第3話

「私はこの提案には反対です。私の店で売っている10万ダルの宝石とシリカ・ジリカの店で売っている10ダルの駄菓子が同じ価値だなんて考えられない。苦し紛れの思いつきみたいな発案なんてぜったい、ぜ~ったい!私は反対ですヨォ!」

「…誰のマネでゲス?とりあえず、全然似てないでゲス」


――町役場の三階にある会議室の一室。前回の会議に参加出来なかったソガくんに俺はネチネチと反対意見を述べてきたスナガネのマネをしながら現場の空気感を伝えてやってるのに、ソガくんは俺の話に飽きたているようでテーブルのブルーティップのシートをぺらりと指先で持ち上げた。


「この紙切れを集める事で商店街を復興出来るのでゲスかー?これを刷りだすための印刷仕事と会計する時、店員の手間が増えるだけだと思うでゲス」


 瓶底眼鏡の奥から疑心暗鬼の瞳を鈍らせているソガくんを見て俺はふっふと鼻の下をさすってみせる。


「確かにこの制度のお陰で仕事の手間が増えるのはしょうがないさ。でも、そこまでしてもやる意味はあるよ」

「何を根拠にそんな事を……。これを集めた景品はなんでゲスか?」

「景品?そんなモノは用意してないよ」


「はぁ!?」ソガくんが手から落ちた台紙の角がテーブルに音を立てて転がり、床の上で空のページが開かれた。


「いいかい?ブルーティップはあくまでも買い物をしてもらうきっかけと商店街の話題を広めるだけの付加価値に過ぎない。『この商店街で買い物をすると1点につき1枚ブルーティップがもらえる』。来客者に対してその印象を植え付けるだけで充分なんだ。それだけで次もこのお店で買い物をしようって気持ちになれる」

「そ、そんなに簡単に買い物客が増えるんでゲスか?確かに買い物とついでにオマケがもらえるのは嬉しいでゲスが、これはただの紙切れでゲス」


「これは俺が居た世界の話なんだけど」半信半疑のソガくんに俺は体験談を聞かせてやる。


「人間って生き物は多かれ少なかれ、収集癖がある。例えば登場人物の多いアニメモノのフィギュアだったり、ゲームのカードだったり、人によってはビンの王冠だったりする。その収集癖を刺激して買い物客にブルーティップを集めさせるのがこの制度の目的さ」

「……なるほど。確かに『台紙にティップが埋まっていくのが面白い』って感じたり、『中途半端に台紙にティップがあるのがイヤだから終わりまで集めよう』って台紙の空きを埋めるために買い物をするバカな客も居るかもしれないでゲスね……さすがヤシロくん。目の付け所がエッジでゲス!」


「バカは余計だけどね。お客さんに対して」ソガくんがオレを見て手を叩いて褒めてくれている。……苦節三ヶ月、これまでの努力が実って、やっと俺が思い描いている『皆がオレを賞賛してくれる異世界』ぽくなってきたぞ。「で、話は戻るんでゲスが」仰け反っていた身体をテーブルに押し付けるようにしてソガくんは俺に訊ねた。


「ブルーティップ500枚コンプの景品を用意していないってどういう事でゲス?約束した条件に嘘があると詐欺罪で帝都の騎士局にしょっぴかれて地下プリズン送りでゲスよ?」

「詐欺だなんて大げさな…よく聞いてくれ」


 俺は掌で壁を作りながらテーブルの奥に顔を近づけてソガくんに耳打ちを始めた。


「この寂れた商店街での買い物で台紙の500枚を全部埋めようなんて最初から無理な話さ。飽きっぽくて長続きしない獣人やモンスターの収集癖じゃ、なかなかフルコンプまで辿りつけないよ。商店街で買い物をしてもらって、途中までティップを集めて『やっぱりコンプは無理だった』って諦めてもらうのが目的さ」

「な、最初から景品を用意していなかったなんて…ヤシロくん、おぬしもワルでゲスね……」

「人聞きが悪いなあ。現状、まだアルパからの予算が下りていないだけさ。一応、次の会議には景品の案は出しておくよ」


 顔を見合わせてゲス笑いをする俺達ふたり。それが飽きると俺は立ち上がって窓から町を見下ろして話を総括するようにソガくんに言った。


「最初に話したとおり、ブルーティップは買い物をしてもらうためのひとつのきっかけなんだ。この台紙にティップをコンプして集めてくる人物がいれば、よっぽどの狂人か暇人。あるいは……」

「たのもーーーーーっ!!」


 廊下から張り上げた快活な高い声が響き、勢い良く入り口のドアが開く。蝶番ちょうつがいのひとつがはずれ、重心を失い始めたそのドアの中から背の低い女の子が現れた。黒のビキニと肩に羽織っただけの黒ジャージというアバンギャルドな出で立ち、頭の両側から生えた太い角に目を捕らわれていると少女がガラス玉のような瞳で俺を射抜いて声を張り上げた。


「オマエが担当者か!ブルーティップをこの台紙に全部、集め終わったのだ!苦労して集めたゴホウビとして景品が欲しいのだ!」


 手に持った台紙を開いてペラペラとめくり、少女は俺達に自分の成果を見せ付けてる。25枚綴りのティップが貼り付けられたページはめくられる度、どれも青々と輝いている。


「ほ、本当に全部のページを集めてきた……」

「そのでかい角と背中の黒い羽根…。あ、思い出したでゲス!」


 ソガくんが彼女の顔を見て怯えた声でオレを向き直った。


「あの娘は町を荒らす過激派、ベリアス家の跡取りのギリアム・ベリアスでゲス!」

「ブルーティップを集め終わったらどこで交換すれば良いか、黒衣くろぎぬたちに聞いたら担当者はここだって聞いてやってきのだ!早く景品をよこすのだ♪」


 無邪気に笑いながら俺にブルーティップ500枚フルコンプの景品をねだるベリアス家の娘、ギリアム。なんてこった。窓の外に目を移すと黒いローブを頭から被った術者のような連中が入り口付近に集結し始めている。


「このギリアムが商店街を端から端まで周ってブルーティップを集めたのだ。早くゴホウビを渡さないとこの周辺一帯をギリアムの魔法でハカイするのだ」

「ちょ、待って。……ソガくん?」


 助け舟を求めてソガくんを見ると彼は俺に向かって十字を切ったあと、手を組んで深く頭を下げている。まるでこれから死ぬ者に対しての祈りである。……なんてこった。まだブルーティップを始めて3日目だぞ?


「さぁ、早くこの全部集めたブルーティップとオマエが持っている景品を交換するのだ。…何度も同じような事を言わせないで欲しいのだ。いう事を聞かないと、この手がだんだん、町をハカイしたくなってくるのだ」


 悪意の無い瞳で物騒な発言をしながらオレを眺める悪魔族の少女、ギリアム。フルコンプ者が現れない事を見通して始めたブルーティップ制度。しかしその企みは強大な力を持ったひとりの少女の登場によって音を立てて破綻しはじめていったのである。

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