一章:それが夢であれば
夢の始まりと普段の生活
01-01 夢の始まりは再婚から
記憶が流れていく。
そう言えば、父さんから再婚をすると聞かされたあの日から、変わらない退屈な毎日が、妙に忙しい毎日に切り替わり、それが、幸せの始まりだったような気がする。
「凪、学校にも伝えてあるが、早退してきなさい。話がある」
そう、玄関で父さんから言われたことが始まり。
適当な返事で返し、いつも通りに家を出る。
大理石に明朝体で「水原」と表札を掲げた平凡な二階建ての家から中学校へ向かう。
そんなことを言われたものだから、絶賛早退中なわけで。
始業式が終わって中学三年になったばかりなその日に早退。
始業式後に何かしらの話があったような気もしなくもないが始業式が終わってすぐに外へ向かったのでよく覚えてない。
「ま~た、同じクラスだったな。凪」
そんな早退中の俺の横にいる男が話しかけてくる。
サンタが身に付けているような帽子を被った、左目の下に泣きぼくろがあるのが特徴的な同学年の男。
何かしらを隠してるのかと思えるほど毎日帽子を被っているが、見慣れているので不自然は感じない。
学校には許可を得ているためうるさく言われることもないが、神夜を見て勘違いした低学年生がおしゃれして学校に来てしまうことがあり、「なぜお前だけ」と恨みをもたれてもなぜか帽子は外さない。そんなやつだ。
そんな反感を持たれる気の合う親友なんだが、それ以上に反感を持たれていることが、こいつにはある。
「何で三年間一緒なんだ?」
「俺に聞かれても知るかよ。あ~あ……」
「授業サボってる時点で、サボり癖のある二人を他の教室に置くより一緒にしておいたほうがいいって話だろうけど」
「そこまで分かってるなら聞く必要なくねっ!?」
そんな話をしていると、神夜が盛大にため息をつく。
ため息をつく理由が、しょうもないことは、長年付き合っていてよぉく分かっている。
「……なんだよ?
「いや、別にあいつとはいつでも会えるし。そもそも、家隣だし?」
「ああ……なんか、リア充っていうか……隣の幼馴染の女の子が彼女で可愛いとか、探して見つかるのかってレベルだ。どんだけ盛ってるのかと」
「ん~? それよく言われるっ!」
そんな、校外からも人気の美少女を恋人としている、リア充な親友の眩しい笑顔に若干いらっとした。
「可愛い彼女がいるだけましだろ……」
「可愛いって……あれおま――」
「はいはい。お決まりの言葉をどうも」
「どういたしまして」
二人で呆れ、しばし沈黙。
沈黙の後にどちらともなく拳を差し出しこつんっと合わせて元通り。
そんな、いつもの関係。
大好きでたまらない恋人と一緒のクラスになれなかったことがため息の原因、と。
リア充め。爆ぜてしまえ。
これがなければいろんなところから恨みも持たれなかっただろうに……。
「そういや、今日の帰る理由って、
他愛のない会話をしながら歩いていると、俺の早退理由に話題が変わった。
基大――
母親は産まれた時に亡くなったと聞いているため、俺の家は父さんと俺の二人家族だ。
母親の写真はどこにもなく、どんな人だったかはしらないが、唯一残っている、今は俺の片耳にぶら下がる形見のピアスが俺にも母親がいた、と思わせる程度。
なので、産んでくれた母親より、男手一つ育ててくれた父親に、感謝しているので、早退しろと言われれば早退さえしてみせる。
サボりたくて帰っているわけでは決してない。
「あ~……うん。まあ、珍しいか、な」
「親公認でサボれるっていいよな」
「というか、お前は何で一緒にいるんだよ」
「俺は、ほら……大事な大事な凪君がちゃんと家に帰れるのかなって――」
「あ、家についた。じゃあな」
「俺のボケにツッコミなしかっ。このモジモジとした乙女ちっくな指とかどうしたらいいんだ俺は!」
とか何とか言いながら、手を振りつつどこかへと去っていく親友という名の悪友。
こいつは何で早退の俺についてきたのか。
本当に俺が心配でついてきたということは絶対にないと思う。
そんな神夜を見送り、俺は玄関のドアノブに手をかけるが、開けるべきか躊躇する。
実は、今日の早退理由については、ちょっと心当りがあった。
その心当りに、俺はどうしたらいいのか、心の整理はまだつかない。
もう少し待ってほしかった所ではあったものの、今日がその日なんだろうと思っている。
片耳にぶら下がる丸い宝石をデコピンで軽く弾くと、キィンっといい音が響く。
落ち着くその音を聞いて、覚悟を決めて家の扉を開ける。
「ただいま」
玄関で靴を脱いでいると、女性物の靴が目に入った。
女性の家族はいないので、お客さんが来ていることがすぐに分かる。
……分かったのだが、これが心の準備の原因だ。
嬉しい話なのは確かではあるのだが……。
「ん、もう帰ってきたのか?」
俺の声に反応して、父さんがリビングから顔を出した。
「帰って来いって言ったの、父さんだろ」
「いや、そうなんだが……まあ、いいか。凪、紹介したい人がいる。そのままでいいからこっちへきなさい」
そう言われて、リビングへと一緒に付いて行き、入ってすぐ、立ち止まって片足一歩後退する。
ああ……やっぱりそうか……。
自分の考えが合っていたことに、嬉しい半分、戸惑い半分。
ドキドキと心臓は高鳴り、どうしたらいいのか、どう答えればいいのか、必死に言葉を考えていく。
分かってはいたものの、実際その場になったらそんなこと考えられないほど緊張している自分がいる。
「……あなたが……凪君?」
女性がいる。
全然知らない人だが、これから末永く知る人にはなるのであろう、父さんと同じくらいの歳の女性だ。
「えーっと……どなた、かはなんとなく知りませんが、ごゆっくりと」
「凪……言葉がおかしい上にうっすらわかってました発言はないだろう……」
「いや。靴、あったし」
父さんが苦笑いしながら女性の隣に立つ。
真剣な顔をして俺をじっと見つめて「こほんっ」っと咳払い。
ああ。やっぱりこういうときは、父さんも緊張するんだな。と父さんの顔を見て思った。
いい声で必死に次の言葉を出したいんだろうけど、必死に咳払いしすぎて軽くむせ始めた。
呆れた女性に背中をさすられている所をみると、なんかいい感じの二人だな、と雰囲気に和む。
ただ、俺の頭はどう接すればいいかフル回転で考え中な訳だが。
「お前の母親になる人だ」
結局、上ずった声で伝えられた父さんの一言がそれで、その言葉の後、義母予定の女性の顔が強張る。
前から父さんの行動は変だと思っていた。特にここ一週間は俺の名前を呼んでは話を止めることを繰り返す。何度もそんなことされれば薄々気づく。
だから、その時の為に前準備もしてきたつもりだ。
……つもりなんだが、いざその場にとなると、やはりこっちも緊張はする。
「……言い出せなくてすまん。凪は父さんと貴美子さんの結婚を許してくれるか?」
父さんの顔は、今までに見たことのないような真剣な表情で、二人揃って緊張してるのが手に取るように分かる。
俺は、その言葉に、何を今更と思いながらため息をついた。
「まず、父さんに一言」
その言葉にびくっと父さんが震えた。
「母親になる人って今言われたけど……」
父さんの再婚に反対なのか賛成かなんて俺のなかではすでに決まっている。
俺は父さんには幸せになってほしいと思っている。
忙しいときも、仕事の合間に面倒みてくれたりしていた父さんが、誇らしい。
だからこそ、俺なんかに時間とるんじゃなくて、もっと自分に時間をとってほしいと思っていた。
もう後一年もすれば、俺は高校生だ。
とっくに親離れしていいとも思う。
父さんは。
俺が小学生の頃から家にほとんどいないし。父さんを待っていても帰ってこないから、夜中に寂しく一人で過ごさせられたりもした。
朝起きてこない父さんを毎日必死に起こして朝食作ったり。
脱ぎ散らかした服とか片付けないから、朝に洗濯機に放り込んで、干してからぎりぎりになって学校に行くのが日課だったし。
授業中に外みたら雨が降り出して、洗濯物干した意味がないと
洗濯物がまったく取り込まれていなくて濡れた洗濯物を父さんに叩きつけて起こしたこともあった。
そんなことが当たり前になっちゃうほど家事全般がまともにできない父親だ。
おかげで俺の家事スキルは熟練主婦級だ。
ご近所さんからもよくできた息子さんだと言われる始末だ。
……あれ? そう考えると、父さんは自分の時間があった、のか?
おかしい。
ここ最近も父さんの掃除洗濯食事の用意もしてるし、なんで俺が父さんの飯を作ったりしなくちゃいけなかったんだ?
普通は、親が朝早く起きて食事を作るのでは? それを小学一年頃からずっとやらせてる時点でおかしくないか?
「……凪?」
考えてた時間が結構長かったらしい。
はっと我に返り、再度父さんをみる。
そう言えば、物凄い中途半端なところで言葉を止めてしまったような……。
こういう時に一番とめちゃいけないところで止まっていた気がする。
貴美子さんが泣きそうな顔をしていた。
「ああ、ごめん。ちょっと考えてたら父さんに対する怒りが若干……」
「父さんに対する怒りってなに!?」
「まあ、そんなことはどうでもよくて。何を言いたいかっていうと、俺、今初めてそういう話をされたわけで。貴美子さんの名前さえもはじめて知ったし、どう声掛けていいかさえもわかるわけないだろ」
「それが――」
「それが狙いで驚く所みたかった、と。であれば残念。この話自体は知ってた」
普段から無防備に中途半端なことをするから気づかれるんだ。
「さて、と。父さんの驚きとかそういうのはどうでもいいとして……父さんと、貴美子さんに一つずつ、お願いがあります」
ピアスにでこぴんをすると、キィンと鳴る聞き慣れた音に、少しだけ落ち着くことができた。
「……父さんには母さんのことを結婚しても忘れないで欲しい。……俺は、母さんのことをまったく覚えてない。でも、俺を産んでくれた人なんだからもちろん忘れてほしくはないと思ってる」
とは言っても、母さんを知らない俺としては、貴美子さんが初の母親として認識することになるわけだが。
そう考えると、やはりこんな年になってからこう言うのも恥ずかしいと思った。
「貴美子さんには……」
そう、呼んでみるが、貴美子さんと呼ぶのも恥ずかしさがある。なのに、貴美子さんをこれから別の名前で呼ぶのに、俺は恥ずかしさに耐えれるのだろうかと心配になる。
母親を知らない俺としてはどうやって接すればいいのかさえもよくわからない。
わからないが、だからこそ、俺から一歩踏み出そう。
「……
その俺の言葉を聞いたとき、父さんは嬉しさのあまり、少し涙を浮かべていた。
貴美子さんが頷き、涙を溢す。
正解、かな?
これからの新しい生活の第一歩として今の一言が正解だったのであれば嬉しい。
「凪……ありがとう……」
父さんのその言葉に、思わず俺ももらい泣きしてしまった。
「じゃあ、三日後に結婚式だから、よろしくな!」
「……あぁ?」
……今、なんて言った?
結婚式? 三日後? 俺の準備は?
もう、その一言で全部台無しだ!
俺の感動を返してくれっ!
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