青酸カリのメッセージ 5

 私も倫太郎も、クラスの中に一緒にいるのに、お互い目も合わせずに半日が過ぎた。お弁当箱を開けると大粒の梅干しが目に付く。ぎょっとして足を机にぶつけてしまった。

「あら、そんなに変なお弁当かしら」

 クロロが覗き込む。おかずは卵焼き、ミートボール、ミニトマト、ブロッコリー、ひじきの煮物。普通のお弁当だ。

「いやいや、若い梅には毒があるとか聞いたからつい……」

「そうね。私も梅酒を漬けるお手伝いをした時にはよく言われたわ。梅に穴をあけるのだけれど、梅から汁が出てくるから目に入らないように。楊枝をなめてはいけません。でもアルコールや塩に漬けるのだから毒なんかなくなるわ。フグの肝臓だって塩漬けにしてぬか漬けにして食べる地域もあるようだし」

「そ、そうだね」

 猛毒が含まれるというフグの肝臓。何でわざわざ食べようと考えたのだろう。でも梅干しは普段から食べているから、大丈夫。箸でつまんで口に入れる。いつもの酸っぱさが口に広がった。

「ところで昨日は何かあったの?」

 痛いところを突かれて危うく種を飲み込みそうになった。何とか種を口から出す。

「今日は忙しいわね、一菜」

「種が~」

「分かったわよ。梅干しの種は取り出したわね。口に物も入れていない。改めて聞くわね。昨日何があったの?」

 あちこち心配してくれるクロロ。お母さんみたいだな、と思ってしまう。

 でもまさかこんなところで部活の先輩が自殺か殺人を考えているかもしれない、なんて言いずらい。化学部が2週間の活動停止になったことと、実験室の立ち入りが禁止になったことだけを話した。

「あら、ちょっと困ったわね。実は実験室に忘れ物をしたかもしれないのよ」

「忘れ物? 何?」

「ええと……ママからもらったサプリメント。ポケットに入れてあったものをうっかり落としてしまったみたいで」

「どんな感じのパッケージ?」

「チャック付きの袋に入っているタイプのものよ」

「そんなものなかったような気がするけれど」

 クロロの席は確か井生先輩が倒れていたところの机だ。机上は確認したが、荷物を置く場所や床はちゃんと見ていないからはっきりとしたことは言えない。

「誰か先生に言って取りに行く?」

「それほどのものではないからいいわ。それに毒ガスが発生した場所でしょう? 捨ててしまった方がいいわ」

 確かに毒ガスを浴びた可能性があるサプリメントなんか飲みたくない。

「けれど高かったんじゃないの?」

「効果のないものなら途中で捨ててしまう人も結構いるわよ。それに自分で買ったものではないし。ママ、サプリメントやら健康食品やらを買い込んでは続けられないタイプだから」

 結構そういう人たちがいるのは知っている。クロロのママもそうらしい。話に一区切りついたのでミートボールを口に放り込んだ。

「そのサプリって一日3回以上飲まなくちゃいけないの?」

 トマトパスタを口に運んでいたクロロは手を止めた。

「ええ、うん、確か1日6回――」

「そんなに?」

「ものによってはね」

 クロロはトマトパスタを口に収めた。飲み込んでしまうともう1つの小さな弁当箱を開けた。差し出された弁当箱にはビワの実が4つ。最近クロロはお弁当にビワを持ってきている。

「あげる。これ食べて元気出して」

「いいの? それこそ高そうだけど」

「いいわよ。ここんところデザートが毎日ビワだから。アレルギーとかはない?」

「ないない」

「じゃあ、どうぞ」

 クロロはふたを横に置く。ご飯もおかずも残っていたけど、お気遣いに甘えて1個取り出す。皮をむいてかぶりつくと、果汁と優しい甘さが口の中に広がった。めったに食べられないのもあって、おいしい。

「おいしい」

「よかったわ。皮と種はここにどうぞ」

 クロロはふたを示す。

「いいよ。ゴミくらい持ち帰るから」

「ダメよ。そんなもの一菜に持ち帰らせられない」

 クロロはいかにも自然に手を握る。うわあ、きれいでなめらかで冷たい、とか、果汁がついてべとべとになっちゃう、とか、これカフェなんかで恋人同士がやるやつだ、とかおかしなことを考えた挙句、「ウン、アリガト」と言って皮と種をふたに空けた。

 その後は5限の時間が迫っていたので黙々と弁当の残りを食べた。

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