02-06 ソレを作りし者


「パパ! 見て!」


 そんな小さな子供のはしゃいだ声が部屋に響く。

 昔から気になっていたどうでもいいことだが、この部屋で声を出すと妙に声が響いたっけ。

 それが面白くて小さい頃は理由もなく大声を出して怒られた記憶がある。


 その子供の言葉と共に目の前に差し出された両手の手のひらには、四角く細長い真っ黒な柄のような物体が乗せられていた。

 子供はその柄を、目の前の自分の「パパ」と呼んだ、白衣を着た研究者のような格好をした若い男に見せていた。


「ぉ、ぉう? 凪……これ、作ったのか?」

「うんっ! 作ったよ! パパの作った神具を真似て作ったよっ!」

「基大さん。褒めてあげてね。最近お父さんに見せるんだって自分の机で一生懸命メモとって作ってたの」

「いや、そうは言っても、な。みこと、これは……」


 凪と呼ばれた子供の背後にいた女性に、基大と呼ばれた研究者は頭を困ったようにぽりぽりと掻きながらその柄を受け取る。


 みこと?

 命と言えば俺の実の母さんの名前だ。

 後ろにいるのか?

 どんな顔しているんだろう。


 そう思い振り返ろうとするが動けない。

 俺の視点では白衣を着た基大と呼ばれた男と子供しか映らない。

 その二人の背後には大きなベッド――おそらくクイーンサイズだろう――が二つ仲良く並んでいて、その上には暖かそうなふっくらと盛り上がった布団が乗っている。

 体が妙に寒い俺としては今すぐダイブしてくるまりたい気分だった。

 さぞかし気持ちのいいダイブと心地よい眠りが待ってそうだ。


 ああ……暖かそうだ。

 そう言えば、裸なんだっけ。

 道理で寒いわけだ。


 体が動かないので動くようになったらすぐにでも服も着よう。

 さっき、服も見つけたし。

 裸族から卒業だ。


 俺の意思とは関係なく、目の前の光景は進んでいく。

 この光景は、この凪という子供が見ている光景なんだろう。

 そして、この子供は俺自身だと確信している。

 ただ、こんな記憶が俺にはない。

 だから、他人の記憶を見ているような感覚がある。


「命、本当にこれは凪が作ったのか?」

「当たり前でしょ。私が作ろうとしたら木っ端微塵に吹き飛ばす自信があるわ」

「……なにを木っ端微塵に?」

「家よ」


 吹き飛ばすなよっ!


 男と俺の言葉が一致した。


 可愛い可愛いと目の前の凪と呼ばれた子供を抱き締め頬擦りしながら、命と呼ばれた女性は物騒な言葉を紡ぐ。

 そこで女性が初めて視界に映った。


「なっくんが作れたら不満でもある?」

「いや、だってこれ……」

「自分の子供の成長を楽しめないのは親失格です」


 工作、大好きだもんねーと、凪の頭を撫でたり頬擦りしたり、べたべたと……子供大好きにも程があるだろうと言われてもおかしくないくらいにべったりだ。

 感極まってガジガジと頭に噛みつくくらいなんのその。

 痛い!と泣きながらも満更でもない凪も母さん好きすぎだろと思わなくもない。

 むしろ、離れたくても離してくれない母親に諦めつつ、愛されていると感じていたくて離れない、と言ったところだろうか。


 そんな命と呼ばれた女性は、美しかった。

 顔がいいとか、スタイルがいいとかそういう意味ではなく、ただただ、笑顔が眩しい女性だった。

 毎日がとても幸せそう。そういう笑顔ができる女性。


 ああ、だから、俺は碧のことが好きになったのか。


 碧があのまま大人になったらこうなるだろうと思えるほどに笑顔を浮かべるときの雰囲気がそっくりだった。

 ただ、それだけで碧のことが好きになったわけではないが、初めて碧と会った時に見せてくれた笑顔が脳内にちらつき、そして夢の中で見た炎に包まれる瞬間に見せてくれた笑顔が浮かび、悲しくなった。


「……あのな、命」


 呆れながら自分の妻に声をかける男。

 声をかけた後、その手に握られた柄をじっと見つめている。


「凪が作ったコレな。神具なんだが」

「なっくん! 凄い! お父さん超えちゃってるよっ! 天才だねっ!」

「いや、それですまされても……」

「なによ。自分が息子に抜かされたからって素直に喜べない大人は親失格よ」

「いや、喜びというか、まずいだろ」


 それに抜かされてもない。私も作れる。と言葉が続く。

 なんというか……父さんらしい意地の張り方に父さんが懐かしく思えた。


「これだけのデキのいいもの作れると知られたら、連れていかれるぞ」

「そんなこと、基大さんが作ったことにすれば?」

「いや、まあ、そうなんだが。ただでさえ注目浴びてるのに更にこんなの出したら何言われるか」

「パパ。作り悪い?」

「いや、違うぞ! 作りが良すぎる! 一級品だ!」


 一級品の言葉はわからないだろうが凪は「やった! いっきゅーひん!」と喜び、その喜ぶ姿に可愛い可愛いと母親のハグ地獄が再開される。


「……とはいえ、流石に何か手を打たないと」

「あら、私がなっくんを連れていこうとする馬鹿がいたらどうするか、わからない?」

「あまり聞きたいとは思えないが」

「暴れる」

「……『刻の護り手』が暴れるとか街が吹き飛ぶだろうに」


「吹き飛ぶじゃないの。


         吹き飛ばすの」


 この母さん、こえぇ……

 さっきから想定話の例えが危険すぎる。

 力もたせちゃダメな人じゃないか。


「華名に頼むか」

「そうね。なっくんは渡さないよ」

「パパ。僕、だめなことした?」

「ぅぉう……そんなことないぞ! 頑張ったな、偉いぞ!」


 慌てたように凪の頭を撫でる父親。

 若干顔がひきつってはいるもののそこには間違いなく愛情があった。

 ただ、スキンシップに慣れていないのかぎこちない。


 父さんらしい。

 こっちがどう思うかわからなくて、なにしたらいいかわからなくて。

 よく弄ってきたのはスキンシップだったんだろうな。


 目の前の若い男が若い頃の俺の父さんにしか見えなかった。

 あの時、本当に飛び込んであげたらよかっただろうか。


 ……いや、あれは夢だ。

 夢じゃなきゃいけない。


 そう、考えている間にも、三人の話は進んでいく。


 いいな。

 暖かそうだ。

 布団にくるまれる暖かさとは違う、幸せに満ちた暖かさがそこにあった。

 あんな夢の後だ。

 より一層この家族が暖かい。

 羨ましい。


 えへへ。と笑って嬉しそうな凪が、ちらっと「俺」を見た。


 思い出した?


 急に声をかけられ、体がびくっと跳ね上がった。

 なぜ。見ていることがわかったのか。


 当たり前だよ。だって、君の記憶なんだから。


 鼻で笑い、凪は三人の会話へと戻っていく。

 俺の目の前が暗く遠退いていく。


「あのね。僕は将来お父さんと一緒に神具を作ってギアを倒すんだよっ!」

「あら、なっくん。将来の夢は技師?」

「うん! しんこうぎし! ギアなんてぶーんって一発だよっ!」

「凪、技師は戦わないんだが……」

「子供の夢を祝えないあなたは親しっ――」

「そ、そうだ! 凪、この神具、なんて名前つけるんだ!?」

「名前? うーん……す――」


 そんな会話を耳にしながら。

 声はどんどんと遠くなっていき、意識は遠退いていく。




 ――すけなり。

 名前、忘れないでね。

 君が初めて作った神具だよ。





 ぷちっと、画面と音が消えた。




 ・・・

 ・・・・

 ・・・・・



 目が開いた。

 落ちる前とは違い、頭痛もしないし目覚めがいい。


「メモ……あれだっ!」


 急いで部屋から出て自分の部屋へ。

 扉を開けて走り出したときにがしゃんと大きな音がした。

 扉の近くにあった鉱石が入った箱を思いっきり蹴ってしまった。


 あまりの痛さに悶絶しそうになったが無視。

 散らばった鉱石が足裏に突き刺さるが、石を恨めしく思うだけに止めて自分の部屋へ。


 扉を開けて机のブックスタンドに整えられたノートを開く。

 真っ白のノートにはびっしりと文字や絵が書いてある。


「神具……」


 わかったこと、思い出したことがいくつかあった。


 シング――神具を作れるのは父さんだけじゃなかったこと。

 俺も、作っていたんだ。いや、作れていたんだ。


 自分の手の中に収まるソレを見る。

 記憶の中にあった、子供の俺が初めて作製した、対ギア決戦兵器・神具。

 それを作ることのできる技師。

 そしてその辺りに落ちている鉱石。

 俺の足を痛めつけたにっくき石。

 

 ――神鉱。

 

 神鉱技師。


 父さんは、唯一ギアに対抗できる神具を作ることのできた神鉱技師。


 四大財閥『華名かな家』の専属神鉱技師・水原基大。


 それが父さんの正体。


 ……だが、こんな記憶は元々なかった。

 であれば、これは……。



 思い出した出来事は、俺をどんどんと深みへと陥れていく。




 考えが纏まらないまま、辺りに警報が、鳴り響く。

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