青酸カリのメッセージ 6

 6限が終わってトイレに行った帰り、廊下で白川先生を見かけた。目の下には真っ黒なクマができ、足取りはおぼつかなく、全体的にげっそりしていた。生徒たちにぶつかりそうになりながら、何とか教科書の類を抱えて歩いている。

「先生、大丈夫ですか」

「ああ……」

 私が駆け寄る前に白川先生は廊下の真ん中で倒れてしまった。

「白川先生!」

 声をかけるも反応がない。もともと血の気のない顔がさらに青ざめている。

「脈はあるな」

 いつの間にか現れた倫太郎は、先生の右腕をとって指をあてている。

「気絶しただけだ。とりあえず保健室まで運ぼう。――ちっ」

 パニックになった生徒たちがぐるりと取り囲んでいて、行き場がない。

「おーい、どいたどいた」

 生徒たちの間をかき分けて隣のクラスから出てきたせり先生が割って入ってくる。

「白川先生ー!」

「それは水野がやりました。息はしているのでとりあえず保健室まで」

 倫太郎が淡々と説明すると、芹先生は「おう、悪いな」と言って白川先生の右肩を持った。

「光本、悪いが手伝ってくれー。水野は教科書持って行ってくれ」

 倫太郎は返事せずに左側につく。私も散乱した教科書を拾い集めた。

「おーい、どけー」と芹先生が周りの生徒たちを蹴散らしていくのをわき目に、私は白川先生の教科書類を届けに化学準備室へと向かった。

 放課後になって保健室へ向かう。

「白川先生が心配か?」

 教室を出る前に倫太郎に呼び止められた。

「当たり前。書類ももらいにいかなきゃならないし」

 学校内での事故なので、保険が下りるらしい。保健室に来たことでいやな顔をされたが、すぐにお金が必要なんですう、とせがんで保健の先生を呼び出した。保健の先生は廊下に出てくると、封筒を渡して簡単な説明で終わらせた。封筒をバッグの中にしまう。

 保健室を覗くと、一番奥のベッドにはカーテンが引かれていた。先生はため息をついた。

「病院じゃないから見舞いに来なくていいの」

 冷たいな、と思った矢先、視線の先が違うことに気付いた。いつの間にか倫太郎が来ている。

「どうせ学校の管理責任を全部白川先生に押し付けたんでしょう。井生さんへの対応も一緒に」

 また先生はため息をついた。手招きをする。あまり大きな声で言いたくはないのだろう。

「流れ的には仕方ないのよ。私は当時出張中、薬品管理責任者も名ばかりで結局は第一顧問の白川先生の過失になっちゃうんだから。まだ若いのもあって言われ放題。体力的にも精神的にも限界ね」

 気分よく愚痴を吐けたのか案外すっきりした顔をした。

「井生さんの対応には苦労するでしょうね。重症だから」

 またもやため息をついた。

「それは答えられない」

「こっちは巻き沿いを食ったんだ。情報もある」

「だから何」

 先生は顔を歪めた。

「井生さんと直接話をさせろ」

「あなたに話をさせて何か進展があるかしら。1年生でしょ。そんなに深い交流があったの?」

「では水野に謝罪させろ。事故のせいで夜も眠れない、勉強も手につかないそうですが」

 なんでそうなる。ツッコミを入れる間もなく倫太郎は詰め寄る。

「わかったわよ。もし明日来たら白川先生が話を聞く時間として、あなたたちとの対話の時間を作るわ。授業の先生にはカウンセリングって言っておくから。その代わり私と、具合が良ければ白川先生は同席するし、下手なことしたら追い出すからね」

 キッと睨むと、さっさと保健室に入ってしまった。

 すぐに荷物と倫太郎の腕をひっつかむと、人気のない自販機付近まで引っ張った。

「倫太郎、さすがにまずいよ」

「結果として話す時間ができた。おそらく白川先生も保健の先生も担任も電話を掛けたり家庭や病院を訪問したり、とにかく何らかの方法で連絡は取っているはずだ。きちんと意思疎通ができているならばこんな話自体が不毛。要は事情聴取は教師陣もお手上げということだ」

「それでいいのかな」

「まあかわいい女の子を巻き添えにしたことを直接伝えればそれなりの効果はあるんじゃないか」

 全身がカーっと熱くなる。

「からかうな!」

 今度は私が捨て台詞を吐いてダッシュしていった。もう、さらに会うのが気まずくなっちゃったじゃん。

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