1-17「アンラッキースケベ」
「ふぁぁ……」
よく寝たような気がするが、頭がぼんやりとしていた幽也は大きく伸びをして起き上がると手を下ろしながら回りを見た。
(ここ、何処だっけ…………?)
……知らない天井だ。
知らない部屋だった。ベッドから見える窓の外も見覚えのある建物がちらほらと見えるが、この方角からは見たこと無い気がする。
はっきりしない頭でぼんやりと窓の外を眺めた幽也は、もう一度大きく伸びをした。
よく分からないが、まだ眠い。けれど二度寝する気分でもない。
幽也はベッドから降りる。
なんかベッドに手をついたときにまるで人をさわったかのような感覚がしたような気がして、首を傾げつつ気のせいだと思いながら部屋を移動した。振り返らない。
なんとなく部屋の配置は覚えていたので一度目覚ましのつもりで顔を洗い────。
「あっ、ぶふっ!!?」
幽也は洗おうと顔に叩きつけた水をこともあろうか思い切り吸ってしまう。勢いよく気管に入って噎せてしまった。
(──全部思い出した。宿だ。駅前の。〈杖〉の魔術師さんが金を出して、けど宿泊施設側に部屋が空いてないからという事でなんやかんやで一人用の部屋に相部屋させてもらうことになったんだっけ……あれ?)
幽也が覚えているのはそれまでだった。頭を捻っても抱えてもそれ以上は全くなにも出てこない。
「────んっ、ぅ……」
一つしかないベッドで寝ていた〈杖〉の魔術師に意識が向く。見た目通りの少女らしくすやすやと寝息をたてて眠っている。
悪魔に勝てると自称していた魔術師なのだからきっとこんな可憐な外見に反して強いんだろうなぁと眺めていた。
(………って待てよ? 一つしかないベッド?)
幽也は、部屋をもう一度見渡す。ベッドは一つだけ。
ベッドは一つだけだった。
「ふぁ、あ……」
(あっこれ、一緒に寝てました?)
幽也はその事実に気付いた。女性に免疫がないせいでその事実だけでもう顔真っ赤である。
「……ぉ……はよ」
「………………」
幽也は完全に固まってしまっていた。
万夜は寝ぼけ眼を擦りながら起き上がり、挨拶をしても顔を赤くしたまま返事を返さない幽也を見る。
そして首を傾げながら、ベッドを降りて幽也の横を通り過ぎて行く。
シャワーを浴びに行ったようだ。
「~~~っ!!!」
声にならない叫び声が聞こえて、漸く再起動に成功した幽也。慌てて何があったのかとシャワールームの扉に手を掛け──そこで無意識下での行動が終わった。
その先はヤバイ。女の子が絶賛シャワー浴び中のシャワールームだ。
突入するな馬鹿ナイスいいぞ行ってしまえ──突入するかどうかの未練がましい葛藤を幽也は蹴り飛ばすのにたっぷり数秒かかったが、どうにかこうにか扉からは離れた。
ラッキースケベ的な展開、そんなものは起こしてはいけない。
幽也は自分の行動を取り止めるのが間に合った事に満足げに頷き──瞬間、幽也の目の前の扉が開いた。
「幽也君っ! 私になにもして、ない、よ……ね…………っ!!?」
潤んだ彼女の目が合う。
上気した頬、しっとりと水気を含んだ銀髪、瑞々しい唇。拭ききれていない雫が彼女の体を滴っていく様子。
まずいと思ったが幽也は万夜から目を離すことが出来なかった。
Tシャツ一枚だけを着ていて、下着を着ている様子がなかった。幸い透けるようなものでもなかったが、幼い肢体が孕んだ色気に幽也の頭はショートした。
──万夜は混乱していた。
直接聞くしかないと万夜は勢いだけで飛び出したのだが、それは完全に逆効果だった。
近くにいることを想定してなかったのだろう。万夜は口や手を戦慄かせ、みるみるうちに真っ赤になった。
「~~~~っっっ見るな!!」
茹で蛸のように真っ赤に顔を染めた万夜の手によって、ばたんと大きな音をたて扉が閉められた。
殴られなかったな、と幽也口をあわあわと戦慄かせつつその場にへたりこんだ。
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