02-07 一歩踏み出した先は
鳴り響く警報。
徒党を組んだ大人達も逃げ出す音。
ギアの襲来を告げる悪魔の音。
そんなことを急に思い出せたのは、あの記憶のお陰だろう。
お嬢様達が焦った理由が今になってよくわかった。
ギアに対抗する手段が、父さんがいなくなったことで枯渇している。
お嬢様一行の爺が言っていた。
だからこそ人は恐れ鳴らし、隠れ、逃げ、守るために徒党を組んで戦う。
対抗する手段があればまだ戦えただろう。
しかし、それは消費するものであり、ごく限られた者にしか恩恵が与えられていない。
そうであれば、枯渇という言葉から、明らかに足りていないということがわかる。
父さんの行方がわからない今は、この知識を使って神具を量産していかなければいけない気がした。
そうすることで危険も減るし、お金も稼げる。そのお金で情報を集めて家族を探せばいい。
少しこれからのことに希望が持てた。
ただ、周りがうるさい。
警報が知らせるギアの存在を考えると、この家の周りにギアを倒せるものはいるのだろうか。
外からは家のなかにいるからか人の気配が感じられない。
すでに避難しているのだろうか。
もし、この辺りに人がすでにいないのであれば、俺達しか残っていないのであれば自力で逃げ出さなくてはならない。
ただ、そんなことは今はどうでもよく。
俺は鳴り響く警報と同じく響く声に焦りを感じていた。
「ぅあああーっ!」
少女の泣き叫ぶ声が警報と同じく家中に鳴り響く。
大きな音に驚いて直と思われる少女が目を覚ましたのだろう。
すぐさま自分の部屋からリビングへと戻る。
そこに、いまだ裸な少女が、大泣きで何かを探していた。
自分を慰めるように親指を口に入れて舐めながら四つん這いで動く様は、まだ掴まり立ちもできない赤子が必死に母親を探して歩きまわっているようにも見えた。
「にぃに! にぃに!」
俺を見て、泣きながら高速はいはいで進んでくる少女に若干恐怖を覚えつつ、たどり着いた少女を抱きしめる。
抱きしめられた少女は瞳を涙で濡らしながら抱き締め返してくる。
あの記憶の中でわかったことは、記憶の中に妹はいなかった。
だとすると、この子はやはり誰なのだろうかと再度の疑問が湧く。
ただ、俺の心の中では、この子はあの夢の中の親族の誰かと考えると直としか思えないし、今のこの状況を考えると、この子が関係のない子だとしてもどうでもよくなっていた。
何もわからない自分より小さな子供が助けを求めている。
それに答えるべきだと思った。
この子が直であれば、俺は一人じゃない。
そう思うだけで安心できる。
――小さな子供といってもあまり年齢は変わらなそうだが。
ただ、恐らく兄と言いたいのであろう呂律の回らない発音で「にぃに」と俺のことを呼ぶこの子の成長に不思議な子という印象を受けた。
直の鳴き声は止んだが警報はいまだ鳴り続けている。
今はすぐにこの場を離れるべきだ。
戦える武器はある。
ただ、歩けない少女を連れて戦えるかと言われれば話は別だ。であれば、早く安全な場所へと逃げる必要がある。
戦える手段があるから戦えばいいというわけではない。
俺以外の唯一の人に被害が出てしまうのであれば蛮勇だ。
すぐさま二階へと――いい加減自分で歩けないかと思いながらも――直を抱きかかえて上がる。
客室の部屋にあったリュックサックの中に、当分帰れるかわからないこともあるので大量の神鉱を詰め込んだ。
戻ってこれなくなることも考え、少しでもお金の足しになればと思っての判断だ。
これがお金になることはよぉくわかっている。
これは、この世でかなり貴重なものだと小さい子供の記憶の中に残っている。
小さな頃の記憶で貴重なのであれば、今は神具と同じく枯渇してさらに貴重なものと化しているに違いない。
でなければ、爺がポケットに何個も盗――入れていくわけがない。
……売れるところは知らないが。
ないよりはましだ。
二着あった服は俺と直で着ることにした。
やっと服を着れた。
文明の粋、衣服を装備し、体が妙にあったかいことに幸せを感じる。
俺はなんで優先して服を着なかったんだろうか。と今更ながらに思う。
裸族なわけではない。
……本当だ。
直に服を着させる時が大変だった。
直は自分で服を着ることができない。
「これはなんだ?」と不思議そうに伸ばしたり口に含んでいる姿を見て、自分の体を見るように伝える。
「服を着るとあったかいぞ」
「お~」
伝わったのかは分からないが、くるりと一回転して自分の体を衣服で包むということを伝える。
ぱちぱちと面白そうに手を叩く直を見て、調子に乗って軽いファッションショーを始めてしまう。
落ち着け。
いや、落ち着いてはいる。
服、二着しかない。
――そこじゃない。今の状況をもう一度考えろ。自分。
やはり、俺は緊迫した状況になると軽く逃避をしてしまうらしい。
直さねば。
結局着ることのできない直に、比較的着やすいパーカーのもこっとした服を頭からずぼっと被らせ、腕を通させ……等を繰り返しているとかなり時間がかかった。
ズボンが一本しかなかったので直には悪いが俺が履かせてもらった。
いつまでもブラブラさせとくわけにはいかないし。
直は股下までの大きいパーカーで隠せているから問題ない。
うん。問題ないはずだ。
見えそうで見えないチラリズムなぞ知らん。
ただ、直は面白かったのか常に笑顔だ。パーカーのフードを被ったり被らなかったりとして楽しんでいる。フードに猫耳らしきアクセントが付いていて被ると行動も相まって猫のように見える。
そんな姿にほっこり。
お兄ちゃん、他に見せないように頑張るからな。
なにが、とは言わないが……
……なんか、警報がどうでもよくなってきた。
この家にいたら安全なんじゃなかろうかとさえ思えてきた。
それだけ、警報以外に音がしない。
今はそんな状況じゃないと、鳴り止まない警報音に考えを改める。
リュックを前面に担ぎ、直を背中に背負い
そして、玄関から外へと。
外は快晴。
太陽の位置がちょうど真上にあることから正午辺りだろうと目測。
敷地を表す家を囲む肩辺りまでの目隠しフェンスの壁には、大理石に明朝体で「水原」の表札。
……これのどこが巧妙に隠されていたんだ?
どうみても水原さん家ってわかるような気がする。
いや、そうじゃない。
巧妙に隠された、という言葉にはなにか意味があるはずだ。
いくつか拠点を持っていて、ここだけ知られてなかったということもあるのかもしれない。
だとしたら、その拠点を回って手がかりを探すことも考えなくては。
すでにお嬢様方が行った後かもしれないが俺にしかわからない何かがあるかもしれない。
辺りを見渡してみる。
正午を向かえたはずの住宅街は、人の気配がなく、閑散としていた。
普段も人は少ないとはいえ、ここまで人がいないのは珍しい。
目の前の光景や自分の家の変わらない景観にほっとする自分もいる。
警報は家の中よりうるさいが。
周りには我が家と似たような家が、自動車がすれ違える程度の道路を挟んで立ち並んでいるのは以前と変わらない。
ただ、住宅街の家と家の間に見える、遠くのビル群は違っていた。
ビルは中身が露出し、崩れ落ちたかのようなフォルムをしていた。中には爆発でもしたかのような大きな穴が空いていたり、ごっそり切り取られたかのようになくなっていたりと様々な形に変形している。
住宅街とは違い、廃棄されたゴーストタウンのようであった。
その様相と警報に不安が押し寄せる。
直とリュックを下ろし、家の敷地へと押し込む。
直は素直に四つん這いで玄関前へと進んでいく。
賢い子だと素直に思った。
どこを見ても、家と家と人と家のみが立ち並ぶ。
ん? 人?
再度見渡してみると、少し離れた場所の歩道に人が立っていた。
頭にはホワイトブリム。
黒を基調とした服に白のエプロンドレスをつけ、短めのフリルの入ったスカートの上にエプロンスカート。
メイドの格好をした人がいた。
……いや、人ではない。
赤い瞳。それは俺を標的と見定め赤く怪しく光る。
真っ白な雪を思わせる血液が通ってなさそうな肌。能面のように無表情な顔。それらが赤い光を放つ瞳をより際立たせていた。
俺を見つめるそのメイドが、にぃっと能面顔を歪ませた。
歪んだ口からは、吐息のような白い蒸気が漏れ出てくる。
ギィ、ギィと鈍く傷んだ機械音と共に一歩一歩、2足歩行でそれは俺へ向かって進んでくる。
その歩行は鈍い。
ところどころ破けた衣服の下から歩く度に火花が散る。
何か大きな物と接触したであろうその姿でなければ、それが人ではないと気づけなかったほどに精巧にできた――
――機械。
近未来で見るアンドロイドがゆっくりと近づいてくる。
ぎしっと軋む音がして右腕から何かが飛び出してきた。
人を殺傷するに事足りる、黒光りの大きな塊。
メイドの背中まで細い鎖上に繋がる薬莢と複数の銃口にそれがガトリング式の小型に軽量化された銃だと気づく。
自分に向けられるモノでなければどれだけ男心をくすぐられただろうか。
なんなら神具を作る研究に使いたいくらいだ。
一歩一歩よろめきながら近づいてきていたメイドが立ち止まる。
バランスを整えるためか、左腕からも機械音が鳴り、現れるは鈍色に輝く銀色の巨大な鉄の塊。
長く鋭利な刃物のように尖ったそれは、包丁のようだった。
牛刀と呼ばれる洋包丁に形がよく似ている。違いとしては大きさと、持ち手があるわけではなく腕と一体化して延長上に飛び出していることか。
あれで何人もの人をまるで野菜や魚を切るときのようにカタカタと口許を鳴らしながら切り裂いてきたのだろう。
すでに黒ずみと化しているその刀身についた染みから察することができた。
包丁に気をとられている間に、メイドの準備は整ったようだ。
気づけば、メイドはすでに人型としての二足歩行は止め、四足となっていた。
ガトリングの衝撃を支えるためであろう元々の二足の後ろに生えたその足は、馬の脚のように形を変え、地面にめり込んでいる。
集中射撃を行うための準備であろうか。
確かに、あのガトリングから絶え間なく銃撃されればひとたまりもないだろう。
例え掻い潜り近づいたとしても今度は牛刀の餌食となる。
バランスのとれた姿ではあった。
その姿に夢の中で飛行機を墜落させた人型を思い出す。
自分が置かれた状況にあまり考えてはいなかったが、あれがなんなのかはずっと気になってはいた。
それが、俺の子供の頃の記憶とマッチし、思い出させてくれた。
「……ギア」
あれもギア。目の前のメイドもギア。
人を死に至らしめる天敵。
人から生まれ人から反乱し、殺戮を行うためだけのA.Iを載せたアンドロイド。
それが、今、俺の目の前に立つ存在。
今のこの状況で、誰かが助けてくれるわけでもなければ、直を助けられるのは俺だけだ。
戦いたくはない。死にたくはない。
つい先ほど目覚めるまでは、平和に暮らしていた中学生だ。
ただ、俺にはこいつと相対する理由もある。
こいつがいなければ、
今もあの夢の中で幸せに暮らせていた夢を見ていられたのかもしれない。
こいつがあそこに現れなければ、
みんなが俺の前から消えなかったのかもしれない。
こいつ等は、
例え夢でも俺の家族を陥れた。
自分の唯一の対抗手段である自分の手の中のモノに目を落とす。
この記憶は俺ではない誰かの記憶だと、疑うことはもうやめた。
あれは紛れもなく、俺の記憶だ。
なぜ俺がこんなことを忘れていたのかなんて関係ない。
今はこの記憶が頼り。
だから、頼む。
俺に力を貸してくれ。
「目覚めろ」
起動のキーワードを。
――佑成。
呼ばれたソレは俺の言葉に喜びに満ち溢れたかのように手の中で震え、真っ白な光を放つ。
産声のように起動音を上げ、その光は白い靄のように周りに立ち上り、その靄はソレに吸い込まれるかのように纏わりつきゆっくりと形を成していく。
周りの光を凝縮しているかのように形づくられて行くその姿は、まるで一つの大きな角のように見えた。
光の霧が収まったときには、柄の先に白い刀身が現れていた。
まるで、穢れを知らない無垢を感じさせる白い刀身。
これが、俺が作った神具。
ギアと戦うための唯一の武器。
「一緒に、戦ってくれ。佑成」
その言葉に呼応するかのように、震える神具。
ガトリングの無機質な銃口が、無慈悲に向けられた。
俺のギアとの初戦が幕を開ける。
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