02-05 とにかく服を着たい


「あ~?」

 そんな声は、少女から聞こえた。

 まるであたかも、「何言ってんの? 当たり前でしょ」とそう言っているかのようなそんなとぼけた声だった。


「……えー……」

 俺も思わず間抜けな声をあげてしまう。

 そんなまさか。

 だって、直だ。直はまだ1歳に満たない赤子だぞ?

 もし直だっていうなら、なんでこんなに成長しているのか。


「あーあー」

 そんな直と思われる少女と会話ができるはずもなく。

 いや、少女は会話しているつもりなのかもしれない。


 ぎゅーっと音が出るほど俺を抱きしめていた少女は、目の前に広がる動くものすべてが気になるのか色々触り続けている。

 先ほどと同じように、自分の髪の毛を触っては舐め、舐めたときに見えた自分の大きな指を見て今度はその指を舐める。

 その次は自分の体が不思議なのか、自分の体をきょろきょろとみてはその体を色々触り続ける。

 同じ行動を何度も行い、それが自分の一部であることを確認しているかのように。

 行動そのものは、赤子のような行動だ。


「直……?」

 そう、声をかけてみると、少女はこちらを見て、嬉しそうな顔をする。

 その瞳は以前よく見ていた直そのもので……


「……なんだ、なんなんだこれ……」

 再度、この今の状況に、混乱してしまう。


 ここは俺の部屋なのは間違いない。

 そして、この家も、置いてあるものが違っていたりするが、間取りは一緒なことから俺が住んでいた家で間違いないと思う。

 で、この直と思われる少女。

 そして、俺らは裸。


 あ、そうだ。裸だったんだ。俺達。


「……とにかく、服着よう」

「あ~?」

 自分の指を舐めながら首を傾げる少女に苦笑いしつつ、部屋の中を再度物色する。


 やはり、どこを見てもあの例の石が置いてある。

 石を拾ってじっと見てみる。

 拾った石は、緑色にうっすらと輝く鉱石。

 それなりに価値がありそうな……宝石に詳しくはないが、エメラルドや翡翠といった宝石のようにも見える。


 そう言えば、この石。金になりそうな話をしていたな。

 もしお金に困ったら売れば少しは何とかなるか。

 今の現状を考えてみると、なにをするにしても必要なお金というものを俺が持っているのか、ということが気になった。

 所詮は中学生。持っている金額もたかが知れている。

 どう切り詰めても一か月どころか一週間持てばいいほうだ。

 それであれば、この大量にある鉱石を売ることで生計をたてることも想定していかなければならない。


 ……鉱石を売るとかどうやればいいんだ?

 中古屋ショップに売りに行ってもいいが、中学生が売れるのだろうか。

 そもそも、鉱石が中古屋ショップで売れるのかさえも疑わしい。


 ただ、生活するにしても、住むところだけでは何も立ちいかない。服の替えも必要だし、食べるものも必要だ。そのためにもそれらを手に入れるためにお金は必要だ。

 これを売って当面の資金を手に入れないことには何も立ちいかない。

 もしこの家に服がなければそれさえも購入する必要がある。

 鉱石を何としても換金しなければ俺の明日がない。

 石だって売り物としてあるくらいだ。

 どこかで交渉して、なんとしても売る!


 服がなければ鉱石を売ればいいのよっ!と高笑いしたい気分だ。


 ……あ。服ないから外に出れないわ……。


 いい案を思いついたと思ったものの、結局は元に戻ってしまい、衣服というものがどれだけ重要なのか再認識した。


 それと同時にぐ~っと腹から大きな音が出た。


「あ、腹も減ったな」

「あ~!」


 俺の一言に少女が嬉しそうな声をあげる。

 そうか、この子もお腹減ってたか。


「じゃあちょっと一階に降りようか。……えっと、直?」

「あーぃ」

 ろれつの回らない言葉が少しずつ聞き取りやすくなってきている。

 こんな短時間で?と思いつつ、意思の疎通が図れていそうなことが分かって助かった。

 そして求められる抱っこ。


「はいはい……」

 少女を背中に乗せ、自分の部屋から出ると、先ほどのお嬢様達が清掃をしてくれおかげである程度は綺麗になっており、床は元のフローリングの床としてみることができた。

 汚さを気にせず歩くことができるが、やはり目の前のドアが開けられた碧の部屋には見たことのない機械が置いてある。

 まるで碧がそこにいなかったかのように感じて寂しさを覚え、見ないように一階へと降りていく。

 一階もお嬢様ご一向様々で比較的綺麗にされた部屋があった。

 どうやら、彼女らはそれぞれの部屋をチェックしていたようだ。

 父さんを探していたみたいだが、次に繋がる手掛かりを探していたのだろう。


 少女をリビングのソファーに座らせる。

 こてんっと少女はソファーに横になると、もぞもぞと自分の場所を整え、猫のように丸くなる。

 近くに落ちていた無地のタオルケットを拾いあげると埃が舞った。リビングのテラスドアを開けようにも今の裸の状態だとさすがに見られた時に何も言い訳もできなければ恥ずかしすぎて穴があったら入りたい状態――遮光カーテンが閉まっていて本当によかったと思う――になるので、ソファーから離れて埃を叩き小綺麗になったことを確認した後少女にかけてあげる。

 丸くなった少女は巣作りをするかのようにタオルケットを自分が気に入る所定の位置に配置して寝始めた。

 お腹が減っていたわけでもなく、ただ眠かっただけらしい。

 本当に俺はこの少女と意思の疎通が行えるのだろうかと不安になってきた。


「寝つきの良さも直みたいだな……」

 もう、これは直と思うしかないのではないか。


 苦笑いしながらキッチンの奥にある冷蔵庫へと向かう。

 ふと、喉が渇いたと思い、キッチンの蛇口を捻ってみる。


「こ……公共料金くらい……払っておいてくれよ……」


 とんでもないことを失念していた。

 そうだ。これだけ埃が溜まっていたのだ。

 水が出ないということを想定すべきだった。

 となると電気も。と思いキッチン横のスイッチを押してみるが無反応だった。

 冷蔵庫も開けてみるが、やはり何かが入っている形跡ない。

 それに、電気が入っていないのであれば、もし冷蔵庫の中に物が入っていたとしたらそれは傷んで食べられない物が入っていただろう。

 それを処理する気力は流石になかったので少しほっとした。


 こうなってくると、かなり危険な状態だということに焦りを覚えてくる。

 衣食住のうち、衣、食がないのだ。

 そこにさらにお金もない。

 先ほど漠然と思ったが、住だけあっても生きていけない。

 こんなことなら、裸を見せびらかしてでもあのお嬢様達の前に姿を現して助けてもらうべきだった。



「やはり、服を……探すところから始めるしかっ」


 少女が寝ていてくれていることが助かった。

 お互い裸がナチュラルすぎてさほど気にならなくなっていたことも痛い。


 とにかく服を探すために家中の至るところを探し続けること約1時間。

 碧の部屋だけはさすがに入りづらく、またあんな状況になり果てた部屋を見るのも今の俺には辛い。もう碧がこの家にも、あの部屋にもいないとは確信しているが、認めると自分の心が砕けそうだった。

 そのうちちゃんと向き合う必要もあるのかもしれないが、今はそれよりも、衣服。


 やっと見つけた服は、謎の記憶では二階の倉庫と思っていた元客間の部屋に大き目のリュックサックがぽつんと置いてあり、その中に二着だけ男物の服が入っていた。


 それと、もう一つ。

 色褪せてぱんぱんに膨らんだ茶封筒が、一つ。

 中には筒のような物体が入っていた。


「なんだ? これ」


 じっくり見ても何かわからない。

 黒い凹凸のある細長い棒。としか表現ができない。握ってみると妙に自分の手にフィットする。

 日本刀の柄のような、かといって、鍔もないし刀身もない。

 刀なのであれば茎が入る穴があるはずだがそれもない。

 もしこれが柄なのであれば目釘の穴があるはずだがそれもない。

 黒くはあるが、それは柄巻が黒いからであって、その柄巻に隠された中身がわからない。ただ、硬い。鉄のような物質に柄巻を巻いているようなそんな棒。

 妙に軽いその棒を振ってみる。

 ゲームやアニメなら何かの力が働いてビームみたいに刀身が現れるかと思ったがなにも起きない。


 その代わり、俺の体に変化は起きた。


 ぴきっと、脳内に響いた音。

 それと同時に脳内に鈍く振動が響く。

 それが痛みとわかったあとは早かった。


 鈍痛から、激痛。

 

 立っていられないほどの痛みに負けて、体はすぐに倒れ、床に這いつくばる。


 待ってくれ。せめて、服を、着させて


 そんな想いも空しく。


「パパ」


 そんな、子供の声が聞こえた気がして俺は意識を失った。

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