2-8「明確な拒絶」
「あの悪魔、何?」
「俺狙いの悪魔だって言ってた」
「聞いてない」
「タイミング的に言えなかったからね」
幽也が気に入らないのか、露骨に膨れっ面になる万夜。
「魔術師さんはそれ、宣伝?」
「狭城真昼。宣伝の為に作った」
万夜が持っているのはプラカード。
┏━━━━━━━━━━┓
| カミセベーカリー ┃
| AM10:00~PM7:00 ┃
┗━━━━━━━━━━┛
と書かれている。カミセベーカリーの制服だろうエプロン姿も相俟ってマスコット感の出ている万夜。
その姿に幽也は思ったことをするっと口にしていた。
「何というか、うん。似合ってるよね」
「そう」
「……でも学校まで来て宣伝はダメでしょ、苦情来るよ?」
「そう」
「そうそう……っと着いたね」
カミセベーカリーの入り口をくぐると、咲菜がカウンターから手を振って出迎える。
「おかえり狭城さ~ん、驚いたよスマホ見るなり『宣伝行ってくる』だもん。それで連れてきたのはお客さん……じゃないね?」
「そう。かも?」
首を傾げる万夜。咲菜は肩を竦めてため息。
そんな二人を見ながら幽也は苦笑いしながら。
「ところでさ、突然だけど聞いていいかな?」
「本当に突然だね、でもいいよ。何?」
「なんで上瀬さんは一人でこの店を……ええと、前の店主さんから技術の引き継ぎもせずに経営しているの?」
──爆弾を、投下した。
「」
咲菜は、凍てついた目で幽也を見た。
『これは咲菜の問題だから』
(……この反応、やっぱり突っ込んじゃいけないことだったよね)
でも引かない。
「上瀬さんが店のために努力してるのは凄いと思うけど、それでも違和感があったんだよね。なんで朝霞さんにパンの味を確かめさせてるの? 昨日の味見、材料レベルでの調整をするためだよね? それってここのパン──」
「やめて。それ以上言わないで」
──未完成品なんだよね。
幽也は寸でのところで言葉を飲み込む。それが相手の気持ちを踏みにじる言葉であるのは、少し冷静になれば分かることだった。
「うん。ごめんね。言い過ぎだった。……でも、何で?」
「パン屋は元々母さんがやってた。それを事情があって引き継いでる」
咲菜が幽也を睨み付けて、笑った。
「事情って言っても大した事じゃないの。とにかくやらなくちゃいけないからやってるの──いつか、母さんが帰ってくるまでに」
幽也は咲菜に気圧されて息を飲んだ。
──真っ黒だ。咲菜を包んでいる黒光は、燐光とか生易しいものではなかった。言うなれば黒い霧である。
「何か、困ってるんじゃ──」
幽也がそんなことを言いかけたところで咲菜は堰を切ったように叫んだ。
「何か……? そんなのっ!! 困ってるに決まってるでしょ? アンタの指摘通りよ! このパンは全然完成してない!! 母さんの味じゃない!!! ネットには酷いカキコミばっかだし!! 一日だけ来ただけのアンタにそんなことを同情されたくないし!!! 無関係のアンタに!!!」
咲菜は幽也を店外へと出ていくように押し退ける。
「でもっ──」
「でももだってもないっての!! 騒いでもどうしようもないのは分かってんの!! アンタにはそんな事関係ないしどうせ何もできないの!! 分かる!? 分かったらもう帰ってよ!! 帰れ!!」
そして幽也は、店の外に押し出された。
「いやまあそれは仕方ないと思うよ。うん。幽也が悪いよ」
店の外。店からは見えない位置にしゃがみこんで様子を窺っていた瑠華は店から弾き出された幽也に聞こえないくらいに小さく呟いた。
「痛た……あれ、朝霞さん、居たんだ」
大きく押されたようで尻餅をついた幽也は強打した尻をさすりながら立ち上がった。
「今来たところなんだけど……あー。今日は、やめといた方がいいかなぁ……荒れてそうだし……」
「……朝霞さんは」
「知ってるよ? うん。咲菜の事情は全部。でも言えない。ごめんね幽也、そういう約束だから」
「約束?」
「こっちの話。まあ幽也は気にしなくても良いよ、咲菜も言ってたけど私達にはどうしようもない事情だからね」
「……かもね」
幽也は瑠華から聞き出すつもりは無い。本人から聞けず、あれだけ強く拒絶されたので、軽く諦めかけていた。
「でも、放っとけないんだよね」
〈破滅〉が見せる黒い光にどれだけの確度があるか幽也は未だに測りかねている。だが、少なくとも幽也に強烈な破滅を感じさせるような濃い黒光。
そんなの、良くないことになっているに決まっている。
ただ幽也が、目の前で破滅しようとしている人間を放置できない善性を持っているだけ。幽也の感覚としてはそうだ。
「気になるの? 咲菜のこと」
「うん、まあ、そうなるのかな」
首肯する幽也に、瑠華はひどく歪んだ笑顔を向けた。
「あはは、そっか──じゃあ、幽也のために一肌脱いじゃおうかな」
幽也は瑠華をまっすぐ見返して。言葉の節々から黒の燐光が溢れ出していることに気付く。噴出する光に、正気を奪われたような錯覚を覚え、一拍幽也の思考が白む。
「そのかわり、咲菜をよろしくね?」
その空白は瑠華の言葉の紡ぐだけの時間を与えてしまう──それが決定的な別れ道だったのだと今の幽也には知る由もない。
「今の咲菜には、金とそれ以上に必要な物があるの。実はね──咲菜の母さんはね、もう一生パンを作れない体らしいから」
瑠華はそう言うと、手を擦りながら話し始めた。
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