恋とブラスと回り道 5

 土曜日の10時ちょっと過ぎ、私たちはショッピングモールの最寄駅で落ち合った。白いポロシャツにジーンズ姿の千谷君は、黒いウエストポーチをつけている。白のシフォンブラウスに淡いピンクのフレアスカート、黒のショルダーバッグでも張り切りすぎたかな、とちょっぴり後悔した。後で知ったが財布だけでなく服や小物もあまり持っていないらしい。それでもすごくほめてくれたので少しうれしかったけれど。

「ところで財布ってどこに売っているものなの?」

「あー」

 ブランドものが欲しければそういう店に行けばいいけれど、費用は本人持ちなので連れていくにはハードルが高い。かといってスーパーや100均で投げ売りされているものでは付き添いとして来た割にはどうなの?

「とりあえずメンズファッションを扱っている店や雑貨店を回ろうか」

 しかし、そううまくいく話ではなかった。ほとんどのファッション店がレディースまたは子供服しか売っていない。紳士服の店もスーツしか売ってなかったり、明らかに中高年向けだったり、地元にもあるようなファストファッションのチェーン店だったり、とにかく男の服を売っている店がない。見つけて入ってみても、そもそも男性向けのエリアが狭く、ようやく財布を見つけてもすぐにこれ、とは言い難かった。

 店を練り歩いて棒になった足を休ませようと近くのベンチに腰を下ろす。第一声に「こんなにないもんなの?」と悲鳴を上げた。

「本当に、女性向けの店はあらゆる世代のあらゆるジャンルがそろっているね」

 千谷君も隣に腰かけてマップを広げる。2人でどの店を見たのか確認した。

「後見てないのはここ、は化粧品、携帯ショップ、時計、メガネ、靴、本屋、ゲーセン……これは?」

「多分おもちゃ屋。CDショップに保険か……あるとしたらここかここ、あと……ないか」

 千谷君が指さしたのは、1つはスポーツ用品店、もう1つは生活雑貨の店。まずスポーツ用品店から回ることにした。スポーツブランドも結構財布を製造しているらしく、意外に種類があった。値段もそこそこ。とりあえずよさげなものを絞っておいて、生活雑貨の店に行く。やっぱり女性向けのものが多かったけれど、どっちが使ってもよさそうなシンプルなものがいくつかあった。値段も手ごろである。

「一菜ちゃんって、ものを選ぶときどういう点が気になる?」

「うーん、財布の場合はちょっと高くても気に入ったものがいいかな」

「どんな風に?」

 千谷君に聞かれて、少し考えてみた。小学生の時はラインストーンがいっぱいついたきらきらした財布を使っていたが、使っているうちにハゲたり取れたりしてみすぼらしくなってしまったので、卒業を機に今のに買い替えた。ふわふわのボアがついたものは触っていて気持ちいいけれど、使っていると汚れたりけば立ったりしてくる。黒いのはおしゃれだけどカバンの中で迷子になるし、白いのも汚れてくる。マジックテープ式はうるさいし、子どもっぽいからファスナータイプがいい。それでいてかわいいものを、と考えたら、予算の関係上今持っている財布になった。濃いピンクと薄いピンクの格子模様で、高校生になった今も使っていられる。カードがたくさん入るとか、長財布か折り畳みかとかあまり機能性は重視していなかった。

「私は可愛いの、って思ったからその基準で選んだけれど、千谷君は自分のこだわりでいいと思うよ。あんまり買い替えるものじゃないから。見た目、大きさ、機能性、何か譲れない点は?」

「小さいほうがいいかな。ポケットに入れるのに」

 結局ポケットに入れるんかい。でも分かる。常に身に着けておかなければならない場合もあるだろうから。

「あっ、これは?」

 手のひらより少し大きいくらいの折り畳みの財布。濃紺でシンプルなつくりだ。値段も手ごろだったので千谷君に渡してみる。

「確かに、これいいかも」

 千谷君は自分で広げてじっくり眺めていた。最終的にこれに決めたらしくレジに向かった。銀行の封筒から1万円札を取り出したのにはびっくりしたけれども、店員さんはピクリともせず最後まで対応していた。

 ランチタイムも過ぎてまで駆け回っていたことに気付き、1階のカフェで何か食べることにした。私はフレンチトーストと紅茶、千谷君はオレンジジュースと卵サンドにした。いただきます、と2人で食べ始めることにしたのだけれど、千谷君はフレンチトーストを頬張る私をじっと見つめる。

「シロップとかついてる?」

「いや、写真とか撮らないんだなって」

「看板の写真には負けちゃうしね。千谷君はどうなの?」

「あんまりやらないかな。冷めちゃうし」

「それもそうだね」

 2人とも黙々と食べ始める。そういえばこの人あんまりスマホとかいじらないな、と思った。吹奏楽部の人たちからの着信を見たくないのかもしれないけれど。

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