2-4「新たな悪魔」


「で?」


 幽也が帰った後、薄暗い照明に照らされた店内で片付けをする咲菜。万夜は彼女に感情の浮かない視線を向けていた。


「で? って……いや、それだけじゃわかんないし」


 視線を合わせないまま咲菜はパンを片付けていく。


「多い」


 万夜はただ、淡々とした口調で告げた。


「何言ってんの」咲菜の口から出た言葉は怒りに震えていた。「これでいいの。これで」


 大量にパンを処分用の袋に詰めている咲菜。


 万夜は納得しなかったが、ここは仮の住居として利用させてもらっているだけの話。どうでもいいと切り捨てればそこまでだ。


「そ」──めんどくさいな、これは。


 万夜は呟き、立ち上がると咲菜の手伝いを始めた。すると一冊レジの下に無造作に置かれたノートに目を引かれて手に取った。


 帳簿だ。万夜はそのノートを開「やめて」こうとしたところで咲菜に手を叩かれて取り落とした。


「っ、見ないでよ!!」


 叩かれた手を振りながら、万夜は無垢を装って痛がりながら首を傾げた。


 ──この店で働いているは普通の女の子だ。は、普通の範疇にない行動をしない。


 咲菜の手は万夜の視覚外から振られていた。避けようと思えば避けられたが、そんなものに反応できる女子は普通じゃない。


「なん、で?」


「なんでもどうもないの。駄目なものは駄目」……これ、隠さなきゃ。


 小さな声で咲菜が続けて呟いた言葉までも万夜は聞きとっていたが、聞こえない振りをした。


「…………」


 万夜はただ、淡々と片付けの手伝いをした。






 ◆◇◆◇◆






 カミセベーカリーを出てから暫く歩いたところで、幽也はふと何かを感じて振り返った。


「〈破滅〉……?」


「オイオイ、マサカ、チャントカクレテタンニ。バレルナンテナ」


「誰?」


 怪しい言葉遣いながら、出て来たのは細躯色白の男だった。


「カハハ? ノンキダナ、ソレデアクマイッピキコロシタトハ、ワラワセル」


「……うっわ」


 幽也はすべて察した。なんとまあ運が悪いなと思いながら後退り。


 悪魔だ。細躯の悪魔は身を屈め牙を剥き幽也へと突貫した。


「カハハ、シネ!!」


「うわっ!?」


 悪魔が細腕を振るうのを仰け反って避けた。


 幸いこの悪魔に超人染みた能力は無く、人間程度の身体能力しかないようだ。


 だが、どの程度であれ攻撃的な意志をもった悪魔など幽也にとって脅威以外の何でもない。


「カハハハハハ」


 ブンブンと腕を振るう悪魔から走って逃げ回る幽也。


 捕まったらどうなるかわからない。幽也は身を翻してレアティファクトを顕現した左手を振るった。


「ああもうっ!! こわいって──〈霊化〉っ!」


「!? ドコイッタ、キエタ……?」


 幽也はレアティファクト〈霊化〉の力を自分の体に使った。すると、幽霊のように透明に変化した。


 そのお陰か悪魔は幽也を見失って、適当に走って腕を振りまくっている。


(──息が、出来ない……っ!?)


 幽也はレアティファクトの力により実体を失った。視界がモノクロになり手足の感触が曖昧になり、そして何より猛烈な息苦しさに襲われる。


 僅かな間しかレアティファクトの力を使っていることはできないだろう事を瞬時に幽也は悟り、悪魔から全速力で逃げ出した。




「────げほっ、げほっ」


 幽也はレアティファクト〈霊化〉の力を、駅の外の物陰で解除する。


 漸くと新鮮な空気を大きく吸って勢い良く噎せながら、体も身に付けていたものも元通りになったのを幽也は確認してその場に大の字に伸びた。


 限界だった。


(あー、死ぬかと思った……っ!!!)


 息を整え、ゆっくり立ち上がりながら駅に入る。


 レアティファクト〈霊化〉は幽体化する能力だったが、悪魔のようにそう使い続けられるものではない。


 まず第一に呼吸が出来ない。そして視界もモノクロであり酸欠で、だろうか徐々に狭まるのだ。体も同様に時間と共に重くなる。


(生きた人が使うには、重すぎるんだな)


 幽也はそう考えて電車に乗った。そして、電話を掛けた。


『おう、幽也か』


「そうだよ兄貴」


 宗一に電話した理由は一つ。


「そっち、何かあったりした?」


『……ねーよ。ンだよ突然』


「いや、実は悪魔にまた襲われてさ」


『あァ!? 悪魔だァ──!!?』


 キーンと電話が鳴り、危うく取り落としそうになる幽也に構わず宗一は何やら叫んでいた。


「驚くのはわかるけど、突然叫ばないで。ビックリするから」


『──お、おう。ンで? ずいぶん余裕そうだが、倒したンか? ソイツを』


「まさか。逃げ切っただけだよ、なんとかね」


『そうか。でいつ帰ってくンだ?』


「もうすぐだね。今電車乗ってて、あと一駅かな」


『そうかよ。一応、こっちには何もねェから安心しろや』


「そっか」


『ただ、ま。面倒なことには違いねェがな──』


 宗一はそう言って、通話を切った。


「そうだよなぁ……これから、どうしようかなぁー……」


 幽也は頭を抱えて呟いた。


 その時、ちょうど駅に到着したアナウンスが鳴った。

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