01-02 夢の中の結婚式
三日後に結婚式?
そんな急な話云々の前に。
結婚式についても話してないし紹介もぎりぎりだったし。
そんな状態にうっすら感づきながらも、まさかと思いつつ正解だったことに、驚きと怒りを感じた貴美子さんが、まだ書類上さえも義理の息子になっていない他人の前で盛大な怒りの説教をしてから早三日。
結婚式に、学校を休んで出席する。
最近になってやっと分かった気がする。
父さんは、今まで俺のことは特に気にせず自由気ままにやってたんだって。
むしろ、俺を驚かすことを生きがいに、夜中帰ってこなかったんじゃないかと思うくらいだ。
そんな父さんには、そのうち、痛い目にあってもらおうと思いながら、式は進んでいく。
初めての結婚式会場にびっくりしながらも、何事もなく結婚式は終了。
いや、ね?
結婚式のブーケトスだったかには正直興味ないし。
貴美子さんが持ってたそのブーケが、妙な軌道で俺のところに飛んできて、父さんがニヤニヤしているから「確信犯め」とか思い、レシーブしてそれとなく独り身そうな女性のところに飛ばしてみたりとか、そんなことをした記憶しかない。
ああいうの本気で狙ってる人いるとか聞いたことあるから、俺が手に入れてたらかなり危険だったんじゃないかとは思っている。
気づけば、すでに披露宴会場。
ほとんどつける機会のないネクタイを緩めながら周りを見渡す。
「……結構、人がいるな……」
会場を歩き回りながら呟く。案内人に自分の席を案内してもらい、席に座って待っていると、披露宴が始まる。
流石に披露宴の催しで、ブーケトスからのレシーブとかはないらしい。
……ブーケを手に入れた女性にはとどめのアタックを是非頑張ってほしいなと思った。
周りの席は二人の知り合いで埋まっており、それなりな年の人が多く、俺のような中学生はいない。俺は親族席に一人座っている。
催し物も終了し、お色直しで二人が去っていく。
「しばらくご歓談を」と言われて、俺の座っている机に俺しかいないのにご歓談ってなんだと思っていると、服装が変わった二人が戻ってきた。
結婚式と披露宴の最初まではウェディングタイプだったが、戻ってきた二人は和風にまとまっていた。
いつものだらしない父さんを見ている俺としてはかなり新鮮で、びしっと決まっている父親なんて久しぶりに見た気がする。
貴美子さんもとても奇麗だった。
四十近くなのに、元々童顔な為か二十台でも通りそうな若々しさがあったので、和服がよく映える。
そんな貴美子さんに、女性って凄いんだなと、驚きを隠せなかった。
少しお腹がポッコリしているが、お腹を痛めないように軽く締めているからそのように見えるのかなと思った。
太っている。
そんなことを言おうもんなら、以前みた怒りの形相が俺に向けられるので、絶対に言わないが。
二人が現れると式は進み。
二人の馴れ初めが聞けるのかと思っていたが、まったくそんなことはなく。
貴美子さんも再婚と聞いているので、何で二人がそういう関係になったのか気になるお年頃でもある。
職場等で知り合ったのではないかと推測はしているが、それを俺から聞くのも、父さんのニヤケ顔に続いてのドヤ顔、からの弄りのオンパレードが披露されそうなので俺から聞くのも何だか負けた気もする。
そんなことを考えつつしばらくぼーっとしていると、妙なことに気づいた。
俺の座ったテーブルに俺だけが座っていると言うことだ。
親族代表として、俺の家族は父さんだけなので俺一人なのは正しい。
小学生の時に、父さんから天涯孤独の身だから親族はいないと、天涯孤独の部分を強調して言われてすごくイラっと来たのは覚えている。
いや……天涯孤独の部分には字面的に「やべぇ、まぢかっこいい!」とか思ったのは覚えている。イラっときたのは父さんのドヤ顔に、だ。
天涯孤独の意味を知ったときは、流石にどうかと思ったが。
貴美子さんの家族構成を全く知らないわけで、そこに違和感があった。
結婚式、披露宴ともに、お互いの親族がまったくいないのだ。
なのに、俺の隣の席にはなぜかもう一人分の食事が用意されている。
俺には「天 涯 孤 独」がかっこいいと思っている父さんくらいしかいないわけだから、そうなると、貴美子さんも再婚だから連れ子がいる、ってことになる。
学校をサボったりする、不良一歩手前のやんちゃ坊主と思われているであろう俺でさえ祝い事――ほぼ強制だが――に参加しているわけで、こういう祝い事に参加しないとか不思議に思う。
「……遅れて来るのかな……」
そんな疑問を呟きながら、目の前に注がれていたグラスを持ち、一気に飲み干した。
未成年の席になんてものを置いておくんだと飲んだあとに思ったが、中身はちゃんとジュースだった。
さっき、席に座って酒やらなんやらを知り合い達にずっと注がれていた父さんが、こそっときてにやにや笑いながら置いてったものなので、罠かと思っていたことをすっかり忘れてしまっていた。
主役なのに、どうやってここまで来れたのかよくわからない。
お祝いとして注ぎにきた人に失礼なんじゃないか? ああいうのって飲めなかったりしたら机の下に捨てる容器とかがあるんじゃなかっただろうか。
高砂席に座る父さんを見てみると、知り合いに注がれた酒を口もつけずに笑顔で机の下の容器に捨てている光景が目に入った。
「せめて一口くらいつけろよっ」と注いだほうも笑っている。
「ばっか、後でこのバケツの中のもの、まとめて飲むつもりなんだよ」
「ほぅ……本当に、飲むんだな?」
「すいません。ナマ言いました」
……何やってんだあの人。
「では、新郎の息子さん、凪君から、お祝いのお言葉を……」
「ふぉえ?」
いきなり背後にいた司会者に言われ、俺は変な声が出てしまった。
司会者の持っていたマイクが俺の声を拾ったがために周りに俺の間抜けな声が響く。
辺りからくすくすっと笑う声が聞こえ、頬を赤くしながら、緩めていたネクタイを締め直し、マイクを受け取り、立ち上がる。
とりあえず辺りを見渡し、一礼。
顔をあげると、俺を見て驚いている人がいる。
「あれが
「大きくなったなぁ……」
などといった声がぼそぼそと聞こえてくる。なぜか泣いている人もいるが、懐かしんでくれている人もいてほとんどが好意的な印象だった。
俺にはまったく記憶にないのだが……。
そんな中、俺のことを軽蔑したような目で見ている人達も目に映る。
見た目の問題であろうとは俺も思っている。
傍からみても俺はこういう場所にそぐわない姿だろうと感じていた。
茶髪で、片耳にピアスをつけていて、目つきも悪い。目つきのせいで、よく女の子に怖がられている。そんな姿だ。
これでも、俺にしてみればできる限りの正装だ。
髪色は母親から譲り受けたであろうものであるし、せめてピアスを外せばよかったのかもしれないが、ピアスも母親の形見として父さんから常に身に着けておくよう昔から言われていて習慣化している。
こういった時でも外すなと言われたほどの徹底ぶりだ。
目つきは……どっちに似たんだろうな……。
このせいでいろんな目でみられることもあって、そういう目線にも慣れたものだ。
ふと目線を父さんと義母さんに向けると、父さんはにやにやと笑っていた。
あ、これ。絶対わざとだ。
貴美子さんは「ごめんね」と声を出さずに手を合わせて苦笑いしている。
あ、これ。二人して楽しんでるやつだ。
そうか。そもそも結婚式って式場の人たちと催しを考えたりしてるんだし、これも二人が考えたサプライズ的なやつか。
って、誰得サプライズ? 損しかない。
「……僕は、今まで男手一つで育ててくれた父に感謝しています。そして、幸せになって欲しいと願っていました」
まあ、こんなこともあろうかと、スピーチは考えてはいたのでそれを話せばいいだけだ。
「貴美子さん。……いや、今日からはお義母さんですね。父はいろんな面で頼りないと思います」
そんな言葉に、父さんが少し慌てた顔をした。
「父は、料理ができません。
洗濯物も干せません。
掃除もしたことがありません。
毎日のように寝室があるのにリビングのソファーで寝ます。
極めつけは、風呂に入らないこともあります。以前、異臭を発していたことがあって、なぜか僕が風呂にいれて全身洗ったこともありました。
僕はこの人の嫁かお母さんなのか? と思いながらソファーで寝てる父さんに毛布をかけたことがありましたが、これからお義母さんが引き継いでもらえると思うととても嬉しいです。
さすがに中学高学年でそこまでやるのも恥ずかしいですので――」
――ん? あれ……?
前に感じた通り、なんで俺この人の面倒見てるんだ?
そこで言葉を切ってしまったことで、辺りから笑いが出ていたことに気づいた。
父さんもちょっと恥ずかしそうに「そこ言わなくてよくねっ!?」とか言っているが気にしない。
一度咳払いをしてから言葉を続ける。
「失礼しました。言葉にしてみたら意外とだらしなかった思い出しかなかったので少々思いの丈が湧き上がってしまいました。
あ。そう言えば。コーヒーを入れることだけが上手いです。
そんな父を、一緒に叱りつけれる人がいるのはとても心強いです。
これからは彼ともども……よろしくお願いします」
考えていたものよりは遥かに長い話となってしまっていた。全部、自分の本当の気持ちだ。
……家のことをしないのも本当だし。
目を閉じ、一呼吸。いつも最後を締めくくる時、一呼吸おく癖ができていた。
深呼吸して、閉じた目をゆっくりと開けるが、まだ緊張していた。
思わず、落ち着かせるためにピアスにデコピンをかましてしまい、キィンっと音が鳴った。
その音が、少し優しげな音に聞こえて、一気に心が落ち着いた。
……ただ、マイクがその音を拾って辺りに響いたのは頂けなかった。
「結婚、おめでとうございます」
ちゃんと笑顔ができただろうか。
俺が本当に二人を祝福したいと思っていることが通じてくれれば嬉しいと思った。
マイクを返し、一礼をして席につく。
周りを見ると、笑顔で拍手している人もいれば、なぜか泣いている人もいる。
泣くようなスピーチでもなかったと思うんだが……。
父さんの暴露話がほとんどだし?
「……ふう」
またネクタイを緩め、俺は椅子に深く腰を下ろす。
「……まだ、来ない……」
隣の席に用意された豪華な食事を見て呟く。
しばらくしてグラスに飲み物が注がれたので、それを受け取り、少しだけ口につける。
俺は、未 成 年 だっての。
なんで注ぎに来たんだこの人は。
そう思い、注いだウェイターに文句をつけようと顔を向けた。
……あ、ウェイター違う。
これ、父さんだ。
「えー。こんな時になんですが。息子はイケる口ではあるのですがまだ未成年なのでほどほどにお願いします」
急にマイクを奪ってにやにやと周りに当たり前な注意を促している。
促しているが、あれは振りだ。
今までうずうずしてたのか、話したくて遠慮してたのか、父さんの知り合い達がお酒片手に群がってくる。
そう、ここはすでにお酒で軽く酔った大人ばかり。
知り合いの中に紛れて、父さんは大笑いしながら俺の肩をぽんっと叩いて一言。
「凪、知ってるか? 披露宴っていうのはな、未成年でもばれないようにお酒が飲める場所なんだぞ」
……
…………
………………は?
んなわけあるかっ!
こればれたら絶対警察のお世話になるやつだぞ。
そして、隣の席に誰も来ないまま、式は終わりを告げた。
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