01-05 夢の中で気付く想い


 時が経ち、今は12月。

 少しずつではあるが、受験勉強で忙しい時期になる。周りも心なしか普段よりも勉学に励んでいるところをよく見かけるようになった。

 俺もそのうちの一人、と言うわけではなく。受験勉強は俺には無縁のものだった。

 俺の学力は自慢じゃないがある程度優秀な類いに入り、勉強などしなくても学校を選ばなければ行ける程度はある。すでに学校側から打診も来ていることもあり、いつも通り何気なく普通に暮らしていた。



「――ちゃん。お兄ちゃん」


 そんなわけで、休日に惰眠をむさぼっていたわけだが、碧に揺さぶり起こされる。


「……ぁんだよ~……起こすなって言っただろぉ?」


 目を擦りながら起き上がると、俺は癖で時計を手に取る。寝始めてすぐすぎて再度布団に倒れ込む。


「ねえ、ボクの友達が来てるんだけど」


 何気なく着こなしている、ぶかぶかのパーカー。下は白のストレートパンツ。どこかで見たことのあるパーカーだと思ったら俺のだ。なぜ俺のを着る。と思いながらも、ぶかぶかな服装がよく似合うこと。


 碧の服装を見ながらぼーっとした頭で碧の言葉について考える。


 ああ、そう言えば、今日は碧の同級生が何人か来るって言ってたっけ。

 確か巫女も来るって言ってたような気がする。


「俺に何しろって言うんだよ」

「あのね。お兄ちゃん、デザー――」

「自分で作れ。おやすみ~……」

「ちょっとぉ! お兄ちゃん!」


 再度眠ろうとする俺を、碧が揺さぶる。揺さぶりがいつもより激しい。なにをそんなに必死なのか。

 俺は、眠いんだ。


「……ぁんだよ~。デザートぐらいなら作れるんだろ?」

「でも皆はお兄ちゃんの作ったもの食べたいって言うし……」

「そうなの。凪君の作った何かしらがどれだけ美味しいのかお姉さんは確かめたいわけです」


 碧の、どこにお姉さんを感じればいいのか。


「何人来てるかは知らんけど、みんなで作ればいいだろ」

「ボクが作っても美味しくないもん」

「だったら別にお菓子でもいいだろうに」

「みどちゃんから何度も美味しいのって聞いてるのに凪君はちっとも作ってきてくれないし」


 いや、何で学校に作って持ってかなきゃならんのかと。


「むしろ起こしてまで作らせるとか」

「寝てるから作ってくれないって言ったら寝顔見に行くっていうし」

「あ、私は別にみたいわけじゃないよ?」


 むしろ誰にも見せる気ないっての。


「いきなりすぎて材料ないだろ」

「材料だってないって言ったよ?」

「錬金術師みたいにないところから作るのが凪君だよねっ! さっ! 作ろっ!」


 んなもん使えたら苦労しねぇよっ


 なに普通に会話に参加して来てるのかと思いつつ、ずっと無視してたわけだが、さすがにうるさい。

 碧の隣に髪を後ろで束ねたポニーテールのよく似合う同級生がいる。

 からかうのが楽しかったのか裾で口元を隠しながら笑っているその同級生とは、碧よりも交流が長い。

 七巳巫女。神夜の恋人だ。


「錬金術なんて使えたらやりたい放題だろうに」

「あれ? 凪君使えないの? 昔はどこからともなく、手品のようにいろんなものだしてくれてたのに。お姉さん楽しかったなぁ」

「いや、それいつの話だよ」


 いつもこんな感じで俺に対してお姉さんと称して突っかかってくる。

 昔からそうだったので慣れたもんだ。そんな巫女が同級生のくせにお姉さんと自分のことを言うのは、限って俺と接するときくらいだ。

 小さい頃に出会い、ほぼ親のいない俺に世話を焼いていたことが元で、お姉さんと自分のことを言うようになった。

 父さん公認のお姉さんみたいなものだ。


「で? なんで俺が作るという話になっているのかってところに戻そうか」

「そんなのみどちゃんが美味しいって自慢してるからに決まってます」

「……碧」

「だって美味しいんだもんっ! 前に作ってくれたクレープだってすごい美味しかったし、この前のケーキだって美味しかったしっ! 極めつけはモンブランだよっ! お店で出てくるのだってあんなに美味しいのないよぅ!」

「……美味しい云々ではなくて、な?」

「お兄ちゃんが料理得意なことなんて学校中がもう知ってるよっ!」

「ああ……うん……なんで?」


 なぜ学校規模でそんな話が暴露されているのだろうか。あれか、だから最近飯を作ってほしいとかよくわからないからかい方を友達がするようになったのか。


「みどちゃんが美味しいって自慢するからなのです。それはもう美味しそうな顔して、幸せそうな、恋する乙女のように、それはもう背景に花が現れそうなくらいになのです」


 意外とあっさりと犯人が分かる。そもそも犯人は一択だ。

 ひとまず、碧の頭を軽く小突いておく。


「いったーい」

「あのな……それでも俺が作る必要はないだろ」

「「美味しいは正義だからっ! 作るの(です)!」」


 なんかよくわからない力説をされ、ああ、これはもう無理なやつだ。と諦めた。 うん。諦めよう。無理だ。こいつらを説得しても寝れる気がしない。


「はあ……冷蔵庫にあるもので適当に作るよ……」

「やったぁ! お兄ちゃん大好きっ!」

「ぅぉ!? お、おいっ!」


 諦めの境地の俺の言葉に碧は嬉しそうに抱きついてくる。

 いきなりのダイブに怪我させないよう抱き留めるが、勢い余ってベッドに押し倒される状況に陥った。


 感極まって抱きついてくるとか、子供かと一瞬思ったがぽすんと俺の背中がベッドについたとき、服越しに柔らかい感触が伝わってきた。ふにっとした明らかに膨らみであろう何かが抱き留めた際の位置の悪かった手の平に感触として感じ、押せば跳ね返してきつつも包むようなその柔らかさに、頭が真っ白になる。


 ああ、これはやばい。


 なんだかんだで碧は俺と同学年の女性だ。碧からいい匂いがして、血がつながっていないことを意識しなくても、これは盛んなお年頃にはまずいと理性が叫んでいるが、それと同時に、ちょっとくらいいいんじゃね?という悪魔の囁きも聞こえてくる。


 ちょっとくらいは、と触ってみたい箇所へ腕が動きそうになったところで慌てて碧を強引に引き離した。


「? お兄ちゃん?」


 間違いなく俺の顔は真っ赤になっている。

 碧も状況を把握したのか、それとも自分の行動を思い出したのか、わかりやすいほど真っ赤になってあたふたし始める。


「と、とりあえず、だ。俺は何があるか確認する」

「お姉さんは楽しみに待ってます」

「いや、お前俺の姉じゃねぇからな?」


 くすくすっと妙な含み笑いをしながらゆでだこのようになった碧の背中を押して去っていく巫女を妙に腹立たしく感じながら、俺は碧達と別れてリビングに向かう。


 冷蔵庫を開けた時に感じる冷気が俺の顔を冷やしてくれる。

 感触が忘れられなくてまだ顔は赤いのであろう。冷蔵庫の冷気がとにかく涼しく感じる。

 とりあえず、何か作って忘れよう。


「さてと……何を作ろうか……」


 正直、まともなものが冷蔵庫の中にはなかった。

 いや、目の前にあるこれは、おそらく冷蔵庫の中にあるものとしてはまともなものではないと思うので、あえて、目の前に、なかったものとして扱っている。


「ホットケーキでも作ってやるか。……いやいや、待てよ。それぐらいだったら誰でも作れるな。では、どうする……」


 一度冷蔵庫を閉め、冷静になってあの物体を使うべきか迷う。


 冷蔵庫に入ってるとかありえない。


 そうだな。ブランマンジェでも……しかし、冷蔵庫の中のもので何を使って作るべきか。

 意を決して再度冷蔵庫を開く。


「まあ見間違いじゃ、ないよな。うん。だろうな。見ちゃったもんな」


 そこにココナッツが一つ。


 冷蔵庫の中にはココナッツが一つ、ぽつんっと置かれていた。

 その物体のおかげで、先ほどのことを忘れてしまうほど真っ白になった。


 ありがとう。ココナッツ。

 さ、ココナッツで何を作るか……。



・・

・・・

・・・・



 無事、ココナッツを使ったデザートを作り終えた俺は碧の部屋にそれに合う紅茶と一緒に渡し、再度自分の部屋でのんびりしていた。

 デザートを渡しに行ったときにあたふたした碧と顔を合わせたが、作っていた時には忘れていた碧の柔らかさに一気に顔が赤くなってしまった。

 自然と向かいそうになる視線を必死にこらえながらそそくさと自分の部屋へと戻る。



 寝ようと頑張ってみたが悶々としてなかなか寝付けない。


 そういえばさっきこのベッドの上で、と思うと余計に眠気が冴えてしまう。

 普段意識してなかった女性を女性として意識してしまったのがまずいのか、色々出会ってからのことを思い出してしまう。

 また触ってみたいという欲求が収まらない。


 ああ、これは本当にまずい。


 自分の気持ちに気づいてしまった。おそらく今まで気づかないフリをしていたのかもしれない。

 彼女と会った時に向けられた笑顔がここ最近頻繁にちらつくようになっていた。

 それに、学校から帰るときは大体一緒にいたから、それが当たり前になっていつつも安心していたのも確かだ。


 ただ、これは間違いなく思ってはいけない感情だ。

 義兄と義妹、その関係でいいんだ。それ以上にならなくても……。

 俺は、今の関係に満足している。

 だとしても、


 俺は碧が女性として好きだったんだ。

 そう気づいてしまった。




 しばらく碧の顔を見れなくなった俺を、巫女が相変わらず袖で口元を隠しながらくすくすと笑うのを見ると気づかれていることに恥ずかしくてたまらなかった。


 あの、馬の尻尾を、いつか引きちぎってやる。


 そう、神夜の前で思わず呟いてしまって軽く喧嘩になったのは言うまでもない。



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