エピローグ

 しかし、流石にまだ俺の方が若い。

『親分』より数歩は早く現場に着いた。だが、後ろから『親分』が俺の肩を抑え、目くばせをしてくる。

(ここは俺が行く)

 明らかにその眼はそう言っていた。

 仕方ない。ここは花を持たせるか。

 俺は『親分』の背中をぽんと叩いた。

『おい、チンピラども!』

 低く、鋭く、そしてあたりに響き渡るような大音声だ。

『寄ってたかって素人さんに手出しをするなんざ、それでも男か?!』

『なんだ?ジジィ!』

真一の襟首をつかんでいた男が、目を吊り上げてこっちをにらんだ。

『ジジイ、怪我したくなかったら、大人しく帰んな!』

 背の低い別の一人が、ナイフを抜いた。

 だが、

『親分』の動きの方が、連中より遥かに早かった。

 70を超えていると思われるのに、修羅場で鍛えた闘争本能は決して衰えてはいないものだ。

瞬く間に、チンピラ四人をのしてしまった。

『や、野郎・・・・』髪の毛を逆立てたデブ男が、懐に手を突っ込んだ。

(出番だな)

腹の中で呟くと、俺は愛用のリヴォルヴァーを抜き、空中に向かって一発発射した。

『おいおい、そこまでにしとけよ。じいさんの後ろにはちゃんと援軍が控えてるんだぜ』

 チンピラたちはすっかり真っ青になり、或るものは鼻血を流し、或るものは青タンを顔中にこさえて、ヨタ付きながら逃げ去っていった。

『やっぱりねぇ・・・・』チンピラ達がいなくなった後に、一丁の拳銃が残されていた。玩具みたいな安物の模造拳銃だ。

『真一さん!真一さん!しっかりして!』

 牧村かおりは真っ青な顔でへたり込んでいる恋人の肩に手をかけて、盛んに揺さぶっていた。俺や『親分』の存在など、まるっきり眼中にないかのように・・・・。



『哀れ秋風よ、心あらば伝えてよ・・・・男ありて、一人夕餉にさんまを喰らう・・・・』

『親分』は、猪口をなめながら、独りごちた。

『佐藤春夫、ですかな?』

俺は徳利をとり、盃に酒を注いでやった。

『探偵さん、あんた、意外と学があるねぇ』

『親分』はそれをなめながら苦笑いした。

彼の行きつけの呑み屋である。

 あの後、すぐに銃声を聞きつけた誰かが警察を呼んだんだろう。パトカーがやってきて、俺たちは事情を聞かれた。

 俺が探偵免許とバッジを提示すると、警官はあんまり信用してはいなかったようだが、渋々ながらも状況を飲み込み、

『明日にでも最寄りの警察に出頭するように』と言い残して去っていった。

 牧村かおりと久保田真一は、俺と『親分』に礼を言ってくれた。

 しかしそれは『危ないところを救ってくれてありがとうございました』という以上の何物でもなく、ましてや親分が自分のライブに度々来ていたことなど、殆ど覚えてもいなかったようだ。

『あれで、良かったんですか?本当に』

『良かったのさ、そう思うより仕方あるめぇ』親分はそう言ってまた、盃を舐めた。

 今度はカラになった俺の盃に注いでくれた。

『さんま、さんま、秋刀魚苦いか、しょっぱいか・・・・』

 俺が呟くと、

『探偵さん、今日は帰さねぇぜ、夜っぴて呑もうじゃねぇか』

 そういって、また徳利の追加を大声で頼んだ。


*)この物語は作者の創作です。登場人物その他は、すべて架空であります。












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哀れ秋風よ 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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