02-12 武器屋さん 1
隣町の一室。
ギアと戦うための西洋のロングソードのような分厚い鉄の塊や、十字に模られた朱色の槍等が所せましと飾られている部屋の中で、俺はいつも通り箱の中に入れてきた『人具』を乱雑に机の上に
そもそも武器を飾っているのがおかしいのだ。
武器なのであれば使われてなんぼだと思っている俺としては、飾るように置かれている武器が可哀想に思えてならなかった。
いつ使われてるのか。使われないほうがいいのだが、こんな二十畳程の部屋にまるでこれから廃棄されるかの如く床にゴミのように置かれた武器を見ればそうも思う。
出来のいい武器群は壁に立て掛けられる様に置かれているが、そもそも出来の良さはそんなに変わるわけではない。
それを見た人が、「あれは、いいものだ」とどこぞの例の壺のごとく飾っているだけに過ぎないのであろう。
もしかしたら、お偉い人が優先して使うために飾っているだけかもしれないが。
そんな風に思っておきながら、乱雑に机に放り投げている俺も俺ではある。
「いつも助かるよ」
そんな乱雑に置いた武器の音に気づいたのか、馴染みとなった店主に声をかけられた。
「あんなことになってれば手伝う気にもなりますよ」
「あ~……ありゃ、本当に申し訳ないと思ってる」
「いえ、あれは仕方ないことですし、俺が悪いのは間違いないので」
「とはいってもなぁ……流石にこれだけ貢献されてるのに周りで嫌っている住民がいるのもなぁ……」
店主の言葉に思わず苦笑いしてしまう。
あれから隣町にたどり着いて人と合流して一年が経った。
ナオが連れてきたメイドのギアは隣町に入るときに少し騒動を起こした。
それを発端として、俺はこの界隈では知らない人のいない程の有名人となっている。
たかが町。されど町。
今のこのご時世は、町間ネットワークは発達し、常に情報交換が行われている。
相互にギアに対して協力しあう対策の一つでもある。
……まあ、界隈ではなく、かなりの規模で有名になってしまったのだが……。
俺の町を破壊し、支配していたギアがいた。
そのギアがメイド服を着た『鎖姫』と呼ばれる化け物だったとのことだ。
次はこの町なんだろうと日々怯えて暮らす生活が続き、次の避難先に移住を考えている住民も少なくなかったらしい。
ギアが嫌う神鉱の力を広範囲に広げる柱――
俺が戦ったメイド型のギアのことだ。
拡神柱を壊せるギアは今までいなかったのに、まるでバージョンアップしたかのように突如として各地に現れた新ギアは、至るところで猛威を振るった。
今まで拡神柱に守られながら抵抗していた人類は、一気に生息域を縮めることとなる。
この隣町も例に漏れず、近辺はほとんど壊滅。町には大勢の避難民が溢れ懸命に生きようとする人達の心の拠り所となっていた。
鎖姫の次の標的はこの町だと町間ネットワークで知らされた人達は、次の避難先へと向かおうとする人もいれば、一死報いてでもこの町を守ろうと準備を進めるものもいた。
そんな中に、何も知らない俺が辿り着いたわけだが、俺が隣町に着いた時に何を載せているのか気づいた住民が叫びだし、一斉に大騒ぎとなった。
生きているギアを拠点に連れてきた。
そう思われ武器を持った住民に囲まれてしまったことはいまだに覚えている。
恐怖に引きつった顔で俺を見る人。
憎悪に溢れて今にも襲い掛かってきそうな人。
人をこれほどまでに怖いと思ったことはなかった。
「ちょっと待ってくれ! 違う!」
思わず両手を上げて敵対の意思がないことを必死に伝えるが聞き入れてもらえず、騒ぎも大きくなり、どんどんと人が集まってくる。
「お前はこの町を壊す気か! ギアを町中に入れて!」
そう声を荒げる男の持った武器を見て唖然とした。
ギアが現れたと騒然とした中、戦うために持った武器。
神具かと思ったが、そんなわけがなかった。
ただの、鉄の槍。
俺という人にとってはそれでも脅威となる武器ではあるが、佑成のようにギアと戦う際に何かしらの恩恵を与えるようなものでもなんでもない。
神鉱で作られていないことはすぐにわかった。
がたがたと震える体で必死に勇気を振り絞って俺に敵対しているが、俺からしてみても大勢で一斉にで襲い掛かられたら簡単に死ねる状況だ。
がたがたと震えたいのはこっちだと思った。
いや、俺はギアじゃないからな?
男の声に辺りが騒然とし、更に逃げ惑う人達で溢れかえる。
「だから、違うと言っているだろう!」
「何が違う! あのワゴンの中にいるではないかっ!」
「あれはもう機能していない! 見もしないで騒ぎ立てるなっ!」
「そんなわけあるかっ! ギアを倒せたとでもいうのかっ!」
いや、その通りなんだが。
男が指差したワゴンを見ると、半分機械の姿を現した顔だけのギアがひょっこりと顔を出していた。
直が遊んでいるだけなんだが、その遊び方がさすがにホラーすぎる。
落ち着いたら遊び方をしっかり教えてやらないとどんな子に育つか分からない。
とはいえ、今のこの状況をなんとかすることのほうが先だが。
ワゴンの中であのようにひょこひょこと顔を出しているだけのギアに恐怖を覚える程、ギアに対して住民の中に恐怖が浸透しているということなのであろう。
注意深く見ればすぐにあのギアが機能していないことに気づけるはずなんだ。
なのにギアの姿を見ただけで辺りに広がる恐怖の波紋。
後で聞いた話ではあったが、侵攻してくるギアに対して準備を進めている矢先でぴりぴりとした緊張感も影響していたのだと思う。
ただ一人の住人がワゴンの中のギアを見て驚いただけで広がるこの波紋と騒動に、この町にはギアと戦える住民がいないのだろうと感じ取れた。
それと同時に、お嬢様一向の爺の言葉を思い出す。
『量産の量産が正しいです。なのでできるといっても、あくまで似たもの、ですな。性能もかなり悪い。そのような状態のものを神具と言い、ギアと相対する彼らを心苦しくは思います、な』
周りを囲む男たちの槍にはギアを倒せるような力をまったく感じられない。
これが神具の量産を量産した結果の武器なんだろうか。
こんな武器であんな化け物と戦おうとするほうが自殺行為だ。
あんな武器でガトリングの砲撃を止められるのか?
あんな武器ででっかい鉄の塊を防ぎきれるのか?
その後は壊れたギアを見せることで事なきを得たが、どうやって倒したのかとか、その倒したギアが実は大物中の大物だったとかで、別の意味でとにかく騒ぎが広まっていった。
町の代表者にも会うことになり、色々話を聞かれた際に、自分がどれだけとんでもないことをしたのかよく理解できた。
ギアを倒せる力を持つ。
そんな人類は今はほとんどいなくなっていた。
いても中央や財閥がある都市にしか配置されておらず、それもまだ戦える程度。
ギアと戦うための育成を目的とした守護者機関が育成学部として発足され、若人が戦うための術を得て全国で活躍し、なんとか拮抗を保たれ始めたのが数十年前のことで、まだ地方では怯える日々が続いてる場所もあるそうだ。
そんな学部の卒業生も、いざ戦闘になった場合は複数で取り囲んで死者を出しながら対応する。
たった一体のギアに対しての話だ。
確かに、あんなのがごろごろいるのなら人は徒党を組むしかない。
神具がないなら尚更だ。
そんなギアをまだ学生の身分であろう男がたった一人で倒したのだ。
しかもこの辺りを支配し、次はこの隣町を滅ぼすであろうまさにボス的存在を、ワゴンに載せて連れてきた。
湾曲した見方をすれば自分の身可愛さに人を裏切って町を滅ぼす手伝いをしていると疑われないはずがない。
実際そう言われた時は唖然とした。
そんなわけがない。
アレと会話なんて出来るわけもなければ会った瞬間に撃たれたんだぞ。
裏切るもなにも死ぬかと思ったわ。
何があったか町長に事細かに説明してギアの成れの果てを実検されてやっと信じてもらって。
町長に、この辺りの勢力図が塗り変わるレベルの偉業だと驚かれ騒がれ。
守護者機関を首席で卒業した者だけに与えられる称号『
他の地方や中央に対して、生息域が広がりそうだと報告され、中央やあらゆる場所からこの辺りを人の地とすべく掃討隊が発足されて、見たことのない規模の人の多さに隣町が賑わったり。
そんな騒がしさが今は懐かしい。
「おーい」
そんな俺への呆れたような呼び掛けに我に返る。
「ああ、すいません」
「何を黄昏してるんだ。守護神殿?」
「いや、えー……勘違いした人に言われたくないですよそれ」
そんな『武器屋』の男が、中二病のように騒いだ町長なわけだが。
この町で軟禁のような歓迎のような長い期間を過ごしたときに知った知識は色々ある。
その中で驚いたのが、武器の管理は町長が行うことが決められているということだった。
ただでさえギアと戦う為に武器が必要といって携帯を許可されているこのご時世だ。
不必要な武器を住民が持ち人同士で争いが起き、その隙間をギアに縫われ、町や都市が壊滅させられたことが過去に何度もあったらしく、以降は町長が管理することが条例で決まり、今では町長は町長ではなく、武器屋と総称されている。
とは言え、全部管理しているというわけでもなく――いざギアと遭遇した時に武器がなければ戦えないからだ――掃討戦のようなギアとの大規模戦闘がある時に住民全体に支給される武器や防具の管理をするのが町長の役割だと聞いている。
ただ、管理されていたのが今では旧世代となるあの鉄の槍だ。
そこで、俺の出番がきたわけで。
「これだけの
「次の掃討戦で死人を出したくないですからね」
「ああ、助かるよ。三原君」
神具の量産器――人具。
俺はその量産に成功したことで最も有名となり、あまりにも有名になりすぎた為に、名前を変えざるを得なくなっていた。
三原 凪。
安直だが、それが今、人類の希望「人具」を作れる神鉱技師として名乗っている偽名だ。
最も、普段は水原凪を名乗っているんだがね。
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