1-14「気の迷い」

「これは、なかなか素晴らしいレアティファクトじゃあないか」


 ヤゴロシは住宅地に建ち並ぶ家の軒先に座り込んで、持っていた石を月明かりに翳した。


〈杖〉のレアティファクトである。


 万夜から奪い取ったレアティファクトだ。一度殺した万夜は、手足を縛ってヤゴロシの背後の家の地下室に放り込んである。


 そして今、宗一は家の中にいる。宗一が万夜と少し話がしたいと言っていたからである。


 ヤゴロシはその事を不思議に思ったが、特に止める理由もなかったので、その要望通りにした。


 ただ、ヤゴロシは万夜の事を油断ならない小娘と警戒している。


 だから宗一には、話が終わったら大量の重石で地下室へ通じる床の扉の上を封鎖しておくように宗一に伝えてある。


 まさか手心など加えるはずもないだろう、とヤゴロシは外で待っているのである。他人の会話を盗み聞きする趣味はない。


「惜しむらくは、この私が取り込むには輝きが過ぎる。というところか」


 恍惚の表情で〈杖〉のレアティファクトを撫でていると、ヤゴロシが背にしていた扉が押された。


 ようやくか、とヤゴロシは立ち上がる。


 扉を塞ぐ悪魔がその扉の前から居なくなり、扉に思い切り体重をかけていた宗一が家の中から勢いよく出て来る。


 ヤゴロシは懐に〈杖〉のレアティファクトをしまいこむと、宗一に向き直った。


「用は済んだかな?」


「聞かねェでもわかってンだろ。さっさと行くぞ」


 宗一としては万夜を殺しきるよりも優先して幽也を何とかしたかった。


 あの女にかまけている暇は無いのだ。


 その方針にヤゴロシは特に反論する気はない為従っているのだが、詮索はする。


「ところで、何の話をしていたのかな」


「チッ」


「いきなり舌打ちとは手酷い限りだね」


 舌打ちを咎められた宗一はかわりにため息を吐き出し、目を細めてヤゴロシに対して苛立ちをみせた。


「こういうときは契約者を信じて詮索しねェのが礼儀じゃねェのかァ?」


「生憎、私は悪魔でね。礼儀など、君相手には使いどころでも無い。弁えないよ」


「舐めてンのか?」


「まさか」


 ヤゴロシの問いを避けるように話を逸らそうとした宗一をヤゴロシは怪訝に思いつつ、ヤゴロシは自らの顎を左手で撫でた。


「契約者があの外見は愛らしいお嬢さんに誑かされていたとしたら大変だ。とね、私は思ったのだ。答えてくれるか?」


 だけ、のところを強調して言ったヤゴロシ。


宗一は特に万夜の容姿については気にしていなかった為、誑かされているのではという疑惑に心外そうな顔をした。


「そォか、俺の事を信じられない訳だ」


「短絡的な返しだね。しかしその通り。私は、契約者が殺意を持って事に当たっていることを知っているが……しかし、その程度しか知らないのだよ」


「それもそうか」


 観念したように宗一は言った。


 彼女との会話の内容は、特別言いたいことではないが、実のところ大したものではなかった。


「昔な、一回会ったことがあンだよ。ま、十年近く昔だったからちゃんと覚えてるわけじゃあねェけどな」


「なるほど。確認と昔を懐かしむ──」


「何でー、とか叫ばれてまともに会話できなかったさ。挙げ句の果てに許さねェって」


「……なるほど」


 万夜は相応に錯乱しているのだろうか、とヤゴロシは思った。それからヤゴロシは歩きだした。


 人間に擬態するような変装はしていない。


 何故なら悪魔は一般人には認識することが叶わないからだ。


 幽也の前に姿を表したときは変装していたが、そのときは幽也に怪しまれないようにわざわざ他の人間に認識出来るように魔術を使っていただけである。


 だから、ヤゴロシは堂々と住宅地の真ん中を歩いている訳だ。宗一はその後ろをついて行きながら聞いた。


「どこ行くンだ?」


「霧川幽也の家だな」


「そォか」


 そうして言葉少なに道を歩いていると、遥か後方から地響きとともに何かが爆発するような大きな音が鳴り響いた。


「おいおいおい……っ!! 何だ……!?」


「ふむ」


 宗一とヤゴロシはその爆音を聞いて振り返った。夜の暗い空でも煙が上がっているのがよく分かる。火事だろうか──まさか、そんなわけがない。


「今の音……まさかよォ!!」


 宗一が顔を青くして走り出そうとしたところでヤゴロシはその手を掴んで引き留めた。


「脱出されたわけだろうね。予想はしていたけど、行く必要はない。どうせあの魔術師にもう魔術を扱うのは不可能だから、危険じゃない、無視して良いだろう」


 宗一は咄嗟に万夜を捕らえていた家へ向かおうとした。しかしヤゴロシが即座にその手を掴んで、さらに言葉を弄して止めた。


 ヤゴロシはニタニタと笑っている。宗一は不気味だった。


 ……この悪魔は、本当に信じて大丈夫なのか。


 悪魔を紹介したは悪魔は、なんて言っていたが。


(ここまで来て、どうしたって言うんだ? 今更悪魔を疑うってェのかよ?)


 宗一は一度深呼吸をしてヤゴロシの手を振り払った。


( ヤゴロシは行く必要はないと言った…………じゃあ、行かなくても問題ないはずだろ?)


 無理矢理言い聞かせるように考えながら宗一は頭を掻いた。不安だ。


「何。契約者はどんと構えていれば良い。勝手に終わるさ」


「そうかよ」


 ヤゴロシの言葉に少し安心した宗一は、気の迷いを振り払うように首を振って、自分の両頬を両手で挟むようにばしんと叩いた。


「気にする必要、ねェんだよな?」


「そうとも」


 気の迷いが晴れた、そんな気がした。


 それがただの誤魔化しでも。






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