彼女について・・・・その1

 俺はその日から、

『牧村そのか』について調べ始めた。

 彼女は19歳、職業はロックシンガーである。

 とはいっても、まだメジャーデヴューはしていない。歌唱力もあり、それなりに人気はあるのだが、まだまだあの世界では今一つ・・・・つまり古臭い言葉で言えば『華がない』というのだろうか。

インディーズで何枚かアルバムは出していたが、そこから先が繋がっていないのだ。

 午前中はレストランのウェイトレスと、本屋の店員のバイトを1日おきで掛け持ちし、夜は夜でライブのない日はスナックで働いている。

 生活ぶりは至って真面目で、中野にあるワンルームマンションに一人暮らし、家賃も滞納したことはなく、近所の住人にもまめに挨拶をしている。

 ただ、その分ライブの時だけはシャウトし、これが同じ人間かと思えるくらいのエキサイティングなステージを見せていた。

 俺はロックについては良くわからんが、確かに歌唱力もあるし、線としては決して悪くはないのだが、どういうものかもっとぱっと弾けるところがないのだ。

男出入りの方はまったくない。

 バンドのメンバーはヴォーカルの彼女以外は全員男性なのだが、その誰とも特別な関係にはないようだ。

 メンバーとは、良きライバルであり仲間、という以外、特に何もない。

 何でも、高校を卒業してすぐに、栃木の田舎から出てきて、それ以後ずっと夢を追いかけて、東京で暮らしているという。

 親子、いや、ことによると祖父さんと孫くらいの年齢差があるというのに、親分が一体彼女のどこに惚れたのか・・・・?

 ことによるとこうした今どきの女にはないような、

『叶わぬ夢と半分は知りながら、いつまでも諦めない』という、その姿勢にぐっと来たのかもしれない。

一週間は彼女に張り付いた。

特に何も起こらなかった。

そこまでは、だ。

問題はそこから先である。

俺はいつものようにつかず離れず、彼女を尾行していた。

今日のスケジュールだと、彼女は本屋のバイトを終え、このままライブハウスでステージに立つ筈だ。

だが、仕事を終えて書店から出てきた彼女は、いつもと何だか雰囲気が違っていた。

何がって?

それがはっきり分かれば苦労はしない。

何となく、というやつだが、こういう時の『カン』てのは、悪いことにあたってしまうことが多い。

彼女は地下鉄の入り口まで、ほんの数メートルというところで、急に足が速くなり、表情がぱっと輝いた。

まずい、やっぱり当たっちまった。

入口の階段のところに、男が一人立っていた。

彼女はその姿を見つけると、顔中に満面の笑顔を浮かべ、男の腕に自分の腕を絡めた。

しかし、これも仕事なのだ。

一旦引き受けた以上、最後までやり遂げねばならぬ。

俺は地下鉄の階段を下りてゆく二人を追って、地下鉄に急いだ。



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