1-23「準備」
──万夜が幽也と別れてから真っ先に行ったのは上司と連絡を取ることだった。
万夜のスマホは壊れてしまっている。そもそも幽也に預けてしまっているのだ。万夜は、偶然見かけた公衆電話で連絡した。
公衆電話なんて時代に取り残された物だと思っていたけれどまさか役に立つとは、と失礼な感想を抱きつつも万夜は彼女が上司と呼ぶ人と待ち合わせの約束をした。
「──んぅ……」
人気の無い路地裏で公衆電話に対して失礼な事を考えながら、万夜は眠気を払うように欠伸をしながら大きく伸びをした。
あまりコミュニケーション能力は高くない万夜にとって今朝から幽也と一緒に居たことは疲れやすい行為だった。
僅かに残った気怠さ。
頑張ったんじゃないかと万夜は思いながら、無意識に漏れた再びの欠伸を噛み殺した。
欠伸のせいでじわりと浮かんだ涙を拭いながら万夜の待っていた人が来る気配を感じて路地の入り口を見た。
──果たして、待ち人は来た。
苛立たしそうに咥え煙草をしながら歩いてくる短めの頭髪を金に染めたタンクトップにホットパンツという涼しそうな格好の女性。
お腹まで出して、もう少し露出を抑えたらどうだろうか。なんて万夜は思ったが口には出さない。
彼女は背負うように持っていた白い紙袋を乱雑に投げ捨てる。凄く大きな金属音と共に地面に落ち、紙袋の所々が裂けた。
幾つかの人目に触れたら不味そうなものがその袋の内からご丁寧にカランカランと乾いた音で挨拶してきた。
さぞやこの紙袋は重かったのだろう。恨めしげに万夜を見ながら、彼女は手をぷらぷらと痛みを逃がすかのように振る。
「〈杖〉、お前。呼びつけるのは良い。別にお前に死んで欲しい訳じゃないし〈ヤシロ〉の主力だし死なれたら困るし頼まれ事をするのも、まぁ吝かじゃないが」
万夜は真面目に聞こうとする姿勢は取らずに真っ先に投げ捨てられビリビリに裂けた紙袋の中身を確認した。
上司には万夜が話を聞いているのかいないのか分からない。万夜の様子に上司は憤るよりも、仕方ないやつだなと呆れと安堵が入り交じった目で見下ろしていた。
「……言われた通りの物持ってきてるからな?」
万夜は上司の言葉を聞き流しつつ、一つ一つ手に取っていく。
投擲用ナイフ。
黒塗りにしたお陰で夜間の戦闘において視認を難しいだろう。切れ味は良いが、悪魔の体皮に突き刺すには多少足りない。
数は5本束が五つで、25本。
隠し鉤爪付き手甲。
手を握り締めれば、鉤爪が飛び出す手甲。これだけは、銀色に輝いていて夜中ではかなり見やすいだろう。
因みに他の武器は殆どが黒塗りにされている。
分銅付き鎖。
重石として分銅の付いた鎖。重石側の鎖には爆発する魔術を仕込んで貰っている。使うと恐らくバラバラになる。
これは2本ある。
小太刀。
刃渡り50センチ程度。切れ味を重視してはいるが、単一では悪魔の肌を切断するに至らない。
鍔にレアティファクトを嵌め込んで補強してあり、それが二本ある。一本は〈風〉、もう一本は〈雷〉だ。
メイス。
片手で扱う事ができる程度に小さく、頭から持ち手の尻までは大体50㎝ほどの長さになっている。
そして頭は柱のようになっているが、上から見ると星形のよう角があるので、硬さは十分だが釘打ちとか出来ないだろう。
これは一本だけしかない。
黒色のコート。
胴体部分に鎖帷子のようなものが仕込んであり、袖には更に金属板が仕込んである。
そのままではとても重いが襟首にレアティファクト〈軽〉がセットされている為に、コートの重さがほとんど感じないほどに軽くなっている。
加えてレアティファクト〈隠〉がセットされている。その力で多少、隠密性もある。
魔術仕込みの杭。
罠として使える長さ20センチ程度直径は10センチ弱の杭だ。このくらいの大きさならばメイスでも突き刺せるだろう。
拘束魔術仕込みが1本に、爆発する物が8本。
爆弾。
上司製作の品。火薬をどこからか入手してきて作られた。起爆は魔術によって行われるが、強い魔力に接触しないと起動しない。
これは3つだけ。
片眼鏡。
フレームに装飾として小さめの何かを嵌められる。〈標〉辺りを想定している。応用方法を思い付いたばかりなので、まだ万夜は試していない。上手く行くかどうかは不明。
靴。
金属が踵と爪先、靴底に仕込まれているので蹴られると痛い。
あとは元々持っていた連絡可能な札が一枚と、レアティファクト〈標〉。
連絡可能な札は爆発機能を備えている。
ただ、爆発機能を使うつもりなので、あまり連絡機能を使うのは避けたかった。使いすぎると爆発の威力がだんだん落ちてしまうのだ。
その札は元々二枚持っていたが、万夜は捕まったとき一枚爆散させてしまっている。
この札を靴に隠していたことがバレなかったお陰で容易に脱走できた、というわけだ。
そして、攻撃用に仕込まれた魔術に爆発しかないのは、上司の得意魔術が大いに関係している。仕込みが爆発一辺倒なのは仕方のない事なのだ。
万夜としてはもう少し足止めできる魔術道具が欲しかったが、人材不足は重々承知している。もとより〈杖〉をあっさり奪われる自分が悪いのだと諦めていた。
「ヘマして、死ぬんじゃねぇぞ」
「分かってる」
万夜は素っ気ない態度で返事した。
頼んだものは間違いなく全部揃っている。裏地に複数のポケットのあるコートに、色々な魔術効果のある道具の数々。加えて幾つかのレアティファクト。
〈標〉を片眼鏡に嵌め込みながら装備の数々を見て頷く。
これなら〈杖〉がなく、魔術が使えない万夜にも、悪魔に対して勝ち目が見えるかもしれない。
物騒な品々の入った袋を万夜は落ち着いた様子で抱える。
「……本当かよ」
消滅の危機が迫っているのに平静そのものな万夜が生きる気があるのか。上司から見ればとても疑わしい。
悪魔を殺すために手段を選ばない彼女は、自分すら道具のように扱う節がある。
万夜の事をよく知っている上司にそう思われるのも無理はなかった。
万夜は、自分が多少目的のために手段を選ばない自覚がある。上司がどんな目で万夜の事を見ているのかも、ある程度は自覚している。
その上で万夜は言った。
「本当。心配要らない」
突き放すような声で、万夜は言い切る。
確かに自殺するみたいな攻撃をするかもしれない。万夜は別に自分が死のうがどうでも良いと今も思っている。
けれど、今懸かっている命は自分だけではない。万夜にはそれが分かっているから、言い切った。
最悪幽也だけでも生かす。確実にヤゴロシを仕留める。
確かにその上で相討ちになるかもしれないが、それならそれでも良い。
ちゃんと幽也を生かす。
──それを失敗したら、死ぬに死ねないでしょう?
銀髪を翻して、この場を去ろうと歩き出す。その背中にとても嫌な予感が巡った上司は万夜に駆けよって思いきりその背を叩いた。
「………痛い」
「なーに。緊張してたりするかと思ってな。ま、取り敢えず上着を着ろや。あとついでだ、これもやる」
言うなり、紙袋の中から生地の硬いコートを取り出して強引に万夜に着せてしまう。そして上司が差し出したのは大きな手提げ袋だった。
着心地は、悪くない。
防御力を増すためにいろいろな細工が成されているみたいだが腕も肩もしっかり回る。動きの邪魔になるような固さはない。
そしてこのコートは防御を求めた結果に金属板などが仕込まれている。それ故〈軽〉が無ければ10kgを超えてしまうだろう。
軽量化をするレアティファクトの力でも多少重いが、万夜は普段から重いものを身に付けて戦う練習はしている。
重さで動けないような間抜けを晒すことはない。問題なく動ける。
「ありがとう」
「礼には及ばねぇよ」
万夜は、コートの裏地に諸々装備すると余った装備を手提げ袋に詰め込んで、今度こそ歩き出す。
もう振り返らないだろう、小さな少女の後ろ姿を心配そうに上司は眺めた。
「背中に貼った魔除けの札、役に立つと良いけどな」
咥えていた煙草を投げ棄てて踏みつけ消火しながらそんなことをぼやいた。
「──……余計な心配を」
万夜はすぐにコートの内側、先程思い切り叩かれた背中に紙が張り付けてある事に気が付いた。
きっと魔除けの札だ。剥がれたり破れたりすることで効果を発揮するらしい。
所詮噂程度の代物だと、万夜は剥がそうとした手が止まる。
万夜の上司の好きそうな、魔術とは全く別の単なる信憑性の薄いオカルトグッズ。
万夜は全く信じていなかった。しかし万夜の上司の事は信頼している。
この札は、上司が何か万夜にしてやりたいという思いの形だ。そう思ったら無下にするのも忍びない。
万夜は剥がそうとした手を引っ込めた。
効果は無くても、僅かに気が楽になったような気がして万夜は独り微笑んだ。
幽也の部屋の前で、装備の確認をする。コートにはレアティファクト〈隠〉がある。お陰で持ち主は強く意識されない限りは気付かれないのである。
使っても全く見えないわけではなく他人の認識の穴になる程度にしか効果は現れない。戦闘で大暴れした時に認識されてしまう危険性はかなり高い。
しかしこうして物騒な装備を隠して街を歩く程度なら充分に効果を発揮する。まるで万夜が居ないものかのように他の人の認識をねじ曲げてくれる。
コートの裏。右前に杭、左前にナイフ5本束が3つ。両腕袖の裏に鎖分銅。コート外の背中にメイス、腰の左右に小太刀。爆弾はジャージの右ポケットに。両股の外側にナイフ束1つずつ。
こんな物騒な品々を持っているところを見つかったら通報されてしまうだろう。
コートに付いたレアティファクト様々だ。
万夜がコートの下に着ているのはジャージである。機能性重視。
コートの下に赤ジャージというのはあまり似合っていなかったが、本人は気にしていない。
持っている武器は多いが本番扱いに困る事は無い。持ってきてもらった武器は元々持っていたものが殆どであり、扱えるだけの訓練は積んでいる。
万夜の着ているコートはマントの防御不足を感じて一回だけ使った事があるし、刃物は魔術の触媒としても使ったし、〈杖〉の力の振るえない環境への対策にと色んな武器を試した。
しかし、コートは流石にマントと併用するには嵩張りすぎた。武器は杖を介して魔術で作った方が強かった。
そして、そもそも杖の振るえない環境が訪れなかった。
だから結局のところ、使う機会など今日までは訪れなかったのだ。
万夜は一度刀を抜き、縦に振り抜く。
「よし」
もうじき約束の六時だ。
万夜は幽也の家の近くにある時計を読み、準備運動をした。
とても静かで、夕刻だというのに全く人の気配がしない。万夜は人が居ないならやり易いとその口元に笑みを浮かべていた。
それから手提げ袋の中身を確認してから幽也の家の玄関の横に置くと、その扉に手を掛ける。
「お邪魔します」
しかし、先客がいた。
「おや、ようこそ。魔術師」
──ヤゴロシが足を組んで万夜の来訪に手を叩く。そして、万夜の背中を強い衝撃が貫いた。
「そして、さよならだ」
それが始まりの合図だった。
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