異世界でピョンタカードは使えますか?

まじろ

ブルーティップとネバキルガール

第1話

 魔法の力で走行する蒸気機関車が停まる駅を降りて雑草まみれの空き地を抜けると目の前に観光客と地元住民を出迎える小規模な商店街が見える。俺が居た世界の尺度で一キロほどの距離の通路に精肉店や武器や防具の修理工、雑貨屋のたぐいが立ち並ぶ。千年前に造られたという豪勢なドラゴンの正門をくぐってしばらく歩くと客や店主の賑わいもすぐに消え、ほとんどの店が門を下している。その光景を見て俺は歩きながら溜め息を吐く。


――ここは異世界カレオ・モーレ、ファフニール地方に属するエルフとドワーフとモンスターが共存する町シグルズにあるセフィロト通り。およそ日本でいう所のシャッター街だ。


「ゲースゲスゲス!ヤシロ君、どっかり肩を落としていつもよりしょぼくれた顔をしているでゲス!どうせまたあの年増の町長に無理難題を吹っかけれられているに決まっているのでゲス!」


 後ろの方からゲス笑いをしながら背の低い少年と青年の間と思わしき世代の男が頭に被った緑色の帽子のポンポン飾りを揺らして、落ち込む俺を煽るように目の前に現れた。


「ゲスゲス!やっぱりヤシロ君でゲス!後ろからからかってあかの他人だったら恥ずかしかったのでゲス!」


――彼の名はドワーフ族のソガ・ゾカ君。突然異世界に招かれた俺の世話係を言いつけられた瓶底眼鏡がトレードマークの工芸アイテム収集オタク。平たく言えば俺の相棒ポジションにあたる存在だ。


 それと自己紹介が遅れたが俺の名は八城聖吉やしろしょうきち。15歳の誕生日にこの異世界に飛ばされ、気がついたらこの商店街の床に倒れていた。その姿を見た町の住人たちは俺をこの寂れた商店街を再建してくれる救世主だと勘違いし、今ではここの経営担当者を任せられている。


「アレ?本当に落ち込んだ顔をしているでゲスね?悩みがあるなら話してみるでゲス。何もしてあげられないけれど傍にいる事は出来るでゲス」


 一昔前のJ-POPの歌詞みたいな事を言って体を近づけてきたソガ君を押しのけて俺は話の本題を切り出す。実はこの商店街に関する深刻な問題を抱えていた。


「聞いてくれよ。ここの商店街、ほぼ全部の店が3ヶ月連続で赤字経営。このままじゃどこの店も潰れちゃうよ」

「ほう、そんなシリアスな悩みを独りで抱えていたのでゲスか……」


 ソガ君は顎に手を置いて考えるフリをした後、開き直ったようなテンションで両手を広げた。


「そんなもん、全部放っておいたらいいのでゲス!」

「は?何言ってんの?商店街の危機だって言ってんじゃん」

「考えてもみるでゲス、ヤシロ君。ここの商店街で開けてるような店はどこも貯金を切り崩しながら趣味でやってるような店ばっかりでゲス!愛想の悪いモンスター店員に10年以上変わらない商品ラインナップ。客を呼び込む創意工夫の無い店は潰れて当然でゲス!続けようが、潰れようが、そんなもんは全て自己責任でゲス!」

「そ、それは確かに正論かもしれないけど。せっかく経営担当者に任命されたんだから何かしたいじゃんか…ってあいたっ!」


 道の真ん中でソガ君と話していたら肩に尖った厚板のようなものがぶつかり、それが風を切ってすれ違いに歩いていった。


「なんだ、エルフでもドワーフでも無ぇ、別世界から来たっていうヒューマンか。たく、前見て歩きやがれ」

「ぶつかってきたのはそっちでゲス!ヤシロ君に謝るでゲス!」

「…いいよソガ君。大丈夫だから」


 道の途中で俺にぶつかってきたのは既に赤い顔をした蜥蜴男《リザードマン

》。火山地区で生まれ育った種族である彼らの体は熱い鱗で覆われ、身の丈3

メートルに届きそうなその男は俺を見下ろして唾を吐く様に言葉を吐き捨てた。


「なんだぁ、テメェ。今心の中でオレの事、トカゲだって馬鹿にしてんだろうが」


 男は道の真ん中で立ち止まり振り返ると、十字の瞳孔を見開きながら鋭い視線をこっちに向けて今にも口から炎を吐き出しそうに喉を鳴らしている。


――蜥蜴男は由緒正しきドラゴンの子孫。彼らをトカゲと罵る事は異種族による侮辱とみなされ処罰の対象となる。俺はすいません、と頭を下げると、同様に隣に居るソガ君の帽子を掴んで頭を下げさせた。それを見てフン、と鼻を鳴らして蜥蜴男が商店街の入り口の方へと大きな足を踏み出して歩いていく。


「町外れの飲み屋街から来たトカゲ野郎でゲスね。何もあんなヤツに謝る必要なんか…ヤシロ君、どうしたでゲス?」


 思わず身を屈めた俺にソガ君が気遣って声を掛ける。床に落ちたその青い切手のような紙切れを掴み上げると思わず「これだ」と呟いた。それは蜥蜴男とぶつかった時にひらひらと宙に待って落ちたもの。高まる鼓動を抑え、体を起こすと俺はソガ君に向かって声をあげた。


「これだよ…見えたよ、商店街復興の道筋が!」

「え、こんな寂れた商店街の何処にそんな道筋があるのでゲス?なんの変哲も無い一本道でゲス」


 ぐるぐると周りを見渡す大ボケをかましているソガ君を無視して俺は手の平のその青いシートに目を落とす。これがあれば閑古鳥が鳴くこの商店街の活気を取り戻す事が出来るかもしれない。確信に近い気持ちで拳を握り締めると「閑古鳥ってどんな鳥でゲスか?」と呆けているソガ君を連れて天使が戯れる絵が取り付けられた門をくぐり、商店街の出口を抜けた。


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