振り返る一年前

02-11 隣町への道のり


 ギアの恐ろしさを知ったあの日。


 メイド型のギアを倒した後に警報が鳴り止み、近くにギアがいないことに気づいた俺はすぐさま住宅街をさ迷った。


 住宅街には食べ物もなければしばらく人が住んでいた形跡もなかった。

 自販機やコンビニも何の恨みがあるのかと思うほど徹底的に破壊されていて、飲み物さえも手に入れることが困難だと感じた。


 近くの家に――確か橋本さんの家だったと思うが接点がなかったからうろ覚えだ――お邪魔して新たな人類の叡知を頂戴したりして食べ物を探し続けた。


 いつまでも裸のままなのもどうかと思うし、直も何も穿いてないのも目のやり場に困る。

 衣服を残してくれていた橋本さんには感謝しかない。

 今度会ったらお礼と謝らないとと思う。


 欲が出て下着が欲しいと思いながら、住宅街を抜ける。

 転々と崩壊しているビルまで行けば人がいるかもしれないと足を伸ばすがもぬけの殻は変わらず。

 なにがどうなってるのかさっぱりだった。


 子供の頃の記憶を辿れば、ギアと言うアンドロイドの開発に成功して世界中に普及した矢先に反旗を翻され、人類は滅びの一途を辿ることになったと記憶――そこに現れた、ギアを倒せる武器を開発した父さんという英雄のおかげで何とか戦えている――しているが、俺はギアが開発されていたことも知らなければニュースで見かけたこともない。

 強いて挙げるなら、人みたいな形をして接客するためのプログラムをされて簡単な応対をする程度のものがあった程度だったと思う。


 あのメイド型のギアはそんなレベルのものじゃなかった。


 人と同じように滑らかに動き、感情を持っているかのように微笑む。


 明らかに次元の違うものだった。


 何かの拍子に未来に迷いこんでしまったとラノベよろしくな考えをしてみればこんな有り様も少しは説明はつくかもしれないが、未来に来たと考えてもそんな発展できるほどの年月が経っているわけでもなさそうだ。


 子供の頃にはすでにギアがあった。ということがまずおかしい。

 父さんが当たり前のように武器を作っていたことから、何年もギアと人類がお互いの生存を賭けて戦っていたようでもあった。


 子供の俺からしてみたら未来にはなるが、今の俺からみると未来ではない。

 そう断言はできる。


 であれば、ここはなんなのだろうか。

 俺の知る世界とはかけ離れているのは間違いない。

 そうなると、ここは俺の知らない世界のどこか、ということなのだろうか。


 そんなことが考えられるほど何もないビル街。

 いつもならサラリーマンやOLが行き交うビルとビルの谷間。車が所せましと行き交う道路だったであろう場所。それが今はビルは崩れ落ち、瓦礫が道路に転がり車を潰し、信号もただの塊として転がっているし、道には見たことのない穴が開いている。

 普段なら電車が通っている駅も、線路内に誰にも咎められずにフリーパスで入ることもできた。

 構内は流石に崩れてはいれなかったが嬉しさなんぞ感じるわけもない。


 明らかに放棄されたであろう生まれ慣れ親しんだ町並みに、人が住んでいた形跡を感じることができなかった。


 ただ、直のためにもなんとかして人を探して食べ物をもらわなければと思い、隣町まで足を運ぶことに決める。


 隣町まではそんなに距離はないが、直が歩けないからビルの近くで放置されたキャリーワゴンを見つけて直を乗せる。

 直がキャリーワゴンの揺れや乗り物に乗ることにご機嫌なことだけが救いだった。


 隣町に向かう際に水原家の前を通ると、直が急に指差した。

 人がいるのかと思って指の先をみると、俺と死闘を繰り広げたメイドがそこにいた。

 すでに原型は留めてないがばらばらに部品のように転がるギアが不思議だったんだろう。


 直が急にキャリーワゴンから身を乗り出して外へと転がりギアの部品をせっせと四つん這いでワゴンの中に入れ始めて焦る。

 あらかた入れ終わると自分も乗り「進め」とジェスチャーする。

 進み始めるとがたがたと揺れるワゴンの中でせっせと部品を集めたりして何かの作業をし始めた。


 で、寝る。


 何がしたいのだろうか。

 ただ、自分が寝るために巣作りのためにあれを使ったのだろうか。

 妙にフィットして揺れをあまり感じなくなったのか、すやすやと幸せそうに寝始める。

 ぎゅっと抱き締められてるものがメイドの顔じゃなければなんともまあ、天使のように見えるのだが……。


 気を取り直して、直のことを気にせず進めるのはありがたかった。


 隣町への道を歩いていると、荒れて砕けた道路や、所々ギアに破壊されたであろう電信柱が倒れて歩ける場所がなかったり、半分焼失して黒焦げている家を見て、ますます不安が募るが、隣町へ向かうにつれて破壊の後が心なしか少なくなってきていた。


 自販機の前を通りすぎる際にランプがついていることに気づいて二度見どころか四回ほど見直してしまった。

 電気が通っていることがわかり、家にあったお金を入れてボタンを押すとジュースが出てきて喜びに涙が出た。

 電気が通っているのであれば人がいる証拠だ。

 ただ、記憶が確かならこの辺りには地元の小さな商店街があったはずだがそれがなくなっていた。

 よく帰り道に買い食いしていた駄菓子屋がなくなっていることに寂しさを感じる。


 涙で霞む瞳で辺りを見渡すと、今までの景色のなかでは最も綺麗に舗装された十字路の先に、見たことのない柱があった。


 うっすらと白く光る柱。

 転々と間隔を空けて立つ柱の材質は何かは分からなかったが、拡声器のようなものが天辺に付いていた。

 俺の何倍かは高いその柱の中間辺りに太陽の光できらりと光る見覚えのある石があった。


 神鉱だ。


 神鉱は柱と柱の間にうっすらと膜のようなものを張らせていた。

 祐成の光の膜と同じような原理だとすぐに気づいた。

 なんせ、数時間前にその恩恵のお陰で戦えることができたのだから。


 そう言えば家からでてしばらく歩いたところにも似たような柱があったが、破損していたことを思い出した。


 なるほど。これにギアが触れると拡声器が警報を鳴らすのか。

 家の周りはこれが壊れたことでギアの侵入を許して荒れ果てたのだろうか。

 目の前にまだ稼働している柱があると言うことは、この先には人がいる可能性が高い。


 まだ見ぬ直以外の人類との出会いに胸を高鳴らせながら一歩境界線のように薄く光る膜へと足を踏み出す。

 未踏の大地へ初めて踏み出す気分を味わおうと思った瞬間だった。


 ばちんっと身体中に静電気が走ったような痛みが走る。


 じくじくと内側から這い寄ってくるような痛み。内部から焼かれるように、体に火が着いたかのように、燃え上がっているかもと錯覚してしまうようかのような痛みに悲鳴を上げてしまう。


 明らかに油断をしていた自分が恨めしい。

 何かを守っているのであればこんな罠のようなものがあることに気づくべきだった。


 膜に触れたことで生じた痛みに焦りが生まれた。


 もしかするとこの先に入るためには何かの条件や膜を解除する必要があったのかもしれない。


 だとしたらまずい。


 敵対行動をとったと思われて警報が鳴ったら、この先にいるであろうまだ見ぬ人が逃げてしまうかもしれない。


 一気にキャリーワゴンとともに走り抜ける。

 膜は薄いためすぐに先に抜けることはできたが、痛みでしばらく動けない。


 抜けた後も体の焼けるような不快感が抜けることがなかった。


 ワゴンの中のギアの成れの果てを抱き締めて眠る直がこんな痛みを受けたら死んでしまうかもしれない。

 心配してワゴンを見ると何事もなく眠り続ける直がいてほっとする。

 俺だけが痛みを受けたのは非常に納得いかなかったが、体から力が抜けて座り込んでしまう。

 そのまま、どきどきと高揚とは違った意味で高鳴る心臓の鼓動が収まるのを待って立ち上がる。


 心配していた警報も鳴らず。

 ギアであればこの柱が撃退するのだろう。人だからあの程度で助かったのかもしれない。

 人かどうか判別するための機能が働いたのかもしれない。ギアであればもっとこの痛みを味わうことになったんだろう。


 この先に人がいるのであればこんな痛みを受けるのも耐えられる。納得はしないが。

 それに、俺は安全であろう地帯に踏み込めたのだ。納得はしないが。


 ああ、もう、納得できねぇ。

 ギアにだけに作用しろよこの痛み。本当に死ぬかと思ったわ。


 気を取り直して隣町の方角を見てみると、ここから先はまだ荒らされていないのか、歩道や街灯等もいつも見ていた光景となんら変わらない道がそこにあった。

 背後の世界と目の前の世界を見比べてみると、まるでこの柱の先がオアシスのようにも見えた。

 さすがに全部が全部いつも見ていた光景とまではいかないが、その道の先に人が住んでいるという気配を感じられる。

 やっと人に出会えると思うとやはり心がほっとする。


 この町には神夜や友達とよく訪れたショッピングモールや学校帰りに買い食いした馴染みの店がある。

 まだあるのであればまた行きたい。


 そう言えば神夜達は大丈夫なのだろうか。


 こんな状況だからあいつらが一緒にいてくれるなら頼もしいし父さん達の行方もわかるかもしれない。

 だが、まずは碧と会いたい。あいつのことを守ってやらないと。


 そうこれからのことを考えながら人のいそうな場所へ歩こうと一歩足を踏み出した時、急にぱさっと地面に落ちる音にびくっと肩を震わす。

 地面を見ると焼け焦げた布が落ちていた。


 この布には見覚えがある。


 それを皮切りに続々と布が俺の周りに羽毛のようにふわりふわりと落ちていく。


「またかよ……」


 先程の膜を抜けるときのダメージは、どうやら俺だけではなかったようだ。

 人類の叡知のストックを持ってきていてよかった。


 ありがとう橋本さん。


 流石に、外での露出趣味は俺にはない。


 ないったらない!

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