02-02 来訪者 1


 待て。

 誰に言っているのかは分からないが、とにかく待て。

 ……誰だ。

 いや、その前に何で裸なんだ。


 あ、俺も裸だ。


 じゃあ、二人とも裸なんだからなんら問題ない。

 

 ……違うそうじゃない。


 なんで俺のベッドに、俺と裸で寝ているんだこの子は。


 やあ、俺の名前は凪。君は誰だい?

 なんて裸の俺がいきなり声かけたら犯罪の匂いさえするぞこれは。

 むしろ俺は、何がとは言わないが、知らないうちに卒業していたのか???


 そんなに長い時間ではなかったと思う。

 ただ、じっとその子を見てしまっていた。


 よく分からないがとりあえずすぐに寒そうにしていた少女に布団を被せて裸体を隠す。


 寝ているからよくわからなかったが、まだ幼いが整った顔立ちだったと思う。

 年はまだ俺より若いだろう。とはいっても1、2歳程度の違いか。

 俺と同じ黒髪だった。絹糸のようにきめ細かそうな髪は、少し艶かしく頬にかかり、年より大人びたようにみえた。

 次に思い出すのはじっとみてしまった無防備な裸体。

 そこまで女性らしさはなかったが膨らみがあり、産まれたばかりのような柔らかそうな肌は透明感のある肌色――


 ――いや、今はそんな考えはどうでもいい!


 服は? 服はないのかっ。

 この際なんでもいい。ボロ布でもいい。

 とにかく、俺のアレを隠すためのナニかを!


 辺りを見渡してみる。


 机の上にはよく分からない機械と砕けた鉱石。

 床にも乱雑に散らばった鉱石。

 姿見の前に映る鉱石と俺。


「石ばっかじゃねぇかっ!」


 なんだよ、鉱石と俺って!

 なんだよ、割ったらきらきら光って空気に当たったら消えるのか?

 ランプ消して暗くなったら天井いっぱいに星空にでもなるのか?

 よく似た小鬼がおる、とか、儂には眩しすぎるとか言っちゃうのか?

 それを首から下げたらゆっくり空から落ちてこれるのか?

 今ぶら下がってるのは俺のナニしかねぇよ!

 でっかい城までの道標にでもなってくれるのかよっ! 俺のナニが道標? なるわけあるかっ!


 見たことのない石が自分の部屋に知らないうちに置いてあることもそうだが、なぜこの家がこんな状態なのかもわからない。

 周りにはどこを見ても石、石、石。

 石への想いが溢れ出してくる。


 いつまでそうしていただろうか。

 ブレーキ音が聞こえたことで溢れる石の想いから我にかえる。

 続けて、ばたんっと何かが閉まる複数の音がした。

 車の音と、そこから何かが出た音だ。

 その音は、俺の家の前から聞こえた気がした。


「だ、誰か来たのか?」


 父さんとか義母さんが帰ってきたのかもしれない。

 碧ではなさそうだ。

 車なんて運転できないし、いや、父さん達なら一緒に車に乗っているかもしれない。


 そう思うと自然と足が部屋の入り口へと向かった。

 ドアノブに手をかけたところで、ふと立ち止まる。


「俺、今裸じゃん」


 やはり服だ。

 今俺に必要なのは服だ。


 クローゼットを開ける。

 見渡す限りの鉱石。綺麗に箱の中に入った鉱石だ。


「……石がっ」


 がちゃんっと玄関の扉が開いた音がした。

 ちりんっと玄関につけてある鈴の音が鳴ったから間違いない。


 時間がない。

 このまま窓から逃げるか?

 裸だし、捕まるだろうし。それに家の前に停まった車の近くにはまだ複数の人がいそうな気配もある。

 それに……


「あああっ……あの子どうするんだ」


 布団が無造作に膨らんでいる。

 今のこの状況はだめだ。誰にも見せられない!

 ましてや碧に見られようものなら、もう告白どころじゃない。

 説明も弁明もできない。


 隠れるところはないかっ。


「お嬢様。埃が凄いのでしばしお待ちを」


 そんな声が一階から聞こえた。

 渋い声だ。

 お嬢様という単語から、もう一人、女性がいるのだろう。


「爺、壊さないでくださいね」


 爺と呼ばれた渋い声を出す男性に女性の声が続く。

 鈴の音が鳴ったようなそんな透き通るよく通る声だった。

 声からして俺の家族の誰でもない。


 一階から片付けるような物音と掃くような音がしばらく聞こえる。

 自分の部屋前しか見てないから全体的に家がどうなっているかは知らないが、今の話からして全体的に埃が溜まっているのだろう。

 家がこんなにも埃を被ってたのが功を奏した。

 ナイス、埃。


 物取りか?

 いや、泥棒ならわざわざ掃除はしないか。


 しばらくすると、とんとんっと音が近づいてきた。

 階段を数人が上がってくる音だ。

 恐らくは爺と呼ばれた男性と、お嬢様と呼ばれていた女性であろう。

 螺旋状の階段といってもそれほど長い階段でもない。

 くるりと一度回ればそこは二階だ。

 二人の足音が上がった先で止まる。


「お嬢様、一階の様子からあらかた想像はしておりましたが……さすがに二階も汚いですな」


 お嬢様の前を歩いて綺麗にしているのか、常に箒で掃く音と共に爺の声が聞こえた。

 綺麗になったのか、箒の音が消える。


 掃除してくれるのは凄い助かるのだが、今日この日じゃなくてもいいだろうに。


「爺、正直に答えてくださいね」

「はい、なんなりと」

「この状況ですと、やっぱり、水原様はもう……」

「そう、ですな。水原基大様とその家族の方は、この家にはいないのでしょう。かなり年季が入った汚れでございますからな」


 父さんの名前が出た。

 思わず、声を出しそうになり、口を押える。

 話の流れからして、父さんはすでにこの家にいないという会話に聞こえる。


「それにしても、この家は凄いですな」

「ええ……」

「この部屋など特に。さすが水原様ですな。用途はあれくらいしか考えられませんが、そうだとするとどれだけこの世界に貢献されようとしていたか……今でさえ英雄のように扱われているというのに……」


 ドアを開く音。恐らく客室の部屋を見たのであろう。確かにあの部屋には大量の鉱石が置かれていた。

 英雄? 父さんが?

 どういうことだ? 俺は父さんの研究はどういったものだったのか知らないが研究成果が実を成したのか?


 それに、この鉱石は価値があるものなのだろうか。

 その割にはかなりの量がある。この鉱石で何かを研究していたのか? 碧の部屋にあった機械もその何かしらに使っていたものなのだろうか。そうすると俺の部屋に置いてあったあの小さな機械もそれに関連していたのだろうか。

 話を聞いているとこの鉱石の量も普通ありえないらしい。

 父さんは、何をしていたのだろうか。


「水原様にしか使用用途がわからなそうな機械ですね」


 お嬢様の声に、碧の部屋の機械を見ているのだとわかった。


「お嬢様。そろそろ戻りましょう」

「ええ……でも、その前に……」


 お嬢様の声から視線が俺の部屋に向いているように感じた。

 まずい。

 まさか、ばれたか?


「あの部屋を……最後に見てから帰りましょう」


 やはり、俺の部屋に入ってくる気だ。

 こいつら、誰の許可を得て勝手に入ってきているのかと怒りが若干込み上げた。

 いっそのこと、仁王立ちした状態で部屋の中にいてやろうかとさえ思えた。

 いや、見せびらかす気もなければ、さほど自信があるわけでもない。

 むしろ執事に問答無用で倒されそうな気さえする。


「?……お嬢様、しばし」

「え?」


 かちゃっとドアノブが下がった。

 開ける直前で爺の声に制止され、ドアノブは下がった状態で止まる。

 ドア越しに爺と思われるが、衣擦れの音とともにドアの前で座り込むような気配。


「……やはり、この部屋の前だけ、つい最近動いた形跡があります」

「誰かが住んでいた?」

「……お嬢様お下がりください。まずは私から先に……」


 ドアノブが一度元の位置に戻り、再度下がり、初老の男がドアから中を伺うように控えめに顔を出した。


 こいつが、先ほどから「爺」と呼ばれていた男か。

 渋い声と同じく、全体的に真っ白な白髪が印象的だが、顔もナイスミドルだ。

 ゆっくりと、警戒するように爺は部屋の中へと入ってくる。

 遅れて、その後を追うように、女性が入ってきた。「お嬢様」であろう。

 艶やかなロングの黒髪の可愛いか綺麗かと聞かれると「綺麗」という言葉が似合う横顔だった。そんなお嬢様の横顔は、ほんの少し眉尻の下がったおっとりとしていそうな雰囲気を持ちながらも不安そうな表情を浮かべていた。


「ふむ? 気のせいでしたかな?」


 その部屋には、


 ふふふ、残念だったな。

 すでに俺はベッドに寝ていた少女と共に、隠れ済みだ。


 ありがとう、埃。ありがとう汚い家。

 ……誰の家が汚いだっ! 色々言ってくれやがって!

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