1-8「同類か否か」
万夜は己が壁に開けた円形の穴から悠々と出る。
視線の先には二足で立ち上がる黒猫の悪魔ヤゴロシ。バーテンダーを想起するような、ワイシャツの上に黒のベストを着た悪魔へと万夜は杖を向けた。
杖の長さは万夜の身の丈程もあり、外見は特殊な装飾が一切無く、ただの棒切れにしか見えない。
だが、見た目がどうあれ、レアティファクトによって作られた杖である。
万夜は、自らを〈杖〉の魔術師と名乗った。そんな彼女が持っているそれがただの棒切れであるわけがないと、ヤゴロシは思った。
「なぁ、お嬢さん。〈杖〉と名乗ったが、やはりお嬢さんは〈杖〉のレアティファクトを手に入れたのではなく、持っていた。そう、つまりはファクターと言うことで良いのかな?」
「答える意味がない。なんの意味があるの」
呆れるように肩を竦めた万夜に、やはり答えてくれないかとヤゴロシはゆらりと距離を保つように右に歩き出す。
ヤゴロシは万夜の神装の所在を問いかけたが、その問いに答えようが答えなかろうが考えは定まっている。
ヤゴロシは、万夜がファクターであるということを殆ど確信している。
悪魔特有の感覚で、レアティファクトの所在はある程度は分かるのである。
だがヤゴロシは確信を持てなかった。〈杖〉の存在感が他の神装と比較してもかなり異質なのだ。
強すぎる、とでも言うべきだろうか。
ヤゴロシは喋りながらなんとかその所在を見定めようとしていた。
言われた通り万夜はファクターだった。ヤゴロシはその確信を得るのに時間がかかってしまった。
質問をしたのは、反応から確信を更に強固なものにするためだったのだ。
〈杖〉の魔術師は多数の悪魔を倒した実績があるのだ。ヤゴロシは、その実力を大いに警戒していた。
「通常、レアティファクトを行使する者は魔術の行使が出来ない。これは我々悪魔が〈魔術を行使する者〉であり、〈レアティファクトを喰らう者〉という事から悪魔=魔術と結び、〈
ヤゴロシは万夜を油断無く、見続ける。
一向に口を止めることないヤゴロシに、万夜は冷めた態度を示しつつ攻撃のために杖を掲げたまま左へと足を進める。
両者の距離は詰まることも離れることも無く保たれていた。
距離を詰めることは必ずしも有利に進めるわけではない。万夜は距離を維持することで、これ以上不利にならないようにした。
「しかし、お嬢さんの〈杖〉のレアティファクト。杖というと、そう〈魔法使いが持っている道具〉として名高い杖だ。お嬢さんはそれを利用したんだろう?」
万夜がその言葉に反応し、眉を上げる。
ヤゴロシは興味を示されたことで笑みを深くし、言葉を続ける。
「普通、ファクターは魔術を使えない。だからそう考える、当然だろう? そして〈杖〉の魔術師を名乗るのはそれを認識から補強するためだ。お嬢さん、もしかしてその杖は悪魔と同じなんじゃないのかな? その〈杖〉も〈悪魔〉と同じ。〈魔術を作る者〉に由来する。つまりは同類、そうだろう?」
ヤゴロシの言説に、万夜は詰まらなそうに溜め息を吐いた。
悪魔=杖。そう万夜に認識させることで万夜の魔術を封殺してしまおうと考えたのだろう。
だが、そんな手を打ってくる悪魔を万夜は何匹も屠っている。
今更、そんなものが通用はしない。万夜はその問いの答えは己の中で確立している。
だって、そもそも、
「杖は、喋らない」
万夜は呟いた。
──悪魔は喋るが、杖は喋らない。
だから結び付かない。万夜の中ではそう結論が付いている。勿論それだけが結び付かない理由ではないが、万夜の中では絶対に杖と悪魔は結び付かない。
なるほど、とヤゴロシは思案する。
杖は生きていない。それは、確かにそうだろう。
レアティファクトの効果は使用者の認識が最も作用する。
故に使用者たる万夜の認識が悪魔と杖を結ばない以上、認識を屁理屈でひっくり返すような手を用いての魔術師としての能力の無効化は不可能だろう。
しかし、万夜の戦闘スタイルは魔術を主軸としている。
魔術という悪魔の業を真似する以上、万夜が不利である事には違いない。
面倒に違いないが、正面突破出来るだろうとヤゴロシは考えた。
──確かに真っ当な魔術戦で戦おうと考えることと、取る手段は間違ったものではない。
だが、万夜を常識に当て嵌める考えだけは間違っていた。
万夜は普通の人間とするには、持っている神装が異質過ぎた。
「杖が喋らないのはそうだがよく考えて──」
「〈
「──おいおい問答無用か?」
これだけ話しかけてくるだけの時間があって問答無用とはどういうことか、と万夜は呆れ返ってしまった。
万夜が呟いた言葉に呼応して、万夜の体が燐光に包まれていく。
闇色の三角帽子、十字の彫られた銀の腕輪、赤のマント。魔術によって産み出された三種の装具を身に包んだ万夜は気合いを入れ直して、杖を構えた。
「滅魔機関〈ヤシロ〉が所属魔術師〈杖〉! さっさと死んで、悪魔」
杖をくるりと回し、万夜は叫びを上げた。
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