コンクリート・ブラックボックス 4

 翌日の昼休み、廊下の隅に集まるとクロロはスマホの画面を見せてくれた。

「まず、これだけ築年数が経っていると、建物に使われた有機系の化学物質が原因でシックハウス症候群になるっていうのは考えにくいわ。すべて拡散しているでしょうし」

 クロロがきっぱり言い切る。

「建物に原因があるとすればおそらくどこかにカビが生えているのでしょう。カビが生える原因としては、界壁、部屋のしきりになる壁のことよ、これが天井裏までついていないことが挙げられるの」

 界壁は防火、防音など様々な対策のために住宅等にはつけなければいけないらしい。そういった資料をクロロは指さして見せてくれた。

「部室棟の場合、長屋あるいは共同住宅として登録されているか微妙。もしかしたら規定外かもしれないわ。そうしたら事故物件とはいえない。まあ、充分シックハウスの原因にはなりうるけどね」

 欠陥住宅と呼ばれた屋根裏には、カビがびっしりとはびこっていた。これじゃ安心して住めないね。

「後は本当に欠陥がある場合、外壁や屋根等、それから床裏に雨風や高い湿度の空気が吹き込んで多湿の環境になり、カビが増殖することもあるわね。こうした住宅はネズミやハクビシンなんかも入り込むからそういった生物の住処になっていないかどうかも確認が必要ね」

「いわゆる動物アレルギーを発症するってことか?」

 前佛さんが聞くと、「死骸や糞尿が病気を持ち込むんだよ」と倫太郎に呆れられていた。

「でも、もしそうだったらすぐに病院に行かなきゃいけないよね?」

「ええ。こういった可能性もあるから、例の生徒会さんにはそういう報告もしたほうがいいわ。消毒くらいならすぐにやってもらえるわよ。生徒だけじゃなく近隣住民にまで被害が及ぶもの。

 結論として本格的な調査はすぐに業者を呼んでやってもらったほうがいい。荷物を運び出したのは英断ね。建て替えもなるべく早くやったほうがいいと思うけれど、ちょっと気になることがあるの」

「どんなこと?」

「建てられたのは1990年なのよね。だとしたらまだアスベストが使われていた部分があるんじゃないかしら」

「何かまずい物質なの?」

「アスベストは発がん性物質だ」

 倫太郎が口を開いた。

「何でそんなものが使われているんだ?」

 前佛さんが詰め寄る。

「昔は断熱材や電気絶縁材として建築資材や電気機器なんかに使われていたんだよ。だが粉塵となった繊維を吸い込むことで肺がんなどの呼吸器疾患の原因となることが分かり、日本ですべてのアスベストが使用禁止になったのは2000年代。1990年となると耐久性に優れていて安価だったためにほとんどの建築には使われているだろうな。ついでに言うと活動停止中に処分された金網っていうのも奥にしまってあった石綿付き金網だったらしい」

 倫太郎の話を聞いて、まだそんなものがあったんだ、と思わずにはいられなかった。

「じゃあ部室棟を解体したらアスベストの粉塵の被害が……」

「もちろん対策を取らなくてはいけないことになっている。しかしここは高校で住宅地のど真ん中だ。かなり慎重を期すことになる」

「ふーん、なるほど、ね」

 輪の外を見ると、宝井先輩が立っていた。

「また立ち聞きか、泥棒猫!」

 前佛さんの怒りも空しく、彼女は私と倫太郎の間に割って入る。

「まあ、黒尾ちゃん、失敬塩崎ちゃんの調べてくれた結論も含めてこれまでの君たちの推理、全部突き出してみるよ。これを機に生徒側も考えなくちゃならないだろうよ。普段使っているものがどういうものなのか、嫌と言うほど身につまされたわけだしね」

 宝井先輩がにっと笑う。

「それからついでに光本水野コンビの功績もしかと見せてもらったわけだからな。ま、今後も期待してるよ、化学部の探偵たち」

 宝井先輩はひらひらと手を振って大股で歩いて行った。

 後日、調査の結果部室棟の外壁に穴が空いていて、天井裏にびっしりとカビがはびこっていたことが判明したらしい。また、建材にやはりアスベストが使われていたのも事実だけれど、規制が始まっていたため一部に留まっていた。以前から学校側で業者を探していたらしくうまく取り壊しの日程も決まったみたい。幸い壊れていたりするところもなく、体調不良の生徒たちも検査の結果アスベスト被害らしきものは見つからなかったそう。しばらくは部室棟代わりに空き教室や体育館等の空きスペースを活用することになり、以前よりも増してスプレー使用には規制を厳しくしたとのこと。これだけやれば、もう体調不良に悩まされる生徒はいなくなるはず。

 そして、宝井先輩にまたこき使われる羽目になるのは、また別の話。

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