二章:始まる世界

目覚めた先には

02-01 夢から覚めて


 目を覚ますといつもの見慣れた天井が目に入った。

 シミひとつない、木目調の天井だ。

 木目調なのであればシミではなくて木目模様があるわけだが、それはシミとしてカウントはしないだろう、となぜか起きて早々天井について考えてしまった。


 なんだか、妙に長い長い夢を見ていたようだ。


「あ……」


 夢だ。あれは夢なんだ。


 碧と直が炎の中へと消えていったその瞬間、父さんと義母さんが空へと消えていった夢を思い出して涙が自然と流れた。

 夢の中では涙は出なかったことも夢だとわかっていたからだろう。



 夢だとしても、守れなかった。約束さえも守れなかった。



 でも、あれは夢だ。


 夢であれば、夢であればこそ、今こうやって自分の部屋で目覚めたんだ。


 今度はしっかり俺の想いを伝えよう。

 こんな夢ごときに感化され伝えた結果断られようが、伝えられないこの気持ちのほうがよっぽど嫌だ。

 あんな終わり方だってあるんだ。だったら伝えて失敗したほうがいい。


 碧のやつ、驚くかな。

 出来れば、碧も同じ想いであってくれるなら嬉しい。

 嬉しくて涙が止まらないかもしれない。


 布団をはねのけベッドから降りて扉へと向かう。


 そうだ。父さんと義母さんにも伝えないと。

 いつも感謝してる。

 この気持ちが伝わればいいが。

 直もしっかり育てないと。

 あいつは将来は誰もが羨む綺麗な女性になる。

 父さんの意見? んなもん布団みたいにはねのけてみせるさ。



「あ、……れ……?」


 布団から出てすぐ。部屋にある姿見が目に映った。



 全体像を映せるくらいに大きめなその鏡にはの男が全裸で映っていた。

 自分を構成する見た目は変わりない。

 ただ、黒い髪と、全裸なだけが普段と違う。


「なんだ? なんだこれ……」


 自分の髪を触ると姿見に映ったそれも、怪訝な顔をしながら髪を触る。

 俺自身が映っているのだから当たり前だ。

 片耳についたピアスもいつも通り。

 強いて言うなら青かった宝石が今は灰色にくすんでいることくらいが違いか。


 おかしい。

 何かがおかしい。


 一気に走りドアを開ける。


 ドアを開けると、もあっと埃が舞い散った。

 口に入らないよう口許を腕で塞ぐが急なことでその行動は遅かった。

 肺に入った埃に噎せて盛大に咳き込んでしまう。


「ぉぅえっ……げほっ」


 噎せてなんかいられない。

 涙目になりながらも目の前に広がる廊下を見る。


 いつもと変わらない廊下。

 埃がたんまりと積もって白くなった床に、至るところにクモの巣が張った廊下。全体的に白いその廊下の先には碧の部屋がある。

 部屋のドアは開けられていて、部屋内が丸見えだった。そこには赤い鉱石が乱雑に置かれており、見たことのない機械が置いてある。機械にその鉱石が砕かれて置かれていることからその鉱石を加工する機械なのであろう。


「……はぁっ?」


 廊下を見渡すと至るところに色とりどりの鉱石が乱雑に積まれている。


 螺旋状に回る、見慣れた階段にも鉱石。


 ばたんっ


 とりあえず、ドアを閉めて考えよう。

 自分の部屋を見渡してみると間取りもなにも変わらない。

 引き戸のクローゼットがあって、ベッドの横には先ほどの大き目な姿見鏡がある。ベッドのその先には窓があり、そこから見える隣の平屋の屋根も変わらず。姿見の隣には勉強用の机があり、机の上にはブックスタンドに挟まれて教科書やノートが整えられ、机の中心には小型の見たことのない機械の上に――


「――砕かれた鉱石……」


 床を見ると固そうな箱に綺麗に入った鉱石。

 姿見に映る裸の俺と鉱石。

 そこら辺の床に落ちていた鉱石を拾ってじっと見てみる。やはり、みたことのない綺麗な鉱石。

 どこもかしこも――


「――石……」


 思い出せ。思い出すんだ。

 俺は昨日、何をしていた?

 この鉱石を使って何かをしていた…?


 思い出そうと何度も考えを巡らせる。

 出てくる答えは何一つない。


 ……いや? ある。

 俺はこの石を使ってモノを作っていた。

 そうだ。父さんがあの碧の部屋にある機械でアレを作っているのを見て、俺もこの部屋の機械で同じように作っていた。


 ……いや、違う。


 そんなわけない。

 俺は、こんな鉱石をみたことがなければ、俺の部屋にはあんなものはなかった。


 それに、俺はさっき何を思い出した?


 碧の部屋に父さんがいて、あの機械で作っていた? 何を?

 碧がいるのに父さんがあの部屋にいた? あれだけ汚い部屋に、人が一人寝れないくらいにいろんなものが置いてありそうな部屋に?


 それに埃を被っているこの今の状態はおかしい。

 明らかに何年も誰もいなかったような家のようだ。


 ……誰も、いなかった?


 いや、誰もいないわけがない。

 俺はこの家に何年も住んでいたはずだ。それに碧も父さんも義母さんも、直も、この家で、一年間の短い時間とはいえ五人で過ごしていたはずだ。


 部屋の間取りも鮮明に覚えている。

 俺の部屋の正面にはあの機械で毎日のように父さんが製作していて、その隣の部屋は元々は両親の寝室だったが荷物が多くなりすぎて倉庫と化している。

 せめて、一階だけは綺麗にしようと、散らばってた荷物を二階に持ってきたからこんな状況になってたはずだ。


 螺旋状の階段を降りれば小躍りがあって、その先には玄関が。

 階段からみて右には引き戸があってリビングが。リビングの横を突き抜けた先の廊下には来客用の部屋があって、父さんと母さんの友達が寝泊まりすることがあった。

 リビングはカウンターキッチンが併設していて、よくそこで父さんが母さんにコーヒーを作ってくれていた。「お前にはまだ早い」と言われて一度も飲んだことはないけど、母さんが嬉しそうに飲んでいたことが羨ましかった。

 リビングにあるソファーベッドで父さんがよく寝てしまって、タオルケットを母さんがよくかけていた。


「なっくん。お父さん寝ちゃったから一緒にねよっか」


 その時の母さんの幸せそうな横顔は忘れていない。俺を抱っこして二階の俺の部屋へと連れていってくれる母さんの温もり。長い茶髪の流れるようなきらきらと光が反射する髪が綺麗で抱っこされる度に弄んでいた。


 優しい母さんが、ぽんぽんと背中を叩いて寝かしつけてくれるのが嬉しくて、そんな母さんが大好きだった。

 父さんも、嫌がらせのようにおちょくってくるけど優しい。

 そんな家族に囲まれた俺はとにかく幸せだと思った。


 そう言えば、少し前に何度か会ったことのある二人の友達――俺から見たら母さんと同じくらいの年だからおばさんになるけど――が来ていた。


「あー、凪君、可愛いっ! 私も産んでたらこんな可愛い子がいたのかもっ」


 そう言いながら俺を自分の子供のように抱き締めてくるあの人は誰だったか。


 そうだ。

 あれは貴美子おば――



 ――違うっ!

 貴美子さんは俺の義母さんだ。

 おばさんじゃない。



 なんだ? この記憶はなんだ?

 一階の廊下の先は父さんと義母さんの寝室だ。

 二階のもう一つの部屋は来客用の部屋だ。決して倉庫なんかじゃない。


 

 俺は俺の中にあるよく分からない誰かの記憶で頭が混乱していたのだろう。


 ごそごそっ


 何かが、俺のベッドの上で先ほどから蠢いたことに気づくのが遅れた。


「だ……誰だ?」


 恐る恐る、ベッドに近づく。

 ああ、もしかしたら碧かもしれない。

 そう思うと、嬉しさのあまり、短い距離だがベッドまで走り出してしまっていた。


 勢いよく、ばっと効果音が出ていそうなほどの勢いで、布団をめくりあげる。

 寒いだろう。だからすぐに起きてくれ。

 碧、俺はお前のことが


「み……? だ、れ……?」


 そこには、碧はおらず。


 いたのは、俺より少し年下であろうと思われる

 ショートカットの女の子が裸で寝ていた。


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