02-13 武器屋さん 2
記憶では俺は神具を作れていた。
佑成がその証拠だ。
つまり、俺は今人類がギアと対抗するために必要不可欠な武器を作り出す技術がある。
そう、思っていた。
……が。
どうやって神具を作ればいいのかさっぱり分からない。
たかが学生が武器を作るとか、何の知識もなくできるわけがない。
この町に限らず、ギアに有効な武器を作れる人材はいない。
つまり、誰も教えられる人がいない。
父さんの偉大さを知った。
あの人は間違いなく無から有を作り出した。その結果がギアを人が倒せるようになった。
だから『英雄』なのだ。
その英雄の息子が同じく英雄となれるわけではない。知識があればまだ父さんと同じことができたのかもしれないが、すぐに作れるかと言われれば一年や二年で作れるものではないだろう。
でなければとっくに誰かが作れているはずだ。
そして、作れたはずの俺には、そんな知識がすっぽり抜け落ちたかのように、なかった。
刻一刻と過ぎていく日々に次第に焦りも感じ始める。
この町に来てからの周りの視線も拍車をかけていただろう。
心ない言葉をもらうこともあれば、常に監視されているような視線もあった。
家族だけでなく、友人の行方も分からない。これからの道筋が全く見えてこない。
ただ、嫌な空気を感じながら時間は過ぎていく。
途方に暮れていた時に、子供の頃に残したノートを思い出した。
あのときの記憶では「頑張って作った」らしいが、子供の頃の俺は何年も父さんを見て祐成を作ったはずだ。父さんのことをしっかり見て記録していたはずだ。
あのノートには、作り方が書いてある。
ただ、問題が一つ。
家に置いてきたままだってことだった。
そんな大きなものでもなかったが荷物になるし、とにかく人を探さなきゃいけないと思っていたからすっかり忘れていた。
家から出てすぐにギアに襲われるとも思ってみなかったから、すぐ帰るからいいやという考えもあったのも確かだ。
・・
・・・
・・・・
「家に帰りたいのですが」
そう、隣町に着いてからしばらくお世話になっている町長に言ってみた。
一時的な自分の家として充てられた、役所が管理する避難区域内のこじんまりとしたプレハブ小屋。
そこに様子を見に来たスーツ姿の町長が来たときに告げてみる。
町長は部屋のど真ん中にある机に腰かけようとしたタイミングで、腰の落とし所が分からなくなったのかなにもない場所で、寄りかかろうと空気椅子ならぬ空気机をしながら硬直した。
「戻る気か!? 危険だっ! もう少しで部隊が集まるからそれまで待ってくれないか!」
硬直解除にすごい形相で必死に説得してくる町長がとにかくうざかった。
椅子に座るよう促してみるが座る気配がないので俺だけ座った。
迫るように顔を近づけられても困る。
いくら爽やか笑顔が似合うイケメンだったとしても男に迫られて嬉しいわけがない。
メイド騒動やギアを一人で倒したことで広がった町の英雄みたいな担ぎ上げから守ってくれていたことに感謝の気持ちはあるが、俺からしてみると騒動を起こしたから軟禁されているだけにしか見えてない。
そんな状態で信頼も置けるわけもなく。
避難民の元に毎日顔を出して、声をかけ回って要望を聞いて実践する姿は町の鑑だと思うが、自分と直との生活のことと家族を探すことで頭が一杯で、町長の真意など分かるわけもない。
ただ、少しは気を許せる人であることは確かだった。
だとしても
ギアを倒せる。
掃討部隊が来たら編入されて戦いに巻き込まれるだけなんだろう。
だから極力この町から離れたかった。
離れたから家族に会えるわけでもない。むしろこの町のほうが会える可能性は高いと思う。
だからと言って、あんな通用するかも分からない武器をもって戦おうとしている部隊と一緒になるのもごめんだ。
死にたくはないし、あんな戦いはもうやりたいとも思わない。
そんな風に考えている俺は、自分の持った
佑成という力に有頂天になっていたのかもしれない。
「部隊が集まったらすぐに隣町へ向かう。だから待ってほしい」
「いや、そう言われても……勝てる見込みはあるんですか?」
「……わからない。それでも、勝たなければこの町もおしまいだ」
その言葉がかなり重々しく感じる。
町長は町長で、色々考えてるのだろう。
ただ、今のこの状況を打開するには俺が家に帰ってノートを手にいれ、何としても人具を作る必要があるように思えたし、俺は俺で他人を気遣う余裕もない。
この町でしばらく過ごした人の目も辛い。
大局を見れば協力することが望ましいのだろうが、人具を渡してあげるのが最大の協力であり、彼らにとっても有益だと思う。
ただ、これは「確実に作れるのであれば」が前提であり、今の俺には確約できないことでもあるため、伝えられることができない。
そして、戦いたくもないし、そこまで義理があるとも思っていない。
「俺が残っても意味はないと思います。残る意味はありますか?」
だからこそ、冷たく言い放つ。
作れるかも分からない物を作れると伝えて期待されても困る。
それに、話す気もない。
「君は――」
町長が俺の言葉にたった一言だけ呟く。
何かに気づいたように俯き、溜め息が漏れた。
「――君は、勘違いをしているようだ」
その一言の続きが紡がれる。
俺が、何を勘違いしているのか。
勘違いするようなことは何一つない。
「私はね。君を部隊と共に戦ってもらおうとは思っていないよ」
「え……?」
「確かに君が一緒に戦ってくれるのであればそれは心強い。
……ただね。
君みたいな若い子を、無闇やたらに戦わせたいとは思わないんだよ」
いや、おかしいだろ。
負けたら終わりと言っておきながら。
皆で戦うわけでもないと宣言するのは。
「ギアは強い。この町には神具のような対抗する武器もない。時間さえ稼げないくらい心許ない」
だからギアを倒せるはずの俺の力を使いたいはずなんだ。
だから引き止めて、あわよくば使い捨てかのように俺を死地へ連れていきたいんだ。
「この町を守りたいという気持ちは、勇気くらいはあるんだよ。もちろんそれが若者にないと言いたいわけではない。若者のほうがこの町を守りたいという気持ちのほうが強いくらいだ。
私は、そう感じている。
そんな若者が、ギアを倒せる君の秘密を知りたくてよくこの辺りをうろついていることも知っているし、もし武器にあるのなら奪おうとしている輩がいるのも知っている」
そう。
俺から佑成を奪い取ってでも守ればいいと考えるやつがいる。
佑成は、渡せない。
俺がギアと戦うための力であり、唯一の家族の繋がりなんだ。
だから、そんな奴等と関わりたくないからこそ――
「信用していないと思う。信用できるようなことも行えてないことはわかる。
取り囲んで一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだからね」
――そう、だからあなたたちは信用できない。
俺から自由さえ奪おうとするこの町のみんなが、許せない。
「でもね? そんなことがあったから君達を心配している人は結構いるんだよ。謝りたいという人も多い。知ってたかな?」
「いや、それは……」
「君は、もう少し周りをよく見るべきだと思うがね。今は、ここに何度も足を運ぶ人達はみんな君達を心配している人達だ。仲良くなりたい人達だ」
違うだろ。
あれは、俺から何もかも奪いたい奴等だ。
……ただ、最近はあまりじろじろ見られる視線の先に不快な気配を感じることが少なくなっていたことは確かだ。
慣れかと思っていたが、言われてみると不自然だった。
「信用はしてくれないだろう? まだ会って間もないし。現に君は、いまだ私に名前さえも教えてくれない。だが、私達には君に信用してもらいたい。なぜかわかるかい?」
「それは、ただ、ギアを倒せる戦力だからだと」
「違うね。そこが勘違いなんだよ」
違う? なら、なぜそうまでして俺を引き留めるんだ。
「彼らはただ、お礼を言いたい、したいのだよ。君からしたら自分達を守るために行った行動だとしても、それは、私達にとっては希望だったんだよ」
希望? 俺は、ただ、一体のギアを倒しただけだ。
「いつギアに襲われるか分からず震えるだけだった私達に、ほんの少しの間だけでも希望を与えてくれた君に、私達から恩返しさせてほしい」
「ありがとう。と。
私達を守ってくれて、この町の脅威を退けてくれて、ありがとう。
そう、言わせて欲しいだけなんだ」
ありがとう。
ただ、その一言が胸に響いた。
「私はね。ただ、ここに来るまで大変だったであろう君の心配をしているだけなんだ。それだけは分かって欲しい。
だから、君が、家に帰るのは落ち着くまで待ってほしい。それだけなんだよ」
悲しげな表情をした町長が自分の思いを伝えるかのように一気に言葉をぶつけてくる。
「あ……」
その言葉に、一気にモヤが晴れたかのように目の前がクリアになった。
単に心配してくれていただけ。
そんなこと、考えもしなかった。
ああ、そうか。
俺は、人を信じられなくなっていたんだ。
やっと会えた人にいきなり武器を向けられ恐れられ。
説明をしても疑われ、何を言っても信じてもらえない。
無実でも結局軟禁状態。
そんな状態であれは、誰だって疑心暗鬼にもなる。
この町長さんは、俺のことを心配してくれていた。
ただ、それだけだったんだ。
人と会って人と関わって嫌なことは勿論ある。
だが、人が人として話し合って笑いあっていがみ合って。
そうやって関係は築かれていき、そうやって人はわかり会える。
ギアという共通の脅威があれば、それは尚更堅固となる。
互いに協力しあって互いに助け合って。
そうやって生きてきたんだ。
なら、それなら、俺は――
「だとしたら、尚更ですよ」
椅子から立ち上がりながら発した俺の言葉に、町長は心底悲しそうな顔を向ける。
そんな顔はやめてくれ。
俺はあなたを信じる。信じたいと思ったんだ。
それが、俺をただこの場に残したいだけの嘘で塗り固められた心のない言葉だったとしても。
俺からしてみれば、気づかせてくれた大切なことだったのだから。
「俺の家には、ノートがあります」
「? ノート?」
「あなたたちの言う、神具を作れるノートです。それがあれば、それを持って作ることができたなら少しは犠牲も減るでしょう?」
「え? あ……君は……?」
きょとんと。まさにその言葉が似合う表情をした町長の言葉を待つが締まらない。そんな顔されたら締まらないよ、町長さん。
「あなたを信頼できる大人と信じて伝えます」
「お……ぉおっ?」
いや、だから。
いい加減締まらないその顔止めてください。
「俺は、神鉱技師・水原基大の息子、水原凪です」
「だから、俺を、家に帰らせてください。
今、この状況をなんとかするためにも。
時間もないし、作れるかも分からないけど。この町の、皆さんと戦うためにも、どうか、可能性にかけさせてください」
帰ってノートを持ち帰り、この、優しい町長さんの力に、延いてはこの町の力になってあげるべきなんだ。
これが、俺と町長こと武器屋さんとの、
お互いの気持ちを叩きあった、交流の話。
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