恋とブラスと回り道 3

 今日も吹奏楽部の人たちは千谷君を説得しようと追い回している。昨日の件もあって目をつけられた私と倫太郎もまた、昼休みには身を隠すことにした。クロロには、事情を話してある。すんなり前佛まえふつさんたちと食べてくれているのが幸いだ。

「昼もおちおち飯が食えないな」

 弁当をかきこんでいる倫太郎が、ぼそりとつぶやいた。生垣に隠れるようにしゃがみこんでお弁当を広げる。

「確かに今日は晴れているからいいけど雨でも降ったらどうしようか」

 ふりかけをかけてゴミを袋にしまう。強い風の日も大変かもしれない。

「こんなことなら入部を辞退してもらいたい」

「でも本人自体は悪くないと思う。それにほら、もう少し部員がいてもいいし」

「面倒ごとを持ち込んでこないならもちろん大歓迎だ。それ以上にあいつの入部動機が気に入らない」

「……ああ」

 苦笑いしてしまう。私を追いかけて、ってやつ。

「でもそれなら兼部でも構わないのにね。そんなに吹奏楽部が嫌になったのかな」

「吹奏楽部の連中から逃げているんだろう?」

 はっきりといわれて、頭の片隅で否定していたものが現実味を帯びてきた。ただ化学部に興味を持った、と言えばよかったはずなのに、と。

 昨日の部活の時にも他愛もない話からそんな話題になったのだ。元気いっぱいの2年生たちからは冷やかしの嵐だった。

「そういえば圭希先輩も転部してきたんですよね。なぜ化学部に?」

 陸上部から転部してきたという圭希先輩に目を向ける。

「んー、化学が一番苦手だったから。克服しようと思って」

 へえ、そういう理由もあるのか。

 続いて井生先輩の方を見ると、「中学の時に一番得意だった理科系の部活に入ろうと思っていたから」だそうで。

 小木曽先輩は「まあ、何となく」

 二渡先輩は「雰囲気があっていたし」

 炭谷先輩は「面白そうだったから」

「そういえば侑樹ゆうきは物理部にも入ってたよな? 辞めちゃったんだっけ」

 小木曽先輩がつぶやく。話題を振られた炭谷先輩はんーまあね、とあいまいな返事をしていた。結局誰も退部理由は聞かなかったわけだけれども。そういえば倫太郎の入部理由も聞いていない。

「そういえば倫太郎って化学部に入部しようと思った理由は?」

 少し間を置いて「何となく」と返事が返ってきた。

「あらゆる部活において退部の理由一位は自分には向いていなかった、らしい」

「でも千谷君にはトランペットの実力がある」

「イメージとのギャップ」

「小中とやってきたんだよ。実際高校でもやろうという気持ちがあったから吹奏楽部に入ったわけだし。この近辺の高校の中では強いって知っていたし覚悟もできていたはず」

「今のところはっきり否定できるのはこのくらいか。水野、部活を辞める理由っていうのは他に何がある?」

「うーん、ケガ?」

「しているようには見えないが。第一運動部じゃあるまいし」

「いじめ?」

「顧問がそれで動かないとでも?」

「勉強についていけなくなって成績が落ちた」

「あきらめるには早すぎる時期じゃないか?」

「家庭の事情? お金とか」

「可能性はある。ただ、音楽を続ける方法としては部活は一番金がかからない」

「……痴情のもつれ?」

「自分で何言ってるかわかってるか?」

 ほかに思い付かなくて、つい。そういうドラマの見過ぎです、きっと。

「でも、プライバシーに関わってくる問題もあるから難しいね」

「情報を組み合わせれば見えてくるものもある。できる範囲で調べればいい」

「できるかな」

 私は雲一つない空にポツリとつぶやいた。

「その点はありがたいことに千谷は水野と一緒にいたいようだからな。

 千谷を門前払いせずにこの状況から抜け出すには、千谷の援護射撃をするしかない。一般的なことしか言えなければ吹奏楽部の連中は納得しない」

「やってくれるの?」

「追い出したところで悪者扱いになるかもしれん。そのくらいなら少しでも身になるものを選ぶまでだ。疑問について仮説を立て、実験し、結果から考察する。研究と何ら変わらん」

 倫太郎は空になった弁当箱をクロスに包む。

「なるべくスマホの着信も見るようにするよ」

「まあ、そこはいつもお願いしたいけれどね」

 私もお弁当をしまう。もうそろそろ5限が始まる。教室に戻ろうとする倫太郎の背中が、ほんの少しだけ頼もしく見えた。

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