01-03 夢の中のいもうと


「……ふぁ」


 目が覚めて上半身を起こすと大きなあくびが出た。どうやらまだ眠いらしい。

 寝ぼけているせいか頭が重い。頭を振って覚醒を促しながら辺りを見渡す。自分が今どこにいるのかを確かめる。

 俺は自分の部屋のベッドに寝ていた。そんなことに気づくのにかなり時間がかかった。


 サイドテーブルにおいてある時計を見る。

 AM七時五十分。時計をテーブルに戻し、壁に貼ったカレンダーを見る。


「今日は日曜日……っと」


 背伸びをしてみるが、体が重い。

 自分の服を見ると制服姿のままだった。

 結婚式出席時の格好のまま眠ったことを思い出し、普段着に着替える。


「ん~……」


 背伸びをしながら部屋から出て、一回転の螺旋状の階段を下り、リビングへ。


「お、凪、起きたのか?」

「まあね。おはよう」


 父さんがいた。

 ダイニングキッチンとリビングが連なった部屋で、コーヒー片手に朝刊新聞を読み、飾りっ気のない机とセットの椅子に座っていた。

 以前、何でコーヒー片手に新聞を読んでいるのか聞いたことがあるが、「ロマン」だそうだ。


 ……わからんでもない。


 父さんの作ったコーヒーを自分専用のマグカップに注ぐ。


 父さんが普通に結婚式後に家にいるとかおかしいような気もするが、すべて知人に任せて家に帰ってきたらしい。


「……えっと、義母さんは?」


 そう、切り出すが、少し恥ずかしかった。早く慣れないとと思う。


「うん?……自分の家の荷物をこっちに運んでいる頃だろう」

「ふ~ん……」


 父さんと向かい合わせの椅子に座り、コーヒーを一口。

 父さんが作ったこの朝のコーヒーは、格別に美味しい。


「昨日の披露宴、よくあそこまで一瞬で考えられたな」


 父さんはにやにやと笑っている。

 わかってる。俺を困らせるためにやったことなのは。


「まあ……別に緊張したわけじゃないし……思ったことを言っただけだ」


 そう言ってみたが、スピーチの内容を思い出し、照れ臭くなった。


「それよりも、俺の横に誰か座る予定だっただろ? 」

「う~ん。……すぐに分かるから言わないでおく」

「いや、気になるだろ」

「ふふふふふ、気にしながら義母さんを待ちなさい」


 始まった。また、父さんの意地悪だ。

 教えない。伝えない。絡んでくる。連絡ない。

 「お・つ・か・れ」が基本な父さんだ。


「……義母さんに関係してるわけだ」

「ノーコメント」


 あっさりと受け流され、「よし、今日は朝飯なし」と伝えると悲鳴が上がる。

 冷蔵庫に作りおきがあるから何とかなるだろうと思いながら、カップにコーヒーを注ぎ、部屋へと戻る。


 部屋に戻り、「向こうの連れ子だろうに」と思いながら俺は机にカップを置き、ベッドに寝転んだ。




「――ぎ。凪。起きなさい」


 いつの間にか寝ていたらしい。眠りが深いものから浅いものへと変わったことでそれに気づく。目を開けると、視界に義母さんの顔が映る。


「……あ……寝てたのか……」


 上体を起こして眠気を覚ます。

 呟いてみたものの内心かなり焦った。

 女性に起こされたのってほとんどなかったから、いきなり目の前に女性の顔ってのは意外と驚くものだと思った。


「やっと、起きた……何度も呼んだのよ?」

「あ、ごめん。……義母さん、何か用?」


 ベッドから降り、コーヒーを口に含む。時間がかなり経っていたのか、冷たい。


「お父さんに聞いてない?」

「……何も聞いてないけど……」

「あら? お父さんは教えたって言ってたのに……」

「父さんは意地悪だから。義母さんが帰ってきたら分かるって言ってたけど?」


 ああ、ついに紹介のときが来たのかと思ったが、ふとみると義母さんの顔色が少し悪い。

 荷物運びで疲れたのか、ちょっと休めばいいのに、到着してすぐに俺を起こしに来た様子だ。


「……本当に教えてないのね。まったく……あの人もいい加減ねぇ」

「でも、そこが父さんのいい所でもある」


 束縛をしない性格。それが父さんの長所でもあり、短所でもある。


「ふふ、そうね」


 楽しそうに話す義母さんを見て、俺はこれからも上手くやっていけると確信。


 一緒にリビングへ向かいながら話をするが、やはり義母さんの顔色は悪い。少しふらついている。

 具合が悪いのなら無理しなくてもいいのに。


「おお、来たか。凪」


 リビングに顔を出すと、父さんが声をかけてくる。父さんは同じ場所でコーヒーを飲んでいた。


「……父さん、結局答えは――」


 と、言葉はそこで一時中断。入ろうとしている足を止める。


 多分、俺は馬鹿っぽく、ぽかんと口を開けていただろう。


 父さんの隣にいた知らない女の子を見て思わず言葉を失った。


 俺より少し年下か、もしかすると小学生くらいなのではないかと思うほどの幼さの女の子がそこにいた。


 見た目は十一歳か十二歳くらい。ただ、服装は制服。

 どこかの中学校の制服ではないかと思われる。


 いや、待て。この制服……どこかで見たことがある。

 ……そうか。この辺りで有名なお嬢様学校の制服だ。


 前にそこの子に神夜が告白されてたのを思い出した。

 隣にいた巫女が不機嫌になっていたことを覚えている。いや、あれは不機嫌なんてもんじゃなかった。うん。不機嫌で済ませられない。


 あのときの巫女の恐ろしさがいかにすごかったのかを思い出し、今の状況からに戻ってくるのに少し時間がかかった。


 改めて、彼女を見る。彼女は初めて会うこれから一緒に住むであろう俺に驚いているようだった。


 いや、驚きたいのはこっちだ。

 そうか。考えてなかった。


 相手の性別なんてまったく気にしてなかったけど、同性じゃないってことも考えておくべきだった。


「あなたが……凪……君?」


 彼女が初めて俺に言った言葉がそれだ。


 義母さんと同じような反応だ。やっぱり親子なんだなと思った。ただ、俺の驚き方もほぼ変わらなそうだ。


「……ああ」

「今日からお前の義理の妹になる、母さんの連れ子だ」


 父さんが俺の驚く様を笑っている。


「えへへ……よろしくね? お兄ちゃん」


 と、彼女は俺のことを恥ずかしそうにお兄ちゃんと呼ぶ。


 ん? いや、見た目的には確かに義妹にだろうとは思うが、なぜそこで俺をいきなり兄呼ばわりするんだ?


「……ちなみに、何歳?」

「ボク?……十四だよ?」


 自分のことをボク、と呼ぶ彼女は不思議そうな顔をする。

 見た目通りにまだ幼いのだろうか。不思議そうに首をかしげる動作にボブショートの髪型がよく似合う。


「誕生日は?」


 目の前の少女は俺と同じ年齢だった。若干その幼さは信じられないと思いつつも、義母さんも童顔だったことや、まだ十四しか生きてない同年の俺がそう思うのも失礼か。


「十二月二十四日……なんでそんなこと聞くの?」

「……あのさ、同じ歳でお兄ちゃんはないんじゃないか?」


 ちょっと呆れながら俺は言う。


「……お兄ちゃんの誕生日は?」

「俺?……さそり座。と言っておこう」


 あくまで「お兄ちゃん」で通してくる少女に少しいじわる。


「あ、ずるい!  ボクも言ったんだからお兄ちゃんも言うの!」

「ぬぅ……ポッキーの日が俺の誕生日」


 う~む。子供っぽい。……俺よりもしっかりしている女性が妹になってもらっても困るけどな。


「ボクより誕生日が早いんだから、お兄ちゃんでいいの!」

「わかったよ……」


 ため息をつき、諦め顔で俺は答える。この手のタイプは何を言っても無駄だ。


「やったぁ! ボク、お兄ちゃん欲しかったのっ!」


 目を潤ませ、祈るような仕種でうっとりする義妹。


「よろしくな――」


 俺はそこで重大なことに気づき、ぽりっと頬をかく。


「……えっと」


 これからずっと義妹として一緒に過ごすことになる、彼女の名前を聞いてないのだ。


「あ、そっか」


 俺がなにを言いたいのかわかったらしく、義妹は恥ずかしそうに微笑む。


「……ボクの名前は碧。改めてよろしくね。お兄ちゃん」

「ああ、よろしくな。碧」

「あ……」


 俺の言った言葉に何かあったのか、碧は敏感に反応する。


 もしかしたらいつもの目付きの悪い凶悪な笑顔でもしていただろうか。

 よく女性に声をかけるときに笑顔で接することがあるが、こんな風になることがあった。


「……どうか、したか?」


 もし凶悪な顔にでも見えたのならこれからが大変だと、少し今後が心配になった。


「ううん。なんでもないの」


 少し俯いていた碧はそう言った後で顔をあげ俺を見つめたあと、目を閉じ深呼吸する。


「?」

「うん! これからよろしくねっ! お兄ちゃん!」


 一呼吸おいて伝えられた言葉。

 満面な、という表現がまさに似合う、「にぱっ」と擬音がでそうなほどの笑顔。こんな楽しそうな笑顔が存在するのかと思わず見とれてしまった。


 会話することも忘れてしまうほどに。



 それが、この先一緒に過ごすことになる義理の妹の碧との出会い。


 これから、ずっと自分と同じ歳の義妹を持つんだと思うと先が思いやられる。これからはしっかりしないとな。と、心に誓い――







「あれ? お母さんは?」


 そう言えば、階段を一緒に降りた辺りから全然背後に気配がなかったことを思い出す。


 会話にも参加してこなかった。碧の横でいつも通りにやにやしていた空気化していた父さんとは違い、あまりにも碧との出会いに義母さんのことを忘れてしまっていたことを申し訳ないと思った。


「あっ。後ろに……」


 そう、振り返って義母さんを視界に入れたとき、一気に血の気が引いた。

 二階に上がる階段の中腹付近で、義母さんはお腹を抑えて蹲っていた。


「お、お母さん!?」


 焦った声で碧が横を通りすぎて義母さんの元へ。

 今まで空気だった父さんと一緒に唖然として動けない。何があったのか、ただ、唖然と立ち尽くす男ども。


「うぅ……ごめんね。救急車……」

「わかった! お兄ちゃん、お父さん! 早く救急車呼んで!」


 え。なに。いきなり家族崩壊?


 そんな、凄い焦った碧に急かされ、父さんは碧に連れてかれて義母さんの傍で青い顔をしながら、手を握りしめて「頑張れ」と声をかけている。

 なにが起きたのかさっぱりわからず。言われるままに救急車を手配。

 父さんと一緒に義母さんを一階まで運び、ソファーに横にし、苦しそうな義母さんを見ながら俺もなんか「頑張れ」とよくわからないまま、声をかける。

 苦しそうな義母さんを見て、あるのは、ただ漠然とした不安だけ。

 ついさっき会ったばかりの碧も不安そうに義母さんの傍で背中を擦っている。



 そして






 義母さんは病院にて新しい家族に見守られながら……






 翌朝を迎えた時には、





 無事、2930グラムの赤子を出産。


 …

 ……

 ………


 父さん……そう言うことはもう少し気を使いなよ……。

 何でなにも知らない俺と一緒にあたふたしてたんだよあの人は。

 予定日くらい知っていただろうに……。



 そんな俺の想いは、命の誕生の素晴らしさと、


「お兄ちゃん……いきなり妹二人になったねっ」


 あえて言葉にしなかったことを感動のあまり涙目になって危なげなく実妹を抱いている義妹の嬉しそうな笑顔にどうでもよくなった。



 ・・

 ・・・

 ・・・・



 数日後。

 いつもなら寝ているような時間帯に自力で起き――本当は碧に叩き起こされたのだが――普通の学生と同じように朝礼前に到着する。

 珍しい。雨が降る。と同級生がここ最近の俺を見て冗談交じりに笑っているようなそんな当たり前の日常。


「俺もなんだかんだで8割方ちゃんと学校には来てるぞ?」

「そうだっけ? 8割方遅刻の間違いだろ」

「朝は眠いからなぁ」

「それは大体みんな一緒だろ~」


 他愛無い会話をしているとチャイムが鳴り、先生が到着して朝礼が始まった。

 ちなみに、先生も俺がいることに驚いていた。


「おいおい、先生を驚かせたいならなんかこう絵になるようなかっこいい登校してくれよ。お前なら絵になるだろうに」


 よく分からない発言を先生から頂きつつ、


「まあ……もうお前については今日一番の驚きがあったわけだが」


 よくわからない含み笑いをされて、嫌な予感を感じる。


「さて、と。今日転入生がいるので紹介するぞー」


 あああ……嫌な予感よ。消えてなくなれ。



 がらっと入口の扉が開いて現れた少女は、最近毎日よく見る女の子。


「水原……みどり……でいいのかな?」

「はい」


 聞き覚えのある名前と少し緊張しているその声を聞いたとき、もちろん俺は頭を抱えて丸くなる。その名前に辺りが急にざわめき始めた。


「水原……?」

 一人がそう呟くと、クラス中が俺を見る。


「あ! お兄ちゃん!」


 碧の嬉しそうな声にひくっと、顔を引きつらせながら手を振る。

 それだけで碧はさらに嬉しそうな笑顔を向ける。


「お、おにいちゃん…???」


 その一言に敏感に反応するクラスの同級生。

 ちらっと神夜のほうを見ると、にやにやと笑っていた。


「水原のお父さんからたっての希望で、同じクラスにしてほしいとの要望があった。水原の妹さんだ。みんな仲良くするようにー」


 そんな先生の発言に、父さんのいつもの笑顔が浮かぶ。

 俺は今日、そんな父さんを笑顔で一発殴ってやろうと心に決めた。


 これは、そんな日常の一幕。


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