2-7「ちゃんと訪れる破滅」


(取り敢えず〈霊化〉を人に掛けることには成功したけど……)


 幽也の腕の中でぐったりする楠木裕美。どうやら〈霊化〉を突然された負荷で気絶してしまったようだ。多少揺れても起きなさそうだった。


「クハハ、ハハ!! ドウスル? イザギヨクシヌカ、テイコウシテシヌカ」


「そんなの抵抗するに決まってるだろって!」


 襲いかかってきた悪魔。幽也は裕美を抱えて悪魔から距離を取ろうとした。


 裕美は肩に担いだ。逃げるには過分なほどに重いが、だからと言って捨て置くなんて幽也には出来なかった。


 追ってくる悪魔が手に掛けないという保証がない。その上、裕美は瑠華と仲のいい女子だ。


(彼女に何かあってみろ、朝霞さんが泣くぞ!!?)


 だからまあ、気合いだった。


「くっそ、繋がれ……!!!」


 スマホ。耳に当てられたそれがツーツーと無機質に音を立てている。連絡先は〈杖〉の魔術師だ。


「クハハハハ!!!」


『お掛けになった電話は電波の届か──』


「ちくしょう繋がらないかー!!」


「アキラメロアキラメロ!!」


 相手の悪魔の足は、人間並み。だが今幽也は裕美を担いでいるので──端的に言ってヤバイ。死ぬ気で幽也は走った。


「〈破滅〉っ!!」


 走りながら右手を悪魔に指し向ける。レアティファクト〈破滅〉を使った幽也に対し、悪魔はピンと来ていない様子で変わらず追ってくる。


「ナンダソレ、コケオドシヵ?」


 右手、もっといえばそこから突き出した〈破滅レアティファクト〉が燦然と輝いている。


「近づけば滅ぼすからね!! 近づかないでよ!?」


「ハッ、イウコトヲキクトデモ? アマインダヨ、ガキ──ガッッッッ!!!」


 近付いてきた悪魔を右手で張り倒した。ひときわ強く〈破滅〉が光を放つと、悪魔は二歩三歩後退り。


「ガ、ガガガガ、ガガーッ!!?」


「何それ……壊れたラジカセの物真似……?」


 幽也はその場にへたり込み、肩を上下させながら息する。裕美をゆっくり下ろし、彼女の意識の有無を確認する。


 この期に及んで寝ているようだ。その様子に安堵しながら幽也は悪魔を改めて見た。


「ガキガ、ナニヲシタ……!!」


「はぁ……そりゃ、お前の欲しがってる物で、殴り付けたんだよ……っ……どうも遠くから当てるのは無理みたいだから、殴るしかないけど」


〈破滅〉を使ってから右手を中心に激痛が走っている。幽也は脂汗を浮かべながら立ち上がる。


 悪魔は黒い燐光に覆い隠されながらもまだ立っている。余裕を残している。まだ幽也を殺しうるだけの力がある。あった。


「ダガ、アマカッタナ」


 悪魔は不敵に笑い声を上げた──けれど、黒い燐光はいずれ来る破滅を示しているのである。


 ただ、覆い隠す程に黒光が濃いというのが示すのは──。


「──そうね。甘い。カミセベーカリーのあんパンくらい」


 ゴガガガガガガガガガガガガガ────ッ!!


 爆音とともに降ってきた光の柱に呑まれて悪魔は跡形もなく消滅した。


 遅れて降ってきたのはエプロン姿の銀髪少女。


「どうも。カミセベーカリーのいちアルバイト狭城真昼です。カミセベーカリーをどうぞよろしく」


「……いや、えぇ」


 幽也は、宣伝とともに降り立った〈杖〉の魔術師に対して微妙な表情を向けてしまった。


 いや、だって、えぇ、この状況で宣伝する???


「誰も見てないか」


「……悪魔が人払いとかしてたんじゃない? というかあの音は不味いよね」


「カミセベーカリーのパンは美味しいよ?」


 首をかしげる万夜。そのしぐさは可愛らしいが、声音は平坦。言わされている風であるし、何より味の話はしていない。


「とにかく、帰ろう」


「……カミセベーカリーのパンは「分かったから!!」


 宣伝をしようとする万夜を手で止めながら幽也は目を覚まさない裕美を一瞥する。


(まあこのまま放置というのは……よくない、よなぁ……)




 ◆◇◆◇◆




 ──裕美は目を覚ました。いつから寝ていたのか思い出せない。いつのまにか寝ていたらしい。


「てかここ、保健室……?」


 身に覚えがない。制服のままベッドで寝ているということは誰かに運ばれたのだろう。裕美は困惑しながらベッドを降りる。


 ふと、裕美は制服のポケットが不自然に膨らんでいるのに気付いてそこを探ると紙切れが。


『軽い貧血らしいからお大事に。用事があるので先に帰ります。ごめんね。 霧川幽也』


 貧血。そこから連想されるのは、ぶっ倒れたらしいということ。そして芋づる式に探り当てられる気絶前の記憶。


 裕美は、それを思い出して顔を青褪めた。一瞬でそれは怒りに変わる。


「……し、失敗した……あの男め……!!」


 裕美の瞳に浮かぶのは最近瑠華に近付く幽也の悪い笑顔。まさに悪人面。絶対瑠華に近付けてなるものか、瑠華が不幸になってしまう(に違いないと裕美は確信している)。


「瑠華に悪い虫は一匹でも近付けたりなんてしないんだから!!」


 楠木裕美。朝霞瑠華とはただの友人関係であるが、瑠華には言えない1つの秘密を抱えていた。


 裕美は朝霞瑠華FCファンクラブの会員No.1──つまり会長なのだ。FC会員は三十人と少し。


 たかが三十人程度と言えどその頂点に立つ裕美はまさに瑠華ガチ勢と呼んでもいいだろう。


「というか私が告白しようって空気であの男動揺すらしなかったわね正気なのか信じられないけどまあ仕方ないわ、作戦は失敗ね。あぁこうしちゃいられないわ早く追いかけて瑠華に近付かせないようにしなきゃ」


 呟きながら裕美は保健室を走り抜けた。


「そうしなきゃ。瑠華の為に、ね」

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