1-31「破滅の光」
────時は少しだけ遡る。場所は林の小屋。
「…………やっぱ、やめだ」
宗一は幽也の顔の真横に拳を振り下ろして、詰まらなそうに呟いた。
幽也の上から退くと、幽也暫く見下ろす。見ていたら、幽也は殴られなかったことに呆けている様子。宗一はムカついた。蹴った。
「痛っ!?」
「いつまでそうやってボケて寝てやがる。さっさと起きやがれ」
「えぇ……」
困った様子で蹴られた所を押さえながら座り込む幽也。
宗一はその様子を見て苦笑した。
「いや、良いの?」
幽也は宗一が何事もなかったかのように攻撃を止めたことが腑に落ちなかった。
言外に俺を殺さなくて良いのか? という意味を含んだ問い掛けであることに気付かない宗一ではない。
「何がだよ…………いや、そうだな」
だが宗一はすっとぼけた。まるで何を言っているかわからない風に返した。
だが、そうやって何事もなかったかのように取り繕うのは──幽也に対して、ケジメをつけるべきだと思ったから、止めた。
「まあ、テメェの事は殺したかったさ。それは、まだ、そうだ」
話を始めた宗一の目が幽也の目と合う。昏い瞳だった。
幽也は宗一の視線に殺意が含まれているのを感じてごくりと唾を飲み込む。
一度弛緩した空気の落差に出掛けた悲鳴は、なんとか耐えた。
やはり、宗一から殺意を向けられるのは堪えるものがあるのを幽也は自覚させられた。宗一は話を続ける。
「でもよォ、つまる所よ、俺が殺してェと思ってる理由なんざ、テメェはあんま関係してねェんだわ」
関係していない──それは嘘だ。
宗一が抱く幽也への殺意の根元は、幽也に対しての劣等感だった。
少なくとも宗一の自己分析では結論付けている。
無関係とは言い切れないが、宗一は幽也がどうこう出来る問題とも思っていなかった。
幽也が宗一より色々と出来ることは、悪いことではない。悪いことではなかったのだ。
幽也を殺さないと、そう割り切ってしまえば、何故だろうか、宗一にはその劣等感はあまり気にならなくなっていた。
一度殺す一歩手前まで自分の手でやったからだろうか。
その気持ちの変化を宗一は不思議だとは思うが、それでも今は割り切れている。
そう思っているからこそ殺さなかったのだ。
「えぇ……じゃあ最初っからやらないでよ……」
幽也は、半笑いで立ち上がった。その通りだが、この反応。宗一としては、ムカつく。蹴った。
「いっっ!?!? っー!!と、ところで、契約解除はしてくれるの?」
痛いところに当たったらしい。脛を押さえてぴょんぴょんと幽也が跳ねている。
良い気味だ、と表情に出さないようにしながら宗一は答えた。
「しないが。したら俺が死ぬし」
「……まじ?」
心底驚いたのか、跳ねるのを止めしゃがみこみながら宗一を見上げる幽也。
感情が相変わらず分かりやすかった。
「ま、死にはしないかもしれんが、代償で結構ヤバイ目に遭うのはほぼ間違いなかったな。それ分かってて説得進めてきた奴、人の心ねェわ」
そこまでか、と幽也は隠されていた事実で震え上がる。幽也は魔術師の事を思い出す。
「そうなんだ」
なるほど確かに人の心はなさそうだった。幽也は納得してしまった。
宗一は、疑うことを知らないといった幽也の反応に苦笑した。
「ま、俺はテメェを直接殺さねェ。が、お前のために契約解除してやる義理もねェ。そういう話だ」
「それなら……仕方無いよね、命かかってるんだもん」
あっさり引き下がった幽也。少し罪悪感を覚えた宗一は無意識に口を開き、言葉を吐いていた。
「幽也は」──俺に死ねとは思わないのか?
宗一は、そんなことを聞きそうになり、口を閉じた。
その答えも、聞くべきではないと思いつつも幽也の方へ目を向けてしまう。
「え?」
とぼけた顔だった。
作為的ではなく、本気でなんとも思ってない様子だ。アホみたいな顔をしていた。
幽也は本気で宗一が何を言おうとしたのかが分かっていなかった。
幽也は、自分が宗一に殺されかけた事などもう気にしてなどいないのだ。
宗一はその事に気付き、頬がひきつった。
「チッ」
「何で舌打ち……っ!? てか名前呼んでおいて舌打ちって何!!?」
「ま、そうじゃねェな。そんな事を聞いてもしゃあねェし」
「じゃあ何なの!??」
「あーあー、るっせェるっせェ」
怒りを顕にしている幽也を適当に受け流しながら、宗一は苦笑する。
案外、一度殺そうとした弟と普通に接せている事に、安心している自分が居た。
それが、多分心地良かったのかもしれない。同時に罪悪感が宗一の内にじわりと沸き上がる。
「……契約解除出来ねぇが、その代わり一つだけ、言うこと聞いてやろうじゃねェか」
宗一は、そう言って
「──あっそ、じゃ。一つ仕事を頼むぞ?」
「誰だ!?」「誰!!?」
二人揃って小屋の入り口を見ると一人の女性が立っていた。
タンクトップにホットパンツという森に立ち入るには不釣り合いな軽装。
万夜の上司だ。
虫が鬱陶しいのか、わしゃわしゃと苛立たしそうに腕を振り回していた。
「突然何だテメェ……」
宗一は突然現れた女を思い切り威圧していた。しかし、彼女は取り合うつもりがないようで呆れたように手を振る。
「あー、そういうのどうでも良いから。敵意無いの。時間無いの。わかる? 霧川幽也?」
「え、俺?」
宗一の横を通り抜けて、彼女は幽也の腕を掴んで立ち上がらせた。
頭に疑問符を浮かべた幽也に対して、明らかに彼女は怒っていた。緊張感のない間抜け面をひっぱたいてやろうかと思ったくらいに。
幽也はそんな彼女に物凄い剣幕で睨まれて、震え上がっていた。
「何で二人別に行動してるんだよ。ああのんびりする時間が惜しい。〈杖〉の大事だ」
ようやくここで幽也は彼女が上司である事に気が付いた。
電話の時と同様に、こわかった。
「えっと、二人別行動なのは契約壊して悪魔を弱体化させるため、です」
「んなの聞いてねぇよ。つか急がねぇとあのバカも危ない。どうせ契約解除失敗したんだろ? じゃあ行くぞ」
「えっ」
魔術師だろう彼女が、宗一が契約者であることや、契約破壊の条件を知っているだろうに。それらを無視するのは幽也にとって意外なことだった。
彼女は〈杖〉の上司である。
戦闘になれば恐らく容易に宗一を殺害できるに違いないと幽也は思った。
ヤゴロシを殺す支援を第一に考えるならば、その方が明らかに善い手だろう。
「んだよ、殺すとでも思ったか? そんな事すると処理が怠いんだよ。わかったらさっさと来い」
「……わかった」
幽也が疑問に思ったことなど彼女には筒抜けだったのだろう。
苛立ちつつも説明した。
「それと、そうだ。霧川宗一。何でも一つ言うことを聞くって言ったな?」
彼女は振り返って宗一に聞いた。
自分に話を振られるとは思ってなかった宗一。反応が遅れたが、すぐ身構えながら答える。
「何でもとは言ってねェぞ?」
「るっせ。とにかく、お前が〈杖〉を持ってたな?」
「あァ。でもアレは単なる〈杖〉から産み出された棒切れだぜ?」
「それで十分だ。何せ〈杖〉から作り出されたという縁さえ有れば勝手に戻る」
「戻る?」
聞いたのは、幽也一人だった。
宗一はなるほどな、と彼女が宗一にやらせたいことを把握して納得したように頷いている。
分かっていないのは幽也だけだった。
幽也は置いていかれたように錯覚して、少し焦る。それを見かねて宗一が口を開く。
「実は〈杖〉のレアティファクトは何かおかしいみたいでよォ、ヤゴロシはそれを未だ取り込んでなかったなァ」
「あぁ。〈杖〉はレアティファクトのうちでも特異なものなんだ。アレは、他のとは一線を画したレアティファクト。特殊。特別。なんでも、とにかく違う」
「さっきこの女は『縁さえあれば』つった。つまりは、あのレアティファクトにより産み出された杖と持ち主を接触でもさせろとでも頼むつもりだろォよ? だよな?」
宗一が彼女を見やれば、深く頷いた。
「だから、霧川宗一はその杖を〈杖〉の魔術師にどうにかして接触させろ。それが、頼みたい仕事だ」
「……めんどくせェな」
言いつつも宗一はやる気のようだ。
「じゃあ行くぞ、今頃どうなってることやら」
幽也は、小屋から出ていく上司の背中を追い掛けて小屋から出る。
宗一は、大きな溜め息を吐いて落ちている杖を拾いに行って、
「ったくよォ。言うことを聞くってのは幽也に言ったんだがなァ」
不満げに呟いた。
◇◆◇◆
──時は戻る。
「まさかっ!!?」
「そう、ご推察の通り。私のだから、返して」
その言葉に呼応してヤゴロシの体から一筋の光が飛び出して万夜の胸に刺さった杖に吸い込まれた。
万夜はレアティファクト〈杖〉を取り戻した。
幻影だったかのように杖は消え去り、万夜の手足がはっきりと元通りになる。
〈杖〉の魔術師の完全復活である。
そして、戻った手足の感覚が復活する前に万夜は〈風〉で周りのものを全て吹き飛ばす。
離れていた宗一も油断していたヤゴロシも転がった生徒すら例外なく風が蹂躙する。
烈風に煽られながらヤゴロシが忌々しげに万夜を睨む。
しかし、それよりも理解の及ばないものがあった。
宗一が、何故万夜の味方をしたのか。それがヤゴロシには分からない。
「契約者、いや霧川宗一ッ!! よもや絆されたか!!」
「うるせェよ、ヤゴロシ。トドメ、差させてくれなかったからちょっと手が滑っただけじゃあねェか」
「宗一ィィッッ!!!」
宗一の裏切りはヤゴロシから見ても明白だった。
裏切られたヤゴロシは叫び声を上げ、弱々しく燃えていた炎がヤゴロシの感情の昂りに呼応して大きくなり、燃え広がる。
手足の感覚が戻ったことを確認するようにゆっくりと立ち上がりながら、万夜は思った。
「うるさいな、静かにしてよ」
万夜の手が右足に装着されたナイフへと伸びる。
左足のナイフは先の爆発で消し飛んでしまっていたが、右足は膝下までの被害だったため残っているのだ。
それを四本、ヤゴロシが宗一に意識を向けた一瞬の隙に顔面に投擲する。
そして続けざまに魔術を発動。
「〈
「チッ」
ヤゴロシは飛来するナイフを回避し、魔術の円陣から氷の槍が放たれる方向を予測した。
その直線からズレるように万夜へと迫る。
「〈
万夜の杖が橙に輝く刃を纏う。その輝きは僅かに射し込む夕陽と炎の光を受けて幻想的に揺らめく。
しかしその輝きに目を奪われている暇はヤゴロシには存在しなかった。
「〈獅子ノ爪〉」
ヤゴロシは魔術で腕を大きく変化させると、万夜へ飛び掛かった。
生半可な物では切り裂かれてしまうだろう爪を前にしかし万夜は慌てない。
万夜は〈
この程度の爪に負けるはずがない。
「せやぁぁあ!!!」
万夜の信頼に応え、振り下ろされたヤゴロシの双爪をしっかりと橙の刃は防ぎきった。
万夜はそのままの力を真っ直ぐ受け止め続ける。
それどころかだんだんとヤゴロシが押されていた。
──悪魔が人間に力負けしていた。
ヤゴロシはその堅さと力の強さに目を見開いたが、それで攻撃を止めるほど愚かではない。
「遅い」
ぼそりと呟かれた言葉が、ヤゴロシのプライドを串刺しにする。
ヤゴロシは自分の能力の内速さが特に秀でている自覚を。自分よりも圧倒的に遅い万夜から罵倒されるとは。
怒るな。冷静になれ。ヤゴロシは自分に言い聞かせる。
万夜との距離はほぼゼロの現状。相手への有効な攻撃手段が魔術のみの万夜よりもヤゴロシの方が有利な状況だ。
冷静に対処しろ、とヤゴロシは自らに強く言い聞かせた。
「……はぁ」
万夜はヤゴロシを押し返し、更に続けて杖を振るう。あからさまな大振り。
「舐めるな……っ!!」
万夜はヤゴロシを間近にしていながら、呆れたそぶりを見せた。
万夜の態度に加えて、やる気の無い大振りの一撃。
舐めているのか、とヤゴロシは自分の腸が煮え繰り返るような錯覚と共に怒りを吐いた。
「舐めてない。正当な評価。もう、遅い」
ヤゴロシの怒りに、見下されたという動揺に、冷静にあろうとしても隙は確かに生まれていた。
万夜はそれを見逃さなかった。
左手に煌めいていたのは僅かにも陽光を反射しないはずの投擲用ナイフ。
杖を大振りにした万夜へとヤゴロシは左手で突きを放っていた。
その貫手を、万夜は左手の 僅かに橙に輝くナイフで左手首から断ち切っていた。
「!?!?」
万夜が行った大振りな杖での攻撃はただの誘いだった。それはヤゴロシにもわかる。
片手で大振りしていて、もう一方の手が空いていた。それもわかっていた。
だが。たかだかナイフで、それも投げることを専門とした刃物で手を切り落とされたのは、ヤゴロシには理解できなかった。
「たかだかナイフで、とか思った?」
ナイフがいつの間にかヤゴロシの右の太ももに深々と突き刺さっている。
「やっぱ遅いよ。気付くのが」
──〈《《
「ぐぅ──っ!?」
ヤゴロシは万夜に言われ、遅れて気付くが既に遅い。
致命的なまでに大きな隙を晒していた。
「死ね、悪魔」
ヤゴロシの右手を上へと弾き飛ばすように弾く。
そして、素早く踏み込むとヤゴロシの右肩から左の脇腹にかけて、杖で袈裟斬りにした。
「が、ごぁっ!!?」
咄嗟に後ろに飛んだのだろう、かなり深く踏み込んだにも拘らず傷は万夜が思ったよりも浅い。
ヤゴロシの胴体を真っ二つにするつもりの一撃だったのに、繋がったままだったのだから。
斬撃から一拍遅れて呪いを帯びたヤゴロシの血液が華のように舞う。しかし万夜は避けず、堂々と浴びながらヤゴロシに迫る。
ヤゴロシは血を浴びるのを嫌って無駄に避けるのを期待していたのだが、万夜は勘付いている。
呪っている余力が今のヤゴロシに存在していないことに。
そもそも、呪われたところで今の万夜には〈杖〉がある。
万夜が悪魔の血を気に留める要素が存在しない。
「く、クソが……っ!! これで終わると思わないことだ……」
ヤゴロシは、死の危険を感じ、〈霊体化〉の準備をした。
大きな傷にふらつきながらでは、自分で魔術を制御しきれないとヤゴロシは体から石を取り出した。
黒い石──レアティファクトだ。〈霊化〉だ。その手に握られていた。
だが、このレアティファクトはあくまでも補助。ヤゴロシは自分が魔術を展開した方が早いという自負がある。
この手を使うのは悪魔にとって敗北を宣言するようなものだ、癪に障る。
しかし、これで最後にするつもりはない。また次の機会を────
「移動魔術禁止術式の展開を開始」
──だが、遅かった。
万夜は杖の一端を地面に引き摺りながら魔術を地面に通す。
霊体化を封じる魔術だ。
最初はヤゴロシの身体能力で逃げ切られてしまったが、今回はそうは行かないと万夜は気合いをいれてその魔術を展開する。
よろけながら走るヤゴロシの体が段々と透過していくのが見えた。
しかしその霊体化は、万夜の魔術の展開が早く、間に合わなかった。
「はっ、さよならだ」
が、魔術の展開に意識を注いだせいでヤゴロシに追い付く前に、ヤゴロシは体育館の外まで逃がしてしまう。
外はもう日が落ちて、真っ暗だ。
見失ってしまった場合に黒い悪魔を探すのには不利である。
霊体化しないでも、見付けるのは困難だろう。
だが、万夜は慌てなかった。
足を緩めないまま、万夜は。
「居るんでしょ、任せた!」
体育館の外に出たヤゴロシは、魔術を起動した。
「影隠れ……っ」
ヤゴロシが魔術を行使しようとした時口から勢いよく血が漏れた。だが、止まらない。
何せヤゴロシほどの悪魔になれば、致命傷ほどの外傷を受けてもそう簡単には死なない耐久力がある。
そのギリギリの耐久に任せて魔術によって夜の闇に紛れることを優先した。
この一瞬を誤魔化し切って時間を稼げれば、ヤゴロシは死なないのだから。
「待てよヤゴロシっ!!」
「待たない、さ」
逃げるヤゴロシに声を掛けた人影。
それは幽也だった。
──体育館の出入り口は四方向にあり、幽也と万夜の上司で2方向に貼っていたのである。
丁度幽也が張っていた側の出入り口からヤゴロシが出てきたのだ。
幽也は逃げるヤゴロシのその背を追いかける。
しかし、人間の身体能力ではその背中に追い付くことはできない。
ヤゴロシはそんな分を弁えない追手を嘲笑った。
「待ちなよ、悪魔」
「っ!!?」
ヤゴロシの足に何か絡み付き、よろめいた。
ヤゴロシは振り返りその原因を察する。万夜だ。
万夜が、体育館の外で杖を地面に突いていたのである。
影縫い、いや〈
夜の帳が降りた屋外で、その射程を大きく伸ばした魔術はヤゴロシが本気で足を振り抜くと以前に比べると呆気なく拘束を脱した。
おかしいと首を傾げつつも、ヤゴロシは嗤った。
ツいている、と。
消防車のサイレンが遠くから響いている。その大きな音に掻き消されるほどに小さく、幽也は呟いた。
「〈破滅〉」
幽也の右手から白い石が突き出した。拳ほどの大きさの石だ。
幽也はちょっと不気味だと思いながら右手を前へと伸ばす。
幽也は〈破滅〉のレアティファクトの力をまだ理解しきれていなかった。
──だが、このレアティファクトの使い方はそれでもわかる。
今ヤゴロシは、万夜だけに意識を向けている。
つまり今、幽也はヤゴロシに見られていない。意識の外。ヤゴロシへ痛撃を与えられるのは万夜だけなのだからその意識の割き方は何らおかしいところはない。
幽也はその隙だらけのヤゴロシに向かって駆けていく。
──様々な要因が噛み合って、間に合った。
「ヤゴロシ!!」
そして、その隙だらけの悪魔の顔面に、幽也は右拳を叩き込んだ。
〈破滅〉の行使を念じると、拳の内のレアティファクトが大きな輝きを放った。
そして、ヤゴロシは幽也の拳を受けて、その勢い以上に大きく吹き飛んだ。
「な、あ、何をし……た……!!?」
ヤゴロシが驚いたように己の手を見て、そして目を見開き白目を剥いた。
意識を失ったようだ。
幽也はそんな強く殴れてないよなと首を傾げ──ヤゴロシの変化に目を見開いた。
力なく倒れ伏していたヤゴロシの体が、霧のように変わって溶けていったのだ。
ヤゴロシが死んだ。
死体は残らなかったが、幽也はそう感じた。人じゃないのだからどう死んでもおかしくはない。
それから、幽也はヤゴロシを殺した〈破滅〉のレアティファクトの突き出した右手を茫然と眺める。
(俺が、殺したのか……)
呆然としたまま動かない幽也に、後ろから走ってきた万夜の上司が苛立った様子で背中を強く叩いた。
「おい、霧川幽也。ぼさっとしてると、警察とかに囲まれる。早く逃げるぞ」
幽也は、万夜の上司の言葉に顔を上げた。
遠くで響いていたサイレンの音が随分と近く聞こえるようになっていた。近付いてきているのだ。
これはまずいと幽也でもわかった。
「下手をすれば逮捕される。されたいなら立ち止まっているといいが」
「逮捕って、嫌ですよそんなの!」
「なら、早く行くぞ」
現場に居たら当然疑われるだろう。罪状は、火事だろうか。
ヤゴロシを殺したことで思考が止まっていた幽也だったが上司の言葉で、大慌てしながら周りを確認する。
自分達が立ち去るまで危機は去らないのだ。幽也は既に退散の動きをしている万夜達の後を追い駆けた。
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