男ありて・・・後編
それから数時間後、もう夜の6時30分を回っていた。
俺と『親分』は、新宿のライブハウスに来ている。
狭い店内は立錐の余地がないというくらいぎっしり・・・・と言いたいところだが、そうでもない。まだ7部ほどの余裕があるが、それでも熱気で漲っていた。
俺と『親分』は一番後ろの壁際にもたれて、ステージ上でシャウトしている彼女を、じっと眺めていた。
いや、これは正確な表現ではないな。
『じっと眺めていた』のは、俺だけだった。
隣に立っている『親分』は、他の若い観客と同様にエキサイトしていた。
俺はそんなに物堅い人間じゃない。
音楽だって聴くし、楽しいと思うが、ロックのこのノリにはついてゆけない。我ながらおっさんくさいとは思うが、俺よりもはるかに年上の『親分』が、これほどまでにロックのリズムが分かるとはね。
結局『親分』は、ラストまで若者に交じってノリまくっていた。
『若いねぇ』
会場を出た時、俺が言うと、
『俺には探偵さんがノレないのが理解できん』だとさ。
まあいい、若いってのはいいことだ。
『なあ、探偵・・・・いや、乾さんだっけな?あんた、イケル口なんだろ?』
そういって猪口をくいッと上げるしぐさをして見せた。
『ロックはダメだが、酒なら何でも』
『だったら付き合ってくれ!俺がおごるらからよ。』
『親分』はなんだかひどく上機嫌だった。
ライブハウスの階段を上がり、外に出ると、もうすっかり辺りは真っ暗になっていた。
『この先によ、俺が最近見つけた店があるんだ。まああんまり綺麗じゃねぇが、酒と肴はそれなりに吟味してるからよ』
『親分』は俺の肩を抱いて笑った。
だが、俺は彼の心の内が分かっていた。
そりゃそうだろう。
初めて本気で惚れた女に男がいたってのに、そう簡単に吹っ切れるわけがない。
ま、そんなのはどうでもいいことだ。
せっかく依頼者が誘ってくれてるんだ。
有難くゴチになることにしよう。
すると、その時である。
辺りに響き渡るような悲鳴が聞こえてきた。
(なんだか、昔の活劇映画みたいだが、本当にそうなんだから仕方があるまい)
俺たちが顔を向けると、百メートルほど向こうの公園の辺りに、何やら人が争っているのが見えた。
『親分』は何かを察したのだろう。こういうことは、流石の俺よりも鋭いようだ。
70過ぎの年寄とは到底思えない速度でダッシュした。
俺も負けじと後に続く。
そこでは四人ばかりの、見るからに『チンピラ』と思しき風体の野郎どもが、一組のカップルを撮り囲んで何やらもめていた。
『だ、だから今日はこれだけしか持ち合わせが・・・・』男が辛うじて女を庇いながら、蚊の鳴くような声を出した。
『ふざけんなよ。あんちゃん。人にぶつかっといて何寝ぼけたこといってんだ。ああ?』
チンピラの一人が定番の『脅し文句』を口にした。
そのカップル・・・・紛れもない、牧村かおりと、その彼氏である、久保田真一だった。
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