第2話
町の中心に位置する場所にあるシグルズ町役場。西日が差し込む夕暮れの通路の終わりに金髪の女性が壁に背を付け腕組をしながら俺を待ち構えている。俺は彼女に頭を下げると彼女は体を起こして銀縁眼鏡の奥の瞳で俺を見据えた。
――俺を呼び出したのはこの町、シグルズの町長であるアルパ・モーテル。数年前に選挙の末、町長に就任したエルフで見た目は俺と同じくらい若く見えるが実年齢は…。
こほん、と俺の考えを見透かすようにアルパは咳払いをすると奥の一室へと目をやった。視線の先はこれから会議の行なわれる第一会議室。話の内容はもちろんこの町の商店街再建についてだ。
「もう皆集まっているわ。早く始めましょう」
急かしたアルパが俺の後を付いて廊下を歩く。会議の発起人である俺は勢い良く会議室のドアを開けた。
「おー、本日の主役の登場だ」
「呼び出されて誰かと思えば救世主サマだぎゃ」
「また何か面倒を起こすんじゃねぇだろうな?」
「くだらねぇ話だったらぶっとばすからな」
部屋に入ってきた俺に注がれる冷たい視線と穏やかではない言葉の数々。10畳ほどの部屋の真ん中には白いテーブルが置かれ、それを囲むように商店街の店主たちが椅子に座っていた。彼らはアルパと同じエルフだったり、ソガ君と同じドワーフだったり、あるいはモンスターだったりした。彼らの顔を見ながら上座の席を引くと着席したアルパが司会を取り仕切った。
「皆、集まってくれてありがとう。今回も町の救世主であるヤシロからの提案があるそうよ」
「ケッ、狩りのひとつもできないヘナチョコの何が救世主だ」
精肉店を運営しているオークのゲルバブが歯に挟まった肉を爪でほじくりながらガラの悪い態度で椅子に座り、大きな体躯から俺を見下ろしている。ウェーブのかかったボブカットのエルフ、雑貨店員のエルザが長い脚を畳むようにちんまりと座り、上目遣いで控えめに発言する。
「ヤシロ、みんなの為にがんばってるのはわかるけど……。また観光客にふらっしゅもぶ?とかいう踊りをするのはイヤよ」
「オデたちは職人だぎゃ!客を呼ぶための小細工なんかやめて自分たちで造った工芸品をみんなに買ってもらうのが一番だぎゃ!」
知恵のあるゴブリンの一種、モブリンのアリべべが甲高い声を上げた。
「彼の言うとおり。先祖の代から我々はこの地で工芸品を売りながら生活してきました。いまさら思いつきで客集めをしようと思っても長くは続きませんよ」
アリベベに同調したのがボルモールと呼ばれるモグラに似た一族のスナガネ。彼らは日の光を避けるためにサングラスを掛けており、野暮ったい服装で顔の周りにヒゲが生えているために、たまに彼らがドワーフ族であるはずのソガ君に見える事がある。思い思いに発言し、あーだこーだと騒ぎ出す連中をいさめるようにアルパが声を発した。
「はい、落ち着いて。とりあえず話だけでも聞いてみましょう。ヤシロ、お願い」
アルパの視線が向けられると、俺は呼吸を整えて席を立った。店主たちの俺への態度でわかるとおり、これまでに俺は何度も商店街復活計画として数々の失敗を重ねてきた。でもそれも今日で終わりだ。今回こそは成功させて見せる。俺には確固たる自信があった。
「えー、今回俺が皆に提案するのはこれです。これを買い物をしたお客さんにお釣りと一緒に手渡します。これで商店街に活気が戻るはずです」
「それは……手紙を送るときに封筒に貼る切手じゃない!そんなものに価値があるっていうの?」
雑貨屋のエルザが疑惑の目で俺の手に持った青いちいさな紙切れを見つめた。
「おいおい、ふざけんなよ。こんな事だったらカァチャンに店番頼むんじゃなかったぜ。そんな紙切れ一枚でどうやって商店街に客を取り戻すっていうんだ?あん?」
修理工のあらくれマスク、ライガが呆れたように両手を広げた。「見たことのない切手ねー。外国のモノかしら?」興味のある様子でドワーフの少女、シリカ・ジリカが赤い帽子のポンポン飾りを揺らして紙切れの絵柄を覗き込んだ。モブリンのアリベベが何かをひらめいたのか、ポンと手を叩いた。
「そういえば、珍しい切手は高い値段が付くって聞いたことがあるぎゃ!」
「なるほど。この町限定の切手を販売して、それに価値を出そうという事ですね」
「いや、その逆です。この紙切れ自体には何の価値もありません」
スナガネに言葉を返すと、再び場がざわめきだした。「ヤシロ、ちゃんと説明しなさい」アルパに咎められて俺は話の本題を切り出す。
「えー、皆さんに見せているこの紙切れ、実は切手ではなくただの無価値な紙切れです。買い物のたびにこれをお客さんに集めてもらいます」
「それでどうやって客を取り戻すってんだ?あん?」
「ライガ、話を最後まで聞きなさい」
拳を打ち鳴らしたあらくれマスクをアルパが制すると俺は話を続けた。
「これはブルーティップと呼ばれる俺の元居た世界では当たり前のように使われているポイントサービスの礎となったシステムです。このティップを役場で配布する台紙にスタンプとして500枚集めると商品が貰えます」
「ふむ、店で買い物をするとこのスタンプが手に入り、複数枚集めると褒美が貰えるという事ね」
「なんだかお買い物が楽しくなりそう」
アルパが俺の話をまとめ、エルザが目を輝かせた。「はいはーい、質問ー」シリカがちいさな手を挙げて俺に訊ねた。
「そのティップは一本10ダルのうめぇ棒を買っても貰えるワケ?」
「ああ、一商品に付き貰えるティップは一枚だ。うめぇ棒を買っても、キットカッツバーを買っても貰える」
「な、それじゃ売り物単価の高い私の店が不利じゃありませんか!」
「オデの服も売れないぎゃ!」
宝石店のスナガネと織物工房で働くアリベベが講義の声を挙げた。……確かに。それについては深く考えていなかった。俺は頭の中で言葉を取り繕うと彼らに向けて解決案を出した。
「期間限定で安い商品を並べてみたらどうでしょう?これまでそちらの店で買い物をしなかった層のお客さんの手にとってもらえるかもしれません。修理工であれば部品を売る事だって出来る訳ですし…」
言いながらちらりとライガを見ると彼は舌打ちをして視線を外した。
「皆、勘違いしないで欲しい。今回の目的は各々の店の売り上げを増やす事ではなく、商店街に活気を取り戻すこと。…そろそろ話も頃合ね。この案を取り入れるか否か、是非を問います」
アルパが訊ねると皆が挙手を始めた。賛成意見4票、反対意見3票。この結果によりにより俺の提出案が可決され、商店街にブルーティップシステムが導入される運びとなった。この決定が商店街を蘇らせる秘策となるか、否か。それは商店街に訪れてくれるお客さんと好意的にティップを受け入れてくれる店の人達のがんばりに委ねるしか他ない。
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