2-1「浮かぶ約束」
──時は既に七月に突入し、勉学に励む学生にとっては山場である一学期末試験を目前に控えていた。
一度どころか何度も死に、波乱の体験をした霧川幽也もまた目前に控えた期末試験に頭を悩ませて──
「暑ぃ……」
──いなかった。あまりの酷暑に、溶けたアイスのようにだらだらと机にもたれ掛かっていた。
机の天板つめたい。この季節だというのにこの教室のクーラーは故障しているらしく、次の休みに業者が入るらしい。
もうじき夏休みだからあんまり意味はない気がするけれど、と幽也は思った。
(そう言えば、夏休みの予定、なんにもないなぁ)
高校生と言えば、青春真っ只中だと言えるはずだ。幽也も高校生になったら青春っぽいことが出来るんじゃないかって思っていたが、現実は厳しかった。
「そも、青春って何だよ……」
結局夏休みを目前にして友達と遊ぶ約束すらない。会ったのは悪魔と生死を賭けた戦いだけだ。
見てみろ教室の前の方に朝霞さん、滅茶苦茶楽しそうに友達と喋ってるよ。……そういえば彼氏とか居るのかな。居ないにしても、夏休みとかで出来るのかも────などと幽也は、ぼけーっと考えていた。
時は昼休み。教室より廊下の方が涼しいくらいだが、何人かの笑い声が聞こえるくらいには人がいるのだ。視線を彷徨わせながら幽也は己が独りだという事を意識して深く息を吐いた。
「──幽也はどう?」
ばっと、幽也の耳に飛び込んだ言葉に彼は机から跳ね起きた。その発言をした女子がにっこり笑って幽也へと歩み寄ってきた。
朝霞瑠華だ。幽也は視線を彷徨わせながらその後ろを見、彼女とよく一緒に居る男女が何人か居て幽也を見ていたのに気付いた。
「あ、えっ? なんの話?」
「やだなーもう、聞いてなかったの?」
そりゃあ君たち楽しそうに会話しているし、とは幽也は言えない。
瑠華のグループの話し合いは正直幽也は自分に関係ないと思っているが、楽しそうに話し掛けてきた瑠華の気分を損ねても良いことはない。
どうするか迷って、結局首をかしげた幽也に瑠華は笑って言う。
「みんなで夏休み海行こうって話だよ、幽也は来る?」
「えっ、いや、邪魔じゃない? ほら、あんまり話さないし空気悪くするよ」
幽也は頬をひきつらせながらそう言って瑠華の背後の人達を見た。皆微妙そうな顔をしているのが分かって幽也は「ほら、やっぱり」とつぶやくと瑠華は思案顔。
「うーん、じゃあ二人なら良い?」
「それならまあ、空気は……へ? 二人?」
「よし、じゃあ決まりスマホだして」
「ふた、二人? ど、どういうこと?」
戸惑いながら幽也がスマホを出すのを確認した瑠華は自分のスマホを弄って「はい、グループ誘ったから入ってね? 二人だけのグループだけどさ」と言って、瑠華は友達の輪に帰っていく。
「…………え、これって、どういうこと……?」
幽也は、茫然と瑠華の背中を眺めて呟いた。
──わずか数秒の間に夏休みの予定が一つ、出来上がっていた。
舞い上がる幽也は気付かなかったが、瑠華が幽也と話すことを良く思っていない人達が少なからず居るのだ。
「瑠華、またあの陰キャと喋ってんの? 止めさせなきゃでしょ、アレ。つけあがるから」
「あはは、
「当たり前じゃない。瑠華に釣り合わないもの……はー、ムカつくわ。何だってあんなの構う必要ないじゃない」
「瑠華は優しいからね。そういうとこ、嫌い?」
「嫌いなわけないじゃない!! 瑠華の良いところじゃないの!!」
「そーね」
「…………近いうちに手を打たなきゃ──」
裕美と呼ばれた女子生徒が思い詰めた様子で呟いた。その言葉は、誰の耳にも届かないまま空気に溶けていった。
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