で辺りが見えなくなるほど光り輝いた。

 その槍に力を溜め込むように返しながら、ギアに向けて思いっきり投げつけると、槍は白い光を帯びながら一筋の光の矢となって、風を切り裂く音と共に黒いギアへと向かっていく。


 槍はギアの腹部に激しい音とともに突き刺さると、貫通し、勢い余って地面にも突き刺さった。

 縫い付けるように地面に突き刺さった槍は、大地に刺さった反動か小刻みに揺れる。


 ただ、それだけではギアの動きは止まらなかった。

 突き刺さった時に一瞬稼働を止めたギアが、両手で槍の柄を握りしめる。

 白い光に触れたギアの両手から煙が溢れだした。


 槍を引き抜こうとしているが思いの外深く地面に突き刺さった槍は抜くことができず。

 しかし、白い光が槍から消えるとずずずっと地面から槍が抜かれ始めていく。

 縫い付けられたギアが解放されるのも時間の問題だった。


 まだ、射程圏内にギアを収められない距離を俺は走っている。


「佑成っ!」

 

 手の中で出番を待つ佑成に声をかけると、佑成は俺の考えを読んでくれたのか、刀身がいつもより細くなり大太刀のように伸び上がった。

 伸び上がった刀身は、地面をがりがりがりと削りながら、俺と共に追従する。


「ぎ、ギギギ」


 ギアの声のような機械音が耳に入ると、槍が地面から勢いよく抜かれた。ギアが自由になり、槍が飛んできた方角――俺の方を振り向いた。


 だが、槍が抜けるよりも先に、すでに俺はギアを射程距離内に収めていることに成功している。


 佑成をその首と思われる先に抜刀するかのように振るうと、バターを切るかのようにあっさりとギアの頭部と体が切り離された。


 頭部が地面にがしゃんっと音を立てて落ちると、びくびくと首から電気のような黄色い光を放出させ、体が力を失い駆動を止める。

 からんっと、ギアの手から、槍が落ちた。


 走り続けたまま斬りかかった俺はそのまま止まれず。

 ギアの体にぶつかりボーリングのピンのようにギアを吹き飛ばした。

 体当たりされたギアは壊れた拡神柱にぶつかると、まだ機能していたのか、柱から雷のような光が放たれ、ギアを包み込む。次第に火の手が上がり、焼け焦げていく。


 ギアにぶつかって勢いが止まった俺は、目の前に先程のギアと入れ替わるように男性と女性の前に立っていた。

 ただ、そんな二人のことはどうでもよく。

 今の状況さえ忘れるほどに驚いてしまった。


 ……え? 待て。

 あんなのを俺は、通り過ぎる時に食らっていたのか?


 目の前で拡神柱にぶつかった後のギアの成れの果てを見て、自身がよく生きていたと思い、茫然としてしまった。


 いやいや、あんな凄い兵器だったんなら、もっと早くに言ってくれよ。

 ……あ、俺あの時誰とも会ってないから知れるわけないわ。

 え、じゃあ、もしかしたら死んでたかもってこと……?


 二人は、驚いた表情を浮かべて見たまま固まっていた。

 俺も、拡神柱を見ながら、ずっと固まっていた。


 今のこの状況さえ忘れ、固まる三人が、そこで出会う。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る