02-09 やぶれる


 真上の太陽の光を遮り俺の体に日陰を作るソレに気づいたのはメイドのガトリングを切り裂いた直後だった。

 何発もの銃撃を避け、口から生えた隠し銃からの銃弾をヘッドスリップで避けての反撃。

 上手く行ったと思った矢先だ。


 顔を上げたとき目の前には巨大な鉄の塊があった。

 メイドの左腕の巨大で歪な牛刀が、目の前にまるで俺に覆い被さるようにそこにあった。

 当たれば顔は見れたもんじゃないほどに、粉々に潰されるのは間違いない質量の巨大な塊。

 この先端から磨き抜かれた鋭利に尖った刃先は俺を二つに割るのであろう。


 間に合わない。

 佑成を持ち上げようとするが、俺の体は回転して佑成を振り下ろした動作がまだ終わらない。


 斬られる。

 目の前の牛刀が触れる直前まで辿り着いた。

 顔面に生じる、塊が満遍なくぶつかる痛み。

 訪れた痛みに目の前が真っ白になった。


 高音が鳴った。

 鉄と鉄がぶつかり合うような高音だ。


 弾かれるように牛刀が離れていく。

 背中にぶつかる固い物体。

 それがコンクリートの地面だと気づく間もなく、叩きつけられた体はピンポン玉のように跳ね、宙を舞う。


 背中に固い物体にぶつかる衝撃とそこに埋まっていく体。

 自分の意思とは関係なく動いていた体はそこで止まるが、背中から全身へと激痛が体を蝕む。

 目を閉じる瞬間に飛び散る赤銅色の欠片が映る。どこかの家のレンガ調の壁にぶつかって動きが止まったことがわかった。間違いなく壁に埋まっているのだろう。


 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い


 背中も痛いが顔面が痛すぎる。

 あんなものを軽々と振り回す腕力で振り下ろされた鉄の質量が直撃したのだ。間違いなく顔は潰れているし、顔面から所々から液体が流れているような感触が伝わる。自分の今の状況は見えないが、血まみれなのは間違いない。

 じんじんと痛む顔面は血液が流れていることが感じられたことから、触覚だけが生きているようだ。だが、他の感覚がない。

 真っ二つになってないことが奇跡だ。

 先程まで辛うじて開いていた目も今では両方開かない。


 だめだ。

 目を開けろ。


 あいつが今にも向かってくるのであれば、すぐにでも逃げなければ、今度は確実に死ぬ!


 右手を持ち上げるとぱらぱらと細かな石材が動いた反動で落ちていく。

 右目に触れると皮膚が晴れ上がって盛り上がっていることが分かった。

 ぱんぱんに腫れ上がった瞼を無理やり指で抉じ開けると、開放された瞳に瞼を持ち上げる右手の指が見えた。


 まだ目は見える。まだ戦える。


 その瞳が指の周りにうっすらと白い膜が張っているのを見た。

 佑成から発せられた白刃と同じものだ。

 同じような効果があるのであれば、ギアの攻撃を防ぐ防御壁のような効果もあるかもしれない。


 これが、俺を守ってくれたのか。

 でなければ、先程の一撃ですでに俺は死んでいる。

 これがあるならまだなんとかなる。


 直感的に感じるが、その膜は薄らいでいき、やがて消えてしまった。


 なぜ?

 戦えない。

 そうだ、あれはどうなった。


 この痛みを与えたギアがいた先を見る。


 そこにメイドはいなかった。

 あるのは、ガトリングの衝撃を支えるためか、馬の後ろ脚のような形をして地面を穿っていた2本の脚のみだった。


 どこだ。どこにいる。


 左目は開かない。潰れてもう見えなくなったのかもしれない。

 唯一見える右目の視界で、辺りをぎょろぎょろと忙しなく見るが、伝って落ちてきた赤い液体に視界が妨げられる。


 痛い 痛い 痛い


 痛みが更に恐怖を起こさせる。


 死にたくない。

 次は死ぬ。

 動け。動かなければ戦えない。ただ真っ二つにされるだけだ。


 はっと気づく。

 右目を無理矢理開く右手がある。

 右手は先程まで佑成を握っていたはずだ。


 かつんっと何度か地面に叩きつけられる音がして、勢いがなくなり、俺の前で転がって止まる物体が右目に映った。

 俺より少し遅れて地面に叩きつけられた佑成だと気づく。


 左腕を動かす。

 動かない。

 左腕に力を込めると、いくつものブロックの塊が、ごとごとと音を立てて道路に落ちた。


 埋まっていたのか。

 どれだけ強く打ち付けたのかと恐怖がさらに加速する。

 左手の惨状も見ていられない。指がなくなっていないことが救いだ。

 まだ、握ることはできる。


 左手を佑成に伸ばす。掴もうと無理矢理動かした体は力なく前に倒れこみ、支えきれるわけもなく、顔面から道路に突っ込んだ。

 より一層痛みが増しそうだったが、麻痺しているのか、「接触した」と言う感触だけが伝わった。


 佑成だけは握りしめることができた。

 だが、佑成からはすでに先程のような白刃は現れていない。


 佑成、頼む。

 力を貸してくれ。


 そう願うが佑成から力は溢れない。


 ずんっと目の前に大きな塊が突き刺さった。

 目の前の突き刺さったそれは鉄の塊。住宅街に似合わない塊。

 メイドの左腕にあった牛刀。俺の顔面を潰した元凶。

 その一部だけが見えた。


 目の前に、メイドがいる。


「ぁぁああ……」


 佑成を両手で握りしめる。

 右手で無理やり広げていた右目も腫れた瞼に隠れてしまう。

 目の前が真っ暗になる。


 両手は佑成を握りしめているから使えない。

 肘を道路につけて立ち上がろうとするががくがくと足は揺れるだけで力が入らない。


 振るしかない。

 自分の頭の前で掲げるように持ち上げた佑成をただただ振るう。

 ぶんぶんと刃のないただの棒が目の前に振るわれるだけだが抵抗しないよりはましだと思えた。

 メイドはすでに目の前に立っている。

 ただ空しくぶんぶんと音だけが耳に響く。


「……あ、れ?」


 いつまでたっても攻撃が来ない。

 少しずつ体の痛みが引いていくことがわかる。

 瞼の痛みも引いたのか、瞼が開く。

 両の目で広がる光景を見つめる。

 

 メイドが目の前にいる。

 そう思っていた。


 目の前にあったのは、牛刀のみ。

 メイドが切り離したのか、牛刀がただ、そこに突き刺さっていた。

 背中の痛みも顔面の痛みもどんどんと引いていく。

 先ほどとは違ってゆっくりと立ち上がることができた。


 佑成を見る。

 両手で掴んだ佑成は白刃をまた光らせていた。

 それと同じく体の周りには白い膜が張っている。

 左手で佑成を持つと白刃が消え、右手に持つと白刃が現れる。

 それと同じように膜が消え、痛みや癒しが訪れる。

 左手では佑成が扱えないことがわかった。

 ただ、左手では反応しないとしても、佑成が起こす奇跡としか思えない現象に感謝しかない。

 あらゆる能力を引き上げてくれる力に、俺の特殊な治癒能力も作用されたようだ。

 寝たときだけでなく、常時発動してくれることにギアとの戦いへの安心感を感じるとともに――

 ――あのような一撃をもらえば普通は死んでいるはずが、耐えることができるために意識がなくなり体が死ぬことを求めるほどの衝撃を、痛みとして味わうことになる。


 そのことへの恐怖を身に染みて体感した。

 その恐怖を再度味わいたくはないためにも。


 先程はガトリングと腕。

 次は牛刀を手放した。

 まだ隠し銃のように何かがありそうではあるが、今は静寂を保っているメイドを探す。

 牛刀の向こう側ですぐに見つけることができた。


 メイドは俺と同じく、対向斜線の壁に突き刺さっていた。

 その距離は50mほど。


 あの時弾かれるように飛ばされたが、同じようにメイドも吹き飛ばされていたのだとわかる。

 それがあの脚だけを残している結果だったのだろうか。


 佑成をぐっと握りしめて一歩ずつ、ゆっくりと近づいていく。

 近づいていってどうするのか。

 アレにトドメをさせるのか。

 いくらギアと呼ばれるアンドロイドと言えど見た目は人となんら変わらない。

 化け物じみた力を持つ以外の見た目は初見では何一つ人と変わらなかったからこそ、殺せるのかと自分に問いただしながら一歩一歩、ゆっくりと近づいていく。


 ギギッと機械音がメイドから聞こえた。

 どこかから鳴る警報音は鳴り止まない。

 まだ生きている。

 であれば、自分と直が助かるためにもトドメをさす必要がある。


 メイドの顔が持ち上がった。

 俺と視線が合う。

 顔面から火花を散らしながら、半分表皮が消えて機械の骨格が見えたその両の瞳で、表情がない顔が見つめてくる。

 赤い瞳が明滅を繰り返す。


 走る。


 殺すんじゃない。

 壊すんだ。

 決して人を殺すわけではない。

 あれは機械だ。


 そう言い聞かせながら走る。


 メイドの左腕が持ち上がった。

 ぎゅるっと音がして左腕が射出される。

 蛇のようにうねりながら左腕が向かってくる。

 伸びてくる腕を走りながら佑成をその腕の側面に当てると弾かれる衝撃を感じた。

 白刃と腕の接触面から火花が散り続ける。

 やはり先程はお互いに反発して弾かれた結果だったのかと考察する。

 あんなでかいものを叩きつけらればあれだけ反発するのは当たり前かと妙に納得する。


 相反するギアと神具。

 どのような原理でそうなっているかは分からない。

 父さんなら分かったのだろうか。

 あの野郎。よくわからない状況で放置していくとか本当に自由すぎる人だ。

 必ず見つけて一発ぶん殴ってやる。


 うねる腕は佑成に添われて真っ直ぐ走る俺の横を通りすぎていく。

 佑成も助けてくれる。武器としても、防御膜で俺を守ってくれている。


 そう思うと父さんのことを思い返せるほど余裕ができた。

 負ける気がしない。

 こんなやつを放り出して今すぐにでも探しにいきたい。


 佑成と腕の間から漏れる火花が顔に当たる。

 顔が焼ける。


 あ、痛い。


 油断は時に身を滅ぼす。

 佑成が押し負けて腕が当たりそうになっていた。走り出していた足も止まっている。

 しっかりと佑成を握りしめて腕を押し返す。

 反発により弾かれた腕に佑成を突き出すとさくっと佑成の白刃の先が腕にめり込んだ。

 そのまま腕の先へと走り出す。

 火花を散らし腕を半ばから引き裂きながら佑成が追従する。

 速度がノる度に佑成にかかる切り裂く衝撃が重くなる。

 より一層引き裂かれまいと反発の抵抗力が重くのし掛かる。

 抜けないように更に白刃を突き込みながら先へ走る。

 溶解した金属が顔を焼くが気にしてられない。

 もう少し、もう少しでギアに辿り着く。


「うぁぁぁあああーっ!」


 いまだ壁に埋まったままのメイドの前に辿り着き佑成を振り切る。

 白刃が残像を残すかのように血のような溶解した赤い金属を辺りに散らす。

 飛び散る金属の先でメイドがまるで感情があるかのようににやりと顔を歪ませた。


 伸びきった左腕が切り裂かれながらも弧を描いて俺の背後へ回り込んでいた。

 その先頭はぴんと伸ばした指。鋭利な刃物のように尖ったその指で突き殺すかのように背中に向かって来ていた。


 だが、遅い。


 振り切った体制を足で踏ん張りながら無理矢理立ち止まらせる。佑成を地を這うように再度振るう。左腕の付け根へと白刃が一閃。

 肩を切り裂きメイドの左腕が宙に舞う。

 反発の力と切り裂かれた衝撃が伸びきった腕に伝わり目標がずれる。

 尖った左指は目標を捉えず。

 俺の左肩の真上を通りすぎてメイドの右肩の上方、埋まった壁へと突き刺さった。

 コンクリートの壁が辺りに飛び散り、飛び散る欠片に思わず目を瞑る。

 だけど問題ない。

 メイドはまだ埋まったままだ。

 がむしゃらに引き戻した佑成を槍のように引き突き放つ。

 軽い音とともに目を開けると、佑成がメイドの首に突き刺さっていた。

 メイドが軽く震え、口から赤い蒸気が溢れ落ちる。

 明滅する赤い瞳が光を失い真っ黒な瞳へ代わり、項垂れるように首が傾く。


「勝った」


 思わず、声に出す喜び。

 その声に反応があった。


 メイドが急に顔をあげる。

 黒い瞳が赤く点滅する。

 埋まっていた壁から立ち上がり目の前に倒れこむ。

 目の前にいる俺に寄りかかるように。

 いきなり過ぎて、ただ抱き締めるように寄りかかられ――




 赤い瞳が消え、ピッと音が聞こえた。


 辺りが白く光る。

 胸にいるメイドが熱く光り弾けた。

 爆発。

 辺りを巻き込む光が、壁を、家を吹き飛ばす。

 メイドも原型をほとんど留めず吹き飛びばらばらになって辺りに散乱する。


 自爆されたと気づいたときには目の前には青空が広がっていた。

 くるくると爆風に弄ばれながら、体勢を建て直すこともできずに道路に叩きつけられ何度目かわからない激痛が背中を襲う。

 ごろごろと転がりやがて止まる。

 擦り傷だらけの体がしゅうしゅうと音をたてて、体が重度の火傷を負っていることが分かった。


 痛い。痛いが大丈夫。


 佑成を見るとまだ右手に掴んだままだ。

 やがて癒しが開始され、緩やかに傷が治っていく。

 痛みから解放されると地面に横たわったままため息をひとつ。


「またかよ……」


 上半身でまともに爆発を受けたために服が跡形もなく破れて消えていた。

 やっと手に入れた衣服の温もりは、数十分後にはまた逆戻りとなっておさらば。


 また裸だよ。

 ああ、服が着たい。


 こうして、俺のギアとの初戦は、服の犠牲とともに終わりを告げた。

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