1-27「宗一の答え」



 ──結局、こんなものか。


 俺にとって、弟はずっと目障りだった。


 その弟を今、踏みつけている。見下ろしている。俺が上だ。俺が上なんだ。


 殺せる。この右手を振り下ろせばこの憎しみが終わる。


 全て、終わる。


 そう思うと全てが懐かしい。目障りな弟との思い出が刹那の内に頭を駆け巡る。


『お兄ちゃんはやっぱり凄いね!!』


 こいつは、ずっと。


 バカにするつもりもなく、ただずっと。


 俺を真っ直ぐに尊敬の眼差しを向けていた。尊敬。尊敬。


 確かに、小さい頃は、ゲームに運動に、何一つこの弟に負ける要素なんてなかった。尊敬されるのもとても気持ちの良いことだった


 あの頃は尊敬される兄でいられた。


 けれど、あいつはいつの間にか、色々な事が出来るようになっていた。


 いつの間にか、俺よりも勉強が出来ていた。絵を描けばそれなりの賞を取った。俺の真似をして、俺よりも早く、俺よりも上手く、俺よりも。俺よりも、俺よりも俺よりも俺よりも────。


 そして、幽也はいつのまにか迷子にもならなくなった。


『兄貴は凄いなー』


 幽也は変わらなかった。俺を追い越し続けているのに俺への態度は変わらなかった。昔からずっと変わらない。


 俺が、幽也に劣っている。それに気付かない。幽也は気付かなかった。


 そして幽也は、俺に相変わらずの尊敬を向けてきた。


 それが嫌だった。耐えきれなかった。無理だった。


 ずっと幽也に劣っていると突き付けられる環境が嫌だった。だから高校は独り暮らしをした。


 でも幽也はまだ俺にあの目を、心底尊敬した目を向けて。


 それで、それで。


『宗一、悪魔と契約してみよぉ?』


 いつしか、こうなっていた。


 傍らには、悪魔。


 目障りな弟を殺そう。


 殺意に刈られた。


 あの目から解放されたいと思った。


 幽也の期待が、尊敬が重くて俺は動いたんだ。


 手を差し出した悪魔は代償を求めた。


 手を取った俺は嬉々として弟を差し出した。


 そして契約は成った。


 一度弟を殺して、解放された。そのはずだった。弟は死ななかった。消えなかった。


 アイツは、俺の前へ立ち塞がった。


『その方が面白そうだから』


 面白くなんてなかった。消えろ。消えてくれ。お前がいる限り、俺は前に進めない。退いてくれ。邪魔だ。早く消えろ。消えろ、消えろ消えろ消えろ。そうでないと──


『殺して、何になる?』


 こえが、聞こえた。??


 それは、殺して、殺すことで、そう、解放されるんだ。


 幽也から、解放されるんだ。


 迷うな。殺すのだ。ここまではあっさり済んだ。


 呆気なさ過ぎる?


 そんなことは知らない。楽にすんだなら良いじゃないか。迷うな。振り下ろせ。頭を、殴れ。


「なぁ兄貴」


 しゃべろうとするな。


 わらうな。


「やっぱ兄貴は」


 やめろ。


 なんで、今わらう。今わらえる?


 おかしいだろ。


「強いよねぇ」


 幽也が笑って、そう言った。昔とまるで変わらない目で、笑っていて。


 ──先程襟をつかんで持ち上げたからだろうか。大きく裂けた襟首から何かが見えた。


 首飾り。御守りだ。


 それで──気付いてしまった。


 俺は結局のところこの弟をどうしたかったのか。


 殺したかったのか、それとも────。


「あ、ああ、アアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 そして俺は──上げていた拳を、振り下ろした。





 ──俺は結局、弟を誇りたかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る