第二章-カミセベーカリー-

2-0「少女は再び依頼を受けた」


「おい〈杖〉」


 私は、声に振り返った。上司だ。


「今回のはどうだったよ」


「……まあまあ。失敗は多かったけれど、悪魔は殺せたから」


「そーかよ、仇だったんだろ? それで何か思うことはないのかって思ったんだが」


「…………」


「それは思い過ごしだったか」


 思い過ごしではない。


 私は今回の事でまだ足りていないことが分かった。色々思うところもある。


「少し、力が足りなかった」


 私の言葉のどこがおかしかったのかわからないが、上司は笑みを浮かべた。


「ほぉ? 確かに杖一辺倒だしな、お前の戦い方はよ」


「力があれば、家は壊さなかったし、学校も壊さなかった」


「そーだな。ま、しゃーないんじゃねぇか?」


「かもしれない」


 因みに滅魔機関のトップ〈滅魔首領会〉の協力により窓や民家の屋根など、の修復は請け負ってくれている。


 なので、今頃幽也は学校へ行けているはず──彼は二度と悪魔に関わることが無いよう、私は祈っている。


 私はまた別の悪魔を狩りに行く。だからきっと。


 もう会うことは無いだろう──と、そう思っていたのに。


「あのよ、何度もこうして〈滅魔首領会〉から働き掛けられると言いにくいんだが……また依頼だ」


 上司はしばらくの間を空けて、頭を掻きながらそうやって切り出した。


「霧川兄弟の、監視だ」


「…………」


「あぁいや、無理に受ける必要はないんだ、だってこれはどう見てもぞ。建前では『貴重なレアティファクトを二つ持っている人間だから』とあったが……間違いない。まず何かある。しかもお前をご指名だ、連続三回だぞ? 普通では有り得ない」


 心配してくれるのは嬉しい。


「ありがとう」


「はいどうも。……上が何を企んでるか知らんからな。断っても良いんだぞ、悪魔は関係ないしな」


「ありがとう」


 二度も言えば、上司は勝手に折れた。


「…………はぁ。霧川兄弟の監視とは言うが、兄はオマケだ。幽也だけ監視しておけば良い……はずだ。あの男に、特異性はない」


「ん。わかった」


「一応依頼のメールそのまま印刷したからこれ、確認しとけよ」


 上司から紙袋を渡され、私は受け取りながらその場を去った。



 ◇◆◇



 まず、今の私に必要なのはだ。衣食住のうちなら、住を真っ先に手に入れたい。


 幸い、腐るほど私には金がある。借りるにせよ、買うにせよ不足はないだろう──と、そう思っていた。


「いやいや子供に家を? 無理だよ無理。子供じゃない? 身分証は? ない? じゃあ無理だよ」


 ──駄目でした。


 不動産屋を門前払いされ、私は宿泊施設に連泊をしようかと思いながら街を歩く。


 ……くきゅるるるー。


 変な音が聞こえた。違う。私じゃない。私お腹減ってない。減ってないよ。


 全然減ってないよ??


「……」


 回りを見る。私のお腹が鳴った音は誰にも聞かれてなかった。よかった。


 そういえば、いい匂いがする。匂いのもとは、こっちか。


 匂いにつられて歩いていけば、その先にはひとつのお店。


 ──パン屋だった。


「いらっしゃいませー」


 気が付いたら入っていた。しかたない。私は店内のパンを物色した。


 食パン、あんパン、カレーパン。メロンパンにチョココロネ、他色々。あまり品数が無いようだが、種類はある。


 私はとりあえず目の前のピザトーストが気になったので残っていた二つを取ってカウンターへ。


「二つで、620円になりまーす」


 会計をしようと顔を上げた私は、店員に興味が湧いた。彼女は、どう見ても若かった。


 染色したかのような茶髪に、細められた赤銅の瞳。幼い顔立ちは明らかに未成年。十代前半と言っても通じるような気がする──一部を覗いて。


「…………あの?」


 財布を取り出してジーっと胸を見詰めてくるだけの私の様子が気になったのだろう。彼女は訝しむような目を向けてきた。


「……君は何歳?」


「へ? あの、会計」


「…………で?」


 私は1020円を手渡して、もう一度聞いた。


「……あの、何で一店員にそんな事聞くんですか」


 言いながら彼女は400円を返してきた。


「おかしいから」


「おかっ、おかしいって何!!? この店のどこがおかしいって言うの!!?」


「…………まず一つ。君以外の店員は居るの?」


「えっ、と」


 一つ目の疑問をぶつけただけで店員は言葉に詰まって店の天井を見た。天井には何もない。


 店員の気配どころか、人がいる空気がこの店にはないことは会計の途中で気が付いた事だが、気が付いてしまえばかなりの違和感である。もしかしたら、訳有りかもしれない。


 いや、訳有りなのは間違いないだろう。


 そういえば──ここから霧川幽也の通う高校は近かった。


 後ろめたい訳が有るようなら脅してここに住まわせてもらうのも良いだろう──と、私がほの暗い思考を巡らせている内も店員の少女は焦ったようにわたわたしていた。


 しかたない二つ目だ。


「二つ目は、高いところにパンが積んでない」


「えっ、あー。はいそれは」


「と言うか埃が積もってるように見える。衛生管理は?」


「うげっ、そ、そう?」


「三つ目これ、焦げが多く……ないか」


 パンの出来は注意するほどではなかった。


 だが人の入り、高所の手の行き届いてなさは私の気を引く程度にはあった。絶無。


「パンは自信あるんだけど……」


 そういう彼女は身を縮こまらせて、申し訳なさそうに私を見ている。


 そんな彼女に私は、一言。


「ねぇ、バイトは雇ってる?」


「いや、欲しいとは思ったりするけど……」


 躊躇うような事情あるのだろう。だが、私の知ったことではない。


 私は、住める場所が欲しいのだ。


「バイト雇ってみない?」


 困惑した彼女に畳み掛けるように私は告げた。


「部屋と食事を用意するだけで一人分の労働力が手にはいる。良いとは思わない?」


「……はぁ、どういう意味で?」


「私を雇え」


「……うーん」


 苦渋の表情。このままではダメそうだ。そう思って私は買ったパンを食べた。


 悪くないが、良いとも言えない味だ。お腹減ってるから別に文句はないが。


「よし、うんって言ったね奥へ行くよ」


「ちょちょちょいちょい!!? 待って!!? べ、別に悪いとは言ってないけど勝手に奥行こうとしないでくれる!!?」


「だめ?」


「可愛らしく首傾げてもダーメ!」


「えー?」


「ダメなものはダーメ!!」


「私を雇ったら良いことあるよ」


「ムリですぅ!!」


「実は私帰る家がないの」


「そうは言ってもム──えっ? 本当?」


「私は家出してしまって……」


 私は言いづらいことを言った風に重々しさを醸し出した。


 震えた声で俯きながら言えば、彼女は動揺したように視線を天井に向ける。


 私は長期的に寝泊まりできる家が、霧川幽也の生活圏に欲しいのだ。


 その為には私はどんな手も使う腹積もりだ。


 私の見た目は幼い方で、客観的に見ても可憐だ。魔術で精神に干渉するのは最後の手段としても、私の見た目を有効活用するのは良識と照らし合わせても良いだろうと思った。


 ので、私はこの外見を有効活用して彼女からこの家で暮らす権利を勝ち取って見せようか。


 私は瞳を潤ませ、上目遣いで彼女を見上げた。


「だめ……?」


「うぐっ」


「私、なんでもやる……だから……ほんとうに……お願い」


「うぐぅっ……」


 彼女は苦虫を噛み潰したかのような顔をして悩んでいた。


 店の内装や陳列などの様子を見る限り店には色々と余裕は無さそうだ。


 彼女の頭の中では私を雇って泊まらせるメリットとデメリットが天秤に掛けられているのだろう。


「私、こう見えて数字に強いから、雑用だけしかできないわけじゃない」


 しかし、私を雇うという選択をしたなら彼女を後悔させないだけの働きは絶対にする。


 だから安心して首を縦に振れ。


「どうする? 雇ってくれる?」


「……君こそ、何歳なの?」


 恐る恐るといった風に聞かれたとき私は、最初に聞いて答えなかった君が言うのか、とそう思って私は少しだけ意地悪をした。


「女の子の年は個人情報。欲しかったら相応の情報を、ね」


「それってどう言うこと?」


「年、聞くんなら自分のも言いなよ」


「それもそっか。私は、上瀬かみせ咲菜さかな。十六歳だよ」


「魚……?」


「……名字は『うえ』に瀬戸内の『瀬』、名前は『咲』く『菜』の花って書くの」


「咲菜……」


「うん。で、君は?」


「…………」


 私は答えに窮した。何故なら私にはからだ。


 一応〈杖〉の魔術師だとは名乗れるが、そんな名称を名乗ったら大変なことになるのは目に見えている。


 ならばどうするか。答えは一つだった。


「…………──真昼」


「え?」


狭城さじょう、真昼。歳は……十四歳」


 そう──偽名である。


「真昼、ちゃん。真昼ちゃんて言うんだ」


 彼女──咲菜は噛み締めるように言ってから両手で私の右手を包み込む。


「これから、よろしくね?」


 咲菜は、優しそうな笑顔を私に向けた。


「こちらこそ」


 何やら事情がありそうだが私には関係ないな──この時の私はそう思いながら、咲菜の手を握り返した。

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