『親分』からの依頼 その2

『親分』がテーブルの上に置いた一枚の写真・・・・というよりそれは最近の言葉で言うならば『チェキ』というものらしいが・・・・には、髪の長い、黒づくめのタイトなコスチュームをつけた女性が、ギターを抱いてポーズをとっていた。

『牧村そのかっていうんだ』

『親分』は、顔を真っ赤にしてぼそぼそと言った。

 話は1年ほど前に遡る。

『親分』は独身である。

 一度も結婚歴はないそうだ。

『あの世界』では、

『切った張ったの世界で、いつどうなるか分からない。女子供はいざという時邪魔になる』という考え方が昔からあったという。

 勿論今ではその筋の女房をヒロインにした小説や映画がヒットするくらいだから、女房持ちというのも別に珍しくはないし、持ってはいけないと決まっているわけでもないので、普通に家庭があるのも珍しくはないのだが、

『親分』の時代にはまだ昔ながらのそうした考え方をしている人が珍しくなく、彼もその古い考えを継承して、独身だったということだそうだ。

無論、愛人は何人かいた。

内縁関係というやつだ。

だが、戸籍上はあくまでもきれいなものである。

その愛人も、引退をして堅気になった時、渡すものを渡して、すっぱりと縁を切った。

いや、向こうから離れていったという方が正解だろう。

しかし、幾ら強がりをいっても、流石にいい歳なのだ。

『おひとり様』というのは寂しいものである。

或る時、自分が取引のある会社の社長に、

『ライブハウス』というところに連れてゆかれた。

勿論、そんな場所に行ったのは生まれて初めてだった。

 そこでロックバンドのボーカルとして歌っている彼女の姿を見たのだ。

『親分』にとって音楽と言えば、演歌か、せいぜいジャズぐらいしか知らなかったのに、彼女のエネルギッシュな歌唱力には、一遍で魅了されてしまった。

それから後は、機会が有るごとにライブハウス通いが続いた。

CDも買った。ライブを録画したDVDも買った。

一人の女にこれほどまでに夢中になったのは初めてのことだった。

『で、俺に何をしろとおっしゃるんです?犯罪の手助けでなく、その筋とも無関係であれば、業法上はどんな依頼でも受けられるんですがね。ただ、ここからは私のポリシーで、結婚と離婚にかかわる調査依頼は基本受け付けないことにしてるんですが』

 どうしてだ?と聞く。当たり前だ。

『特に理由はありません。単に薄利多売はしたくない。それだけです』

 そんなんじゃねぇさ。と、親分は苦笑した。

『単に彼女の事が知りてぇだけさ。どんな暮らしをしてて、どんな人間なのか。たったそれだけのことだ。後はこっちで何とかする。それならいいだろう』

『親分』はそういって、また懐から財布を出し、万札をきっちり10枚、俺の目の前のテーブルに置いた。

『こいつぁ手付だ。足りなかったら幾らでも言ってくれ。』

 まあ、今は堅気なのだ。こんな純情なおっさんをこれ以上疑う理由はない。

『いいでしょう。引き受けましょう。こっちは一日6万円、他に必要経費さえ頂ければ、それ以上は頂くつもりはないんでね』

 俺は金を受け取ると、代わりに契約書を後ろのホルダーから出して前に置いた。










 

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