2-9「放っておけない少女」
咲菜は幽也を追い出したあと入り口の扉にもたれ掛かるように座り込み、頭を抱えていた。万夜は、ぼんやりとその様子を見ている。
あんパンを1つ手にとって、万夜はそれを食べた。
「……私は、関係あるよね?」
「関係ないでしょ……」
頑なな咲菜に、万夜は一口食べたあんパンを差し出す。
「何よ」
「食べて」
あんパンを受け取りながら咲菜は口をへの字に曲げた。万夜が食べた方の反対側を齧る。
「おいしい?」
「……違う」
咲菜は静かに咀嚼し、飲み下してから呟くような小さな声音で言った。
万夜は、その意味をはかりかねて首を傾げた。
「違う?」
「これは、違うの」
「何が?」
「ママの味じゃ、ない」
「そう。おいしい?」
再びの質問に、咲菜は顔をしかめて万夜を見た。その万夜はきょとんとした様子で咲菜を見つめ返している。
「………………たりないの」
「そう。で?」
ため息一つと吐き出した咲菜にぶつけられた再三の疑問。遂に咲菜は不快に思って聞き返した。
「……真昼は、何が聞きたいの」
「さっきから同じことを聞いてる。おいしいか、まずいか」
「……だから、それは違うって言ったじゃん」
「違わない。おいしいなら、おいしい。なんで比べようとする?」
「そんなのここがママの店だからに決まってるじゃん」
「そうなの?」
「──っ、そう、なの」
万夜が疑問を示すように首を傾げたのを見て咲菜は我を忘れ掛けた。しかし、声を荒らげてしまうのを寸でのところで耐えた。
まだ、万夜には店の話を殆どしていないことを思い出したからだ。万夜が詮索しない事をいいことに、咲菜は黙っているのだからそこで怒りを露にするのは筋違いだ。
そう思って落ち着こうと目を閉じて咲菜は深呼吸をした。
「……言ってなかったよね、ここは、ママの店なの。それで、パンはママの味がしない。だからお客さんが離れたの。だから──っ」
咲菜の眼前には突き付けられたフランスパン。万夜は裏表ない透明な眼で咲菜に言った。
「このパンが誰が作ったかは関係ない。さっき咲菜、たりないって言った。何かわかる?」
──その眼に、咲菜は何か大事なものを撃ち抜かれたような気がした。
「……真昼にはわかるの? 何がたりないか」
「うん」
すがるような咲菜に万夜は自信満々に頷いた。
そして、言った。
「魔法がたりない」
「…………………………………………………………………………………………はい?」
咲菜は目を丸くしている。その様子に、何を思ったのか万夜はもう一度頷く。
「魔法が、たりない」
咲菜は疑わしきものを見る目で万夜を見た。それから先ほどの撃ち抜かれた感覚はやっぱり錯覚だったのだと思いながら、天を扇いだ。
「わかった?」
「ごめんわからないよ……」
「このパン、おいしいよね」
のほほんと、万夜はそれだけ言って店の奥に行ってしまった。咲菜は、何を言ってるのか全くわからない万夜の事を不気味に思いながら店番を続けたのだった。
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