青酸カリのメッセージ 8
号令と同時に滑り込んだために指名の集中砲火を浴びた片割れの私は、昼休みの始まりと同時にべたっと机に突っ伏した。
「ほらほら、エネルギー補給の時間よ」
指でトントンと机を叩く音でむっくりと体を起こす。
「今日もビワがあるから。ほら」
クロロ――若菜は小さい弁当箱をパカッと音を立てて開ける。今日は6個も入っている。
「クロ――ありがとう」
周りの子たちがこちらに意味ありげな視線を送った後、仲間とひそひそ話をしている。水野さん、どうしたんだろうね。3限さぼったんだよね。あれじゃ英語も仕方ないよね。
クロロはフン、と鼻を鳴らして椅子を引っ張り、乱暴に座った。
「ノートをきれいにまとめることが学習とは言えないわ。先生は指名することによって、自分でしっかり答えを探して考えさせ、正しい答えをアウトプットさせた。特に言語は積極的に話すことも大切だわ。今日の4限で授業をものにしたのは一菜と光本君だけね。私たちは発言する権利を奪われたと憤るべきよ」
珍しく足と腕を組んでまでクロロは持論を掲げる。クラスメートたちは黙って咀嚼を始めた。私には彼女がまばゆかった。
彼女が弁当を広げ始めたので私もそれに倣う。あんまりにも静まった教室の中でさっきのことを話すわけにはいかず、グラタンのホワイトソースをちびちびとなめ始めた。居心地の悪さは変わらず、ついつい彼女のデザートに目が行ってしまう。
「あのさ」
「ビワならお好きにどうぞ」
「そのビワのことなんだけど、どうしてそんなに家にビワがあるの?」
「パパの実家にビワの木があるのよ。すっごく大きいの」
「へええ」
「でも売れない。形が不揃いだから。ジュースやジャムにして売るほどの気概はないみたいだし。近所におすそ分けして、うちに送って、後はおじいさんとおばあさんがちょっと食べておしまい。妹さんのところは食べないんだって」
「家の庭に果物が成るっていいなあ」
「そうでもないみたいよ。庭に生えている以上剪定はしなくちゃならないし、おいしいとは限らない。果実泥棒だっているだろうし。何よりビワの木がある家は病人が出るという言い伝えがあるくらいだもの。病人がビワの効果を信じて家に来るためって説があるけれども」
言い終えて彼女はハンバーグを口に運ぶ。続ける話もなくチーちくをかじった。
お昼の校内放送が始まって、教室の雰囲気も和らぐ。誰からともなく、少しずつ話し声が聞こえる。奥の席の子たちも掃除のことを話している。伝えなければいけないことを言おうと口を開いた。
食事時に掃除の話?
奥の女子グループたちの方を見る。彼女たちは自ら昼の話のタネにするほど掃除が好きではないだろう。
そちらを見てみると、倫太郎が彼女たちに話しかけていた。「どうも」とそっけなく言って教室を後にする。
食べかけの弁当箱をパパっと片付けると、「ごめん」と言って彼女たちのグループに近寄る。
「ねえ、さっきの話を聞かせて」
なりふり構っていられないので突撃取材のように話の輪に入る。
「あー、4日前の掃除はきちんとやったのかって聞かれて、やったよって話」
「もっと具体的に」
「最初は7限で使って汚くないからてきとーでいーかーって感じだったんだけど、亜香子が落ちていたボロボロのチャック付きの袋を踏んだせいで中の粉が出ちゃってー、掃いてゴミ箱に捨てました、以上って話」
「7限の前にはなかったの?」
「なかったはずだよー。亜香子たちの班って塩酸こぼしちゃったじゃん。そん時よーことけいさんが一応周囲の床も見たけどそんなのなかったって」
「自分の机のところにあればさすがにその時気付きますよ」
よーここと
「それから他に捨てたものはなかったかと聞かれましたね。掃除では後は床の砂や髪の毛くらいですよ、と」
「掃除以外では何を捨てたの?」
「薬包紙とか、実験に使ったものですよ。あら、そういえば
礼を言って教室を飛び出す。化学講義室も基本的にお昼は食べられない。
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