刻旅行 ~世界を越えて家族探し~
ともはっと
??章:ターニングポイント
??-?? ターニングポイント
辺り一面が赤く染まっている。
それは夕暮れに染まった赤でもなく、ゆらゆらと周りの木々を染め、黒い煙を吐きながら辺りを照らし続けていた。
俺は一人、そこにいた。
目の前には壊れた飛行機。
規模でいうと大きめな、翼もなく、ホットドッグのようなつるっとした本体のみがそこにある。
まるで中途半端に食い散らかされたホットドッグのよう――いや、ホットドッグで例えるのはやめよう。
ただ、食い散らかされた、というのは、あのときの状況としては合ってたのかもしれない。
その飛行機の半分程は、千切れて近くになさそうであった。
かなり遠くから木々を薙ぎ払い、大きな跡をつけて地面にめり込んだのであろう。頭部は、土に埋もれて辛うじて見える程度。地面を削り、盛り上がった土がこの飛行機を止めることに活躍したようだが、本体から漏れた燃料が周りの木々に摩擦熱とともに大量の炎をまき散らしたのだろうと簡単に見て取れた。
それが周りの「赤」の正体。
その熱風が自分の体を焦がしているのはわかるのだが、いまいち感覚がない。
目の前の無惨な飛行機は、俺が乗っていた飛行機だ。
中には大勢の人が乗っていた。
機内で起きていた阿鼻叫喚の地獄絵図は今はすでになく。後部に空いた「穴」から空へと放り出された人が多かったこともあり墜落直前にはもうほとんど機内に人はいなかった。
もしいたとしても、動けなかったり、すでに死んでいたり。中には気絶していた人もいたのかもしれない。
この飛行機の墜落具合からして、生きているとは考えにくい。
だからこの場にいるのは、俺一人だけなのであろう。
「父さん……義母さん……」
赤く燃え広がる森林地帯を見ながら、俺はぼそっと呟いていた。
大切な人達も後部に開いた穴から空へと放り出されていったのは鮮明に覚えている。
だからこそ、俺以外に生存者がいたとしても、そこに大切な人がいないと分かっているから、生存者を探したいとも思えなかった。
探して生存者がいたとしても、いるかもしれない生存者と一緒に協力してこの場から逃げようとか、そんな助ける気力も沸いてこない。
目の前にある飛行機を、ただ、周りの木々を燃やすだけの燃料としか思えなかった。
そこに肉が焼ける匂いが漂っていようが、肉片がその辺りに少なからずまき散らされていようが、俺にとってはどうでもいいことだ。
例えばその辺りに落ちているいくつかの肉片は俺の体の一部なのかもしれないとふと思ってみても、それがこんがり焼けた香ばしい肉の匂いなわけもなく、ただ不快な生焼けの匂いをまき散らしているだけだし、ガソリン特有な匂いのほうが強い。
匂いが充満していることから間もなくまた爆発でも起こすのであろう。辺りに落ちている肉片も、爆発の衝撃や爆風で飛び散って塵のように俺もろとも消えるはずだ。
こんな状況だからこそ心が折れているのだし、帰ってくるはずのない大切な人達を想って呟くことしか今はできなかった。
「碧……」
どうして掴めなかったのか……
自分の手を、じっと見続ける。
掴めなかったもの。
それは、大事な義妹の手。
俺に向かって懸命に手を伸ばしながら飛行機から外に消えていく義妹が鮮明に思い出せてしまう。
守りたいと思った。
だからこそ必死に。飛行機が落ちると分かった時に必死に手繰り寄せた。
でも、それだけでは足りなかった。
なぜ、あのとき掴んでおけなかったのか。
掴めていれば、もしかしたら義妹は助かったんじゃないか。
「……助かっても、無理か……」
一縷の望みを持って探そうにも、気力も体力も残っていない。
先ほど呟いた言葉も、口の中に広がる鉄の味と液体でまともに言葉になっているのかさえも怪しい。
当たり前か。飛行機の墜落事故で生きているほうが不思議だ。
辺りは赤く明るい。
でも、それは周りだけだ。
空を見上げれば、黒と灰色の煙の間にぽつぽつと広がる星が見えた。
この辺り以外は真っ暗な闇なのであろう。ただ、その闇は少しずつ赤に浸食されている。
炎の勢いは激しさを増していた。
救助が来たとしても、今この自分の状態がもつわけがない。
骨は何本も折れ、ずきずきと悲鳴を上げている。
臓器にも深刻な影響を与えていると思う。でなければ、口から絶え間なく赤い液体が流れるわけがない。
結局助かったのではなく、少し生き長らえただけ。
家族の誰かがここで一緒にいたとしても、死んでいる姿をみるか、どちらかが看取る結果になっただけだ。
自分が死ぬときにそばに誰かいてほしかったわけでもない。
ただ、ただ、助けたかった。
あの時はその想いしかなかったが、今はその想いも空しい。
あの状況であれば、IFの話を考えても飛行機は墜落という結果は一緒だったとも思わなくもない。
あるのであれば、飛行機は墜落せず、俺の家族もそのまま生きていたという世界もあったのかもしれない。
飛行機に乗らなかった選択肢もあったのかもしれない。
そこで俺自身が生きているのであれば、家族と共に過ごせているのであれば、少し妬ましくもあるが、成り代われるわけでもなければ、こんなことが起きるなんて誰が予想できるのか。
結局、どうやってもこういう結末だったと思えば、少しは諦めがついて気分が楽になった。
鼻が湿った土の香りを嗅いでいる。気づけば俺は地面に倒れこんでいた。
いつの間に倒れこんでいたのか。意識が朦朧としていて分からなかった。
いや、最初から倒れていたのかもしれない。
足、ないわ。
「ごめんな……」
ここで、静かに自分の死を待とう。
誰も、助けなくていい。
「父さん、義母さん、碧……」
本当に、死にそうなときは眠くなるんだな……。
ゆっくりと目を閉じる。
目の前に広がるのは周りを灼きつくそうとする真っ赤な赤ではなく、暗闇。
何も映さない、闇。
その暗闇の中に、俺は自分の思い出を垣間見た。
走馬灯ってやつかな。
今はその思い出に浸ろう。
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