02-10 あれから色々ありまして……


 ジリリリリィィィーーッ!


 けたたましいベルの音が鳴り響く。

 まるでギアの到来を告げる悪魔の警報のような音。


「うう~ん……うるさいぃ……」


 もそもそっと、被っていた布団の中から腕を出すと、音の元凶に腕を振り下ろす。

 元凶は振り下ろされた腕を避けたのか、ごつんっと音とともに握りこぶしに痛みを感じた。


『おいおいぶー、起きてくれよ』

『やぁぶたれっと、おやすみ~』


 音の元凶から小芝居風の声が聞こえてくる。


 ぉうよ。寝てやるよ。

 俺はぶー。寝てやるさ。思う存分心のあるままに。


 そう思い、再度の夢の世界にダイブしようとするが、


『おいおいぶー、起きてくれよ』

『やぁぶたれっと、おやすみ~』


 小芝居風の声が定期的に聞こえてくる。

 俺もぶーも寝たいんだ。寝かせてくれ、ぶたれっと。


 俺もぶーも寝る為にはこの元凶を倒すしかない。

 ぶたれっと、お前にはいなくなってもらおう。


 だんだんっと目標物に何度も握りこぶしを叩きつける。

 叩きつけるのがダメなら手探りでそろそろと辺りを探ってみるが目標物が手に当たらない。


 なぜだ。なぜ当たらない。

 ぶたれっと、お前はまさか俺の心の声を読んで次にくる一撃を避けているとでも言うのか。

 ならば俺もそれに答えよう。

 感じるんだ。

 ぶたれっとの気配を。


『おいおいぶー、起きてくれよ』

「っ! そこだぁぁぁっ!」


 声の聞こえた先に右手を振るう。

 握りこぶしを叩きつけるんじゃない。探りをいれても見つからない。

 点でだめなら面で勝負だ。

 広げた右の手のひらは対象物に接触。

 手のひらにすっぽりと収まる程度の大きさの対象物は手のひらに掬われるように、持ち上げられ宙を舞う。


 いや、まあ。

 捕まえたから投げ飛ばしたわけだが。


 がつんっと部屋内に大きな音が響き、定期的なぶーを起こすぶたれっとの声が聞こえなくなる。


 やった。

 やってやったんだ俺は。

 ぶたれっとよ、安らかに眠れ。

 俺も寝る。


 そんな険しい戦いを得て、俺は眠りに――


「――いや、ついたらだめだろっ!」


 がばっと跳ね起き見渡すと、いつもの俺の部屋。

 以前は床に置かれてあった鉱石――神鉱は片付けられすっきりしたと自負している俺の部屋。

 ウッドブラウンを基調とした床に散らばるネジや部品がなければさぞや綺麗であっただろう。


「そ、そんな……まさか……」


 そう、俺はやってしまったのだ。


 毎日俺とぶーを必死に起こしてくれる相棒を。

 いつも定時に起こしてくれる親友を。


 かけがえのない、目覚まし時計を。


「ぶたれっとぉぉぉーっ!」

「うるさいお兄たん!」


 勢いよく部屋のドアが開く。

 蝶番が悲鳴をあげ勢いに耐えられずぐらりと揺れて床に叩きつけられた。


「ぅうぉぅ……」

「朝からうるさいの、お兄たん」


 息も絶え絶えに床に転がるドアを。

 ずかずかと踏み抜き、怒り狂う少女が目の前に現れたエンカウントした

 ショートカットな髪型にボーイッシュな印象を与える少女。

 黒のフレアスカートに、お気に入りの黒猫ぶかぶかのパーカーのフードを被ったナオが、パーカーのポケットに手を突っ込んで俺を覗き込むように見つめてくる。

 可愛い顔で見つめてくれるだけであればいいのだが、今日はかなりお怒りのようだ。


 はいはいから卒業し、体に思考が追い付いたのか、今では当たり前のように会話も成立するようになった。少しだけ呂律が気になるところもあるが、まったく会話できなかった頃に比べればかなり早い成長だと思う。

 そこに至るまでは色々大変だったがなんとかなるもんだ。


 ただ、だからといって。怒ったからって。ドア、壊すか?


「ぶたれっとがうるさいって前々からナオは言ってたよ? ナオはいい加減捨ててくださいって何度も言ったよ?」

「いや、だって」

「だってもなにもないのっ! ぶたれっとはうるさいのっ!」

「いや、これ」

「ぶーを起こせないし、あんなに起きないぶーもなんなのっ!!」

「いや、そうじゃなく」

「ひょろい声だし小さい声だし、あんなので寝ぼすけぶーが起きるわけないのっ!」


 ちょっと、ちょっと、ナオさんや。

 喋らせてもらえないだろうか。

 ぶたれっとは気弱な豚って設定なんだよ。

 なのに補食対象にされかねない大きな熊のぶーを必死に起こしてくれようとしてくれてる優しい豚なんだよ。

 寝ぼけて食われてもおかしくないんだよ?


「それに、何であんなにとろい声でぶーもおやすみおやすみって。目覚まし時計なのに眠気誘ったらだめなのっ!」

「それはわかる」

「何でそんな目覚まし時計を使ってるのかナオにはわからないのっ!」


 ああ、うん。

 だからな。


「買ったの、お前な?」


 ぴたっとナオの動きがとまった。

「あっ、そうだっけ」と言いかねない表情からにへ~っと誤魔化すように笑顔を浮かべる。


「ナオは朝ご飯が食べたいのっ!」


 今までの怒りはどこへやら。

 ぶたれっとのことはころりと忘れて自分の要望だけを伝える様は我儘な暴君のようだ。

 いや、暴君だから我儘?


「あっさごはんあっさごはん♪」と毎日恒例の朝食コールを歌いながら階下に去っていこうとする。


 騙されねぇぞ。

 お前、このドアどうする気だ。


 手元に常においてある祐成を発動し、瞬間的な能力を底上げる。

 一瞬でナオの背後まで距離を詰めて祐成を解除。

 背後の気配に驚き振り返ろうとするナオの頭を鷲掴み。


「ぎにゃぁぁっ!」

「ナオ。お兄ちゃんは思うんだ」


 ぎりぎりと指に力を込めると心地よい悲鳴が上がる。


「ぶたれっとはこの際不慮の事故でいなくなったからいいんだ」

「事故も何も、お兄たんが」

「ぶたれっとのことはいいんだ」


 大事なことだから二回言いました。


「また買えばいいし」

「また買うの!?」

「それよりも、ドアについて話し合おうか」

「お兄たんがナオと一緒に寝ればいいの。ほら、ちょうどドアも壊れたし」

「壊したの、お前な」

「ナオじゃないの! ぶたれっとなのっ!」

「ぶたれっとのことはいいんだ」

「ぶたれっとが毎日なよなよせずにぶーをしっかり起こさないからこうなったの!」


 なるほど。

 つまりは、ぶたれっとが起こしているのに起きないで寝続けるからうるさい。と。ぶーが起こされ続けるから悪いと、そう言いたいんだな?

 延いては俺が悪い、と。


 ……なんてこった、正解だ。

 なんて頭のいい子なんだろう。


「お兄ちゃんは鼻が高い」

「納得した? あっさごっはん♪ あっさごっはん♪」

「朝ごはん食べたら今日は人具じんぐを卸しに行くからな」

「あ~い♪」


 ギアと俺の初めての戦いから色々ありすぎて、あっという間に間もなく一年が経とうとしていた。


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